【書籍2巻は4月14日発売です】追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を目指します ─天龍八州動乱記─
千月さかき
第1章
第1話「巫女姫と護衛、追放される」
「我が姪、
大広間に、
広い板の間。
奥には
その前には、白衣に
ひとりは現州候の一人娘で、俺の主君の
もうひとりは州候代理の娘、
杏樹さまはひとり、祭壇の前に立っている。
だが、沙緒里の肩には、赤い羽根を持つ鳥が乗っている。
「州候である我が兄が病に伏せっている間、弟のワシ……
州候代理の副堂勇作は胸を反らし、堂々とした口調で、
「我が名のもとに、ふたりの巫女が『
なにが『霊鳥継承の儀』だ。
杏樹さまを祭壇に近づけなかったのはあんただろうが。
俺は紫州に来てまだ一ヶ月だけど、この儀式が異常だということはわかる。
州候代理の娘、沙緒里のまわりには、数名の神官が控えている。
儀式の間、沙緒里をサポートし続けた連中だ。
なのに、杏樹さまの隣には誰もいない。
護衛役の俺でさえ、近づくのを禁じられた。
しかも霊鳥のまわりには
これじゃ杏樹さまが不利なのは当然だ。
「知っての通り、霊鳥『
あ、だめだ。
これ、出来レースだ。
大広間に集まっているのは、俺を含めた屋敷の使用人たち。
入り切らなかった兵士たちは、庭の方に整列してる。
彼らの服装を見ていると時代を感じる。州候代理の副堂勇作は
けれど兵士たちは洋装。
杏樹さまの護衛役の俺は、彼女に合わせて和装──着流しに
今は前世の世界での時代でいえば、文明が開花して十数年後。
ここは前世の日本に似た、東洋風の世界だ。
だけどこの世界には霊力があり、霊獣や霊鳥、精霊がいる。
だから、文明の進み方がかなり違う。そもそも土地の形が違う。島国なのは同じだけれど、広さも、国の制度も異なっている。
この国は8人の州候に治められている。
州はそれぞれに土地神を拝し、州候は独自の霊獣・霊鳥を持つ。その力を使って、土地と民を守っている。
彼らの上に、国の最高位である皇帝がいる。
もっとも、俺は会ったことがないし、この国の首都である
だから代理とはいえ、州候の言葉は絶対だ。
逆らえる者なんかいるはずがない。それがこの世界の常識だ。
そんなことは、みんなわかっているはずだ。
「我が意見に不服な者。それでも杏樹の味方をしたい者がいたら手を挙げるがいい」
うん。これもよくある奴だ。
前世の世界でもいたもんな。みんなの前で「不満な者は手を挙げろ」とか言う奴。
あれって、できないとわかってて言ってたんだろうな。
上司や役員の言葉に堂々と不満を述べるなんて、仕事を
特に、この世界は権力者が強い。
州候代理の言葉に逆らえる奴なんているはずがない。
みんな生活があるんだから。
俺だって、一ヶ月前にこの屋敷に来たばかりだ。
俺の父親と杏樹さまの父──紫州候との約束のおかげで、紫堂の家に雇ってもらったばかり。
この仕事を失うなんてありえない。
賃金もまだ数回しかもらっていない。
州候の家は面倒なことが多いけれど、給料の払いは悪くない。
しかも高齢になるまで努めれば、
いいよね。年金って。
前世ではもらう前に死んじゃったもんな。
病弱だったから老後が心配で、厚生年金の他にも、個人年金にも入ってた。
60年計画で積み立てもしていたんだ。
若くして死んだせいで、すべてパーになったけど。
今生ではそんなことがないようにしないといけない。
老後のためにも、紫堂の家での勤めは重要だ。絶対に逃すわけにはいかない。
これは、確定事項なんだ……。
「──き、貴様!?
──ということを、手を挙げてから考えた。
うん。失敗した。
でも、これは仕方がない。
生まれ育った村を勢力争いのせいで追放されて、次の職場で守るべき相手が追放されるのを見過ごす──そんなのは後味が悪すぎる。
俺は、そんなことを考えていたのだった。
俺は16年前にこの世界に生を受けた、転生者だ。
前世では日本に住んでいた。あと、病弱だった。
だから老後を心配して、個人年金にお金をかけた。
健康保険にも入って、入院したときも心配がないようにした。
そしたら、20代前半に事故死した。
死ぬ間際に、俺は『今度生まれ変わるときは健康でありますように』と願った。
そうしたら、この世界の武術家の子どもに生まれ変わっていたんだ。
俺の故郷『
それがどういう歴史をたどったのか、いつの間にか正々堂々とした立ち会いを好む、武術家の村になっていた。
『虚炉村』に生まれた子どもたちは、みんな体術や剣術、格闘術を仕込まれる。
俺も父親から武術を教わった。
ついていけるか心配だったけれど、なんとかなった。
というより、他の子どもたちよりも覚えが早かった。
たぶん、俺が健康だったからだろう。
誰かが、俺の『健康』という願いを叶えてくれたんだ。
疲れても回復は早かったし、怪我の治りも早かった。
おかげで、たくさんの技を受け継ぐことができたんだ。
父は村で最強だったけれど、村長ではなかった。
村長は、俺の祖父だ。
祖父は本当に強くて、若い頃は首都で皇帝の護衛役を
『虚炉村』の者たちは、州候や貴族、商人などの護衛を生業としている。
この世界には魔獣──モンスターのようなものがいて、人をおびやかしていたからだ。
「なんで妖怪や妖魔じゃないの?」と父さんに聞いたことがある。
答えは簡単「そんな親しみやすい相手じゃないからだ」らしい。
魔獣は、初めは妖怪と呼ばれていた。
次に妖物。さらには妖魔と。
けれど妖怪・妖物・妖魔と呼ばれるほど生やさしいものではなかった。
だから妖魔の『魔』だけが残り、『魔の獣』──
そんな危険な生物がうようよしているのが、この世界だ。
俺も、父さんと一緒に護衛の任務についたとき、魔獣と出会ったことがある。
よく覚えている。
護衛任務の最中に、魔獣を操る盗賊に襲われて、父さんが死んだからだ。
紫堂の親子──杏樹さまと、その父君を護衛しているときだった。
州候さま──紫堂暦一さんは、命を救ってくれた父と俺に感謝していた。
そのお礼として、俺が成人したら雇ってくれると約束してくれた。書状つきで。
でも、その後『虚炉村』は荒れた。
次の村長になるはずだった父が、死んでしまったからだ。
その後、祖父が推す村長候補と、別の勢力が推す村長候補の対立が始まった。
村はまっぷたつに割れて、俺の居場所はなくなった。
そうなると思っていた。
村長の孫で、次期村長候補だった者の息子で、でも村長になるには若すぎる。
そんな奴は邪魔でしょうがないだろう。
俺は村での居場所がなくなり──
16歳になり、成人したのを機に、紫堂の家への就職を試みた。
約束の書状のおかげで、州候さまと会うことはできた。
杏樹さま立ち会いのもとで、『娘の杏樹の護衛を頼む』という言葉をもらった。
それで俺は、杏樹さまの護衛となったのだった。
正直、安心した。
俺は健康だ。つまり、長生きするはず。
となると、老後が心配だ。
この世界には年金制度もないし、高齢者ができるような仕事もあまりない。
だけど、州候の元で数十年間働けば、辞めたあとで恩給がもらえる。
ぶっちゃけ、年金のようなものだ。
それをもらえば、高齢になっても生活できる。
前世では叶わなかった、年金生活ができるんだ。
で、それが一ヶ月前のこと。
今のところ、護衛らしいことはなにもしていない。
せいぜい、杏樹さまの話し相手になったくらいだ。
杏樹さまは平民の俺にも礼儀正しい、優しい人だ。ただ、食が細くて、少し
杏樹さまが、俺が忠誠を誓うべき相手かどうかは、まだわからない。
というか、俺が望むのは年金だ。
ここで州候代理に逆らうのは下策だってわかってる。
だけど……ふと、前世のことを思い出してしまったんだ。
前世にも嫌な上司はいた。
こいつの元で、定年まで働くのは絶対に嫌だ。吐き気がする、と思うような奴も。
でも「俺は病弱だから仕方ない」「ここで仕事をやめて、もっと辛い仕事に就いたら、身体を壊すかもしれない」と思って、我慢していた。
健康だったら絶対に我慢しないって、心に決めていたんだ。
で、今の俺は健康だ。
ぶっちゃけると、神とか超越存在のせいで、めっちゃ健康になってる。
だから、我慢する理由が、なくなってしまったんだ。
恩給は欲しいけど。
これで仕事を辞めることになったら、めっちゃ老後が心配だけど!
「俺──
そして、現在。
俺は州候代理を見据えて、告げた。
「ですから、杏樹さまへの不当なあつかいを見過ごすわけには参りません」
「無礼な!」
「それはお詫びいたします。ですが、俺は紫堂暦一さまより正式に雇われております。書状もいただいているのです。俺の主人はあくまでも州候さまであり、代理の方ではないのです」
これで『無礼な、出て行け』と言われたら、素直に立ち去ろう。
次の仕事があるかどうかはわからないけれど。
ただ、俺には健康がある。前世では得られなかったものだ。
健康があればなんとかなるだろう。たぶん、だけど。
「ありがとうございます。零さま」
不意に、声がした。
気づくと、巫女服姿の杏樹さまが、俺の側に来ていた。
「部下の非礼をお詫びいたします。叔父さま」
杏樹さまは、州候代理である叔父に一礼した。
それから、俺の方を見て、
「零さまの言葉は嬉しく思います」
「……杏樹さま」
「けれど、わたくしが霊鳥『
杏樹さまはきっぱりと言い切った。
真面目な人だった。
この世界の州候……いや、貴族というのはそういうものなんだろうか。
「叔父さま……いえ、州候代理におうかがいします」
「なんだ。杏樹」
「わたくしが鬼門へと向かうことは、民の役に立つのでしょうか」
杏樹さまは言った。
周囲の者たちが、おぉ、と声をあげる。
「ご存じの通り、鬼門は魔獣が侵入しやすい場所です。巫女の力を持つわたくしが行けば、民を守ることに繋がる。州候代理は、そのようにお考えなのでしょうか?」
「あ、ああ」
「鬼門の邪鬼を祓い、魔獣の侵入を防ぐ、それがわたくしの役目だと?」
「その通り。その通りだ!」
州候代理は声をあげた。
表情は苦虫をかみつぶしたようだ。
たぶん、州候代理は、杏樹さまが無様な姿をさらすことを期待していたんだろう。
そうすれば州候代理にふさわしくないと言い切れる。
追放する理由づけにもなる。
でも、杏樹さまは『自分が行くことが民のためになるのか』と訊ねた。
そこでまさか『いや、ワシはお前を追放したいだけ』とは言えない。
そのせいで、かたちだけでも『杏樹さまは自ら民のために、鬼門行きに同意した』と言えるようになったんだ。
なかなかやるな。この世界の貴族も。
「では、わたくしは鬼門に参りましょう」
「……あ、ああ。そうするがよい」
「ただ、ひとつお願いがございます」
「なんだ?」
「わたくしが鬼門にて、州候代理に評価されるような成果を上げた場合──」
「い、いいだろう。そうなったら、州都に戻すことも考えよう」
「いえ、部下の者たちが州都に戻れるようにしていただきたいのです」
州候代理の言葉を遮り、杏樹さまは宣言した。
「鬼門に派遣されるのが、わたくし一人というわけではないはず。同行を命じられる者もいるでしょう。そういう者たちに、戻る場所を与えて欲しいのです」
完璧だった。
毅然とした表情。気品に満ちた物腰。
そして、慈愛あふれる言葉。
紫堂家の者たちは、杏樹さまの言葉に心を奪われているようだった。
対象的に、州候代理の娘である沙緒里は、歯がみしている。
気持ちはわかる。
霊鳥と契約して、紫堂の巫女姫として
「よかろう。ただし、それはワシがお主の働きを認めた場合だ」
「お心遣いに感謝いたします」
「すぐに出立の用意をせよ。馬車を仕立てて、明日には鬼門へとお前を送る。同行する者は──」
州候代理が舌打ちした。
俺がまた、手を挙げたからだな。
でも、俺が同行するのは当たり前だ。
魔獣が出る地に行くのに、護衛無しなんてあり得ない。
というより、今は魔獣よりも人間が怖い。
杏樹さまはやり過ぎた。貴族としての誇りを示すのはいいけれど、州候代理と娘の沙緒里の顔を潰してしまった。
州候代理はたぶん、紫州の乗っ取りを企んでいる。
最終的には杏樹さまをどこかに嫁がせるか……あるいは、殺すことを考えているのかもしれない。
注意しておこう。俺の老後のためにも。
「では、これにて
州候代理は皆を見回して、宣言した。
こうして俺の主君は州都を追放され、北東にある鬼門の村へと向かうことになった。
護衛の俺も、一緒に。
────────────────────
用語解説
・『
この世界に存在する、霊力を持った動物たち。
炎・風・水・地・光などの属性を持っている。自分と契約した人間に、その力を分け与えることができる。
強力なものは州候 (この世界の貴族)などの権威の象徴としても扱われる。
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