【書籍2巻は4月14日発売です】追放された最強の護衛忍者は、巫女姫の加護で安定した第二の人生を目指します ─天龍八州動乱記─

千月さかき

第1章

第1話「巫女姫と護衛、追放される」

「我が姪、紫堂杏樹しどうあんじゅを本家より追放する。これは州候代行としての命令である」


 大広間に、紫州候ししゅうこう代理の声が響き渡った。


 広い板の間。

 奥には祭壇さいだんがある。紫州ししゅうの土地神をまつるものだ。

 その前には、白衣に緋袴ひばかまを身につけた、ふたりの少女。


 ひとりは現州候の一人娘で、俺の主君の杏樹あんじゅさま。

 もうひとりは州候代理の娘、沙緒里さおりだ。


 杏樹さまはひとり、祭壇の前に立っている。

 だが、沙緒里の肩には、赤い羽根を持つ鳥が乗っている。


「州候である我が兄が病に伏せっている間、弟のワシ……副堂勇作ふくどうゆうさくが州候代理を務めておる」


 州候代理の副堂勇作は胸を反らし、堂々とした口調で、


「我が名のもとに、ふたりの巫女が『霊鳥継承れいちょうけいしょうの儀』を行った。その結果、霊鳥『緋羽根ひはね』が選んだのは我が娘である沙緒里だったのだ」


 なにが『霊鳥継承の儀』だ。

 杏樹さまを祭壇に近づけなかったのはあんただろうが。


 俺は紫州に来てまだ一ヶ月だけど、この儀式が異常だということはわかる。

 州候代理の娘、沙緒里のまわりには、数名の神官が控えている。

 儀式の間、沙緒里をサポートし続けた連中だ。


 なのに、杏樹さまの隣には誰もいない。

 護衛役の俺でさえ、近づくのを禁じられた。

 しかも霊鳥のまわりには注連縄しめなわが張られている。その内側にいるのは副堂沙緒里だけ。注連縄はたぶん、杏樹さまを霊鳥と接触させないための結界だ。


 これじゃ杏樹さまが不利なのは当然だ。


「知っての通り、霊鳥『緋羽根ひはね』は紫堂の血と霊力に反応する。その紫堂の者が受け継ぐべき霊鳥が沙緒里を選んだということは、我が娘にその継承権があるということだ。選ばれなかった杏樹には、その資格はない。混乱を避けるために、紫州の鬼門きもんの関の向こうへ、追放すべきである!」


 あ、だめだ。

 これ、出来レースだ。


 大広間に集まっているのは、俺を含めた屋敷の使用人たち。

 入り切らなかった兵士たちは、庭の方に整列してる。


 彼らの服装を見ていると時代を感じる。州候代理の副堂勇作は紋付もんつ袴姿はかますがた。屋敷の者たちもすべて和装だ。

 けれど兵士たちは洋装。

 杏樹さまの護衛役の俺は、彼女に合わせて和装──着流しに羽織はおりだ。


 和洋折衷わようせっちゅう

 今は前世の世界での時代でいえば、文明が開花して十数年後。

 ここは前世の日本に似た、東洋風の世界だ。


 だけどこの世界には霊力があり、霊獣や霊鳥、精霊がいる。

 だから、文明の進み方がかなり違う。そもそも土地の形が違う。島国なのは同じだけれど、広さも、国の制度も異なっている。


 この国は8人の州候に治められている。

 州はそれぞれに土地神を拝し、州候は独自の霊獣・霊鳥を持つ。その力を使って、土地と民を守っている。


 彼らの上に、国の最高位である皇帝がいる。

 もっとも、俺は会ったことがないし、この国の首都である煌都こうとにも行ったことはないんだけど。


 転生した俺・・・・・が16年間過ごしたのは、こういう世界だ。

 だから代理とはいえ、州候の言葉は絶対だ。

 逆らえる者なんかいるはずがない。それがこの世界の常識だ。


 そんなことは、みんなわかっているはずだ。


「我が意見に不服な者。それでも杏樹の味方をしたい者がいたら手を挙げるがいい」


 うん。これもよくある奴だ。

 前世の世界でもいたもんな。みんなの前で「不満な者は手を挙げろ」とか言う奴。

 あれって、できないとわかってて言ってたんだろうな。

 上司や役員の言葉に堂々と不満を述べるなんて、仕事をめるときくらいだったもんな。


 特に、この世界は権力者が強い。

 州候代理の言葉に逆らえる奴なんているはずがない。

 みんな生活があるんだから。


 俺だって、一ヶ月前にこの屋敷に来たばかりだ。

 俺の父親と杏樹さまの父──紫州候との約束のおかげで、紫堂の家に雇ってもらったばかり。

 この仕事を失うなんてありえない。


 賃金もまだ数回しかもらっていない。

 州候の家は面倒なことが多いけれど、給料の払いは悪くない。

 しかも高齢になるまで努めれば、恩給おんきゅうがもらえるらしい。いわゆる年金だ。


 いいよね。年金って。

 前世ではもらう前に死んじゃったもんな。

 病弱だったから老後が心配で、厚生年金の他にも、個人年金にも入ってた。

 60年計画で積み立てもしていたんだ。

 若くして死んだせいで、すべてパーになったけど。


 今生ではそんなことがないようにしないといけない。

 老後のためにも、紫堂の家での勤めは重要だ。絶対に逃すわけにはいかない。

 これは、確定事項なんだ……。



「──き、貴様!? 月潟零つきがたれい! お前は州候代理の意見に異を唱えるというのか!!」



 ──ということを、手を挙げてから考えた。

 うん。失敗した。


 でも、これは仕方がない。

 生まれ育った村を勢力争いのせいで追放されて、次の職場で守るべき相手が追放されるのを見過ごす──そんなのは後味が悪すぎる。


 俺は、そんなことを考えていたのだった。






 俺は16年前にこの世界に生を受けた、転生者だ。


 前世では日本に住んでいた。あと、病弱だった。

 だから老後を心配して、個人年金にお金をかけた。

 健康保険にも入って、入院したときも心配がないようにした。


 そしたら、20代前半に事故死した。


 死ぬ間際に、俺は『今度生まれ変わるときは健康でありますように』と願った。

 そうしたら、この世界の武術家の子どもに生まれ変わっていたんだ。


 俺の故郷『虚炉村うつろむら』は、かつて忍者の村だったらしい。

 それがどういう歴史をたどったのか、いつの間にか正々堂々とした立ち会いを好む、武術家の村になっていた。


『虚炉村』に生まれた子どもたちは、みんな体術や剣術、格闘術を仕込まれる。

 俺も父親から武術を教わった。

 ついていけるか心配だったけれど、なんとかなった。


 というより、他の子どもたちよりも覚えが早かった。

 たぶん、俺が健康だったからだろう。


 誰かが、俺の『健康』という願いを叶えてくれたんだ。

 疲れても回復は早かったし、怪我の治りも早かった。

 おかげで、たくさんの技を受け継ぐことができたんだ。


 父は村で最強だったけれど、村長ではなかった。

 村長は、俺の祖父だ。

 祖父は本当に強くて、若い頃は首都で皇帝の護衛役をつとめたこともあるらしい。というか、それが自慢で、酒を飲むといつも『いかに若い頃の自分が優れていたか』について語り続けていた。


『虚炉村』の者たちは、州候や貴族、商人などの護衛を生業としている。

 この世界には魔獣──モンスターのようなものがいて、人をおびやかしていたからだ。


「なんで妖怪や妖魔じゃないの?」と父さんに聞いたことがある。

 答えは簡単「そんな親しみやすい相手じゃないからだ」らしい。


 魔獣は、初めは妖怪と呼ばれていた。

 次に妖物。さらには妖魔と。

 けれど妖怪・妖物・妖魔と呼ばれるほど生やさしいものではなかった。


 だから妖魔の『魔』だけが残り、『魔の獣』──魔獣まじゅうとなった。


 そんな危険な生物がうようよしているのが、この世界だ。


 俺も、父さんと一緒に護衛の任務についたとき、魔獣と出会ったことがある。

 よく覚えている。

 護衛任務の最中に、魔獣を操る盗賊に襲われて、父さんが死んだからだ。


 紫堂の親子──杏樹さまと、その父君を護衛しているときだった。

 州候さま──紫堂暦一さんは、命を救ってくれた父と俺に感謝していた。

 そのお礼として、俺が成人したら雇ってくれると約束してくれた。書状つきで。


 でも、その後『虚炉村』は荒れた。

 次の村長になるはずだった父が、死んでしまったからだ。

 その後、祖父が推す村長候補と、別の勢力が推す村長候補の対立が始まった。

 村はまっぷたつに割れて、俺の居場所はなくなった。


 そうなると思っていた。

 村長の孫で、次期村長候補だった者の息子で、でも村長になるには若すぎる。

 そんな奴は邪魔でしょうがないだろう。


 俺は村での居場所がなくなり──

 16歳になり、成人したのを機に、紫堂の家への就職を試みた。


 約束の書状のおかげで、州候さまと会うことはできた。

 杏樹さま立ち会いのもとで、『娘の杏樹の護衛を頼む』という言葉をもらった。

 それで俺は、杏樹さまの護衛となったのだった。


 正直、安心した。

 俺は健康だ。つまり、長生きするはず。

 となると、老後が心配だ。

 この世界には年金制度もないし、高齢者ができるような仕事もあまりない。


 だけど、州候の元で数十年間働けば、辞めたあとで恩給がもらえる。

 ぶっちゃけ、年金のようなものだ。

 それをもらえば、高齢になっても生活できる。

 前世では叶わなかった、年金生活ができるんだ。


 で、それが一ヶ月前のこと。

 今のところ、護衛らしいことはなにもしていない。

 せいぜい、杏樹さまの話し相手になったくらいだ。

 杏樹さまは平民の俺にも礼儀正しい、優しい人だ。ただ、食が細くて、少しせ気味なのが心配だけど。


 杏樹さまが、俺が忠誠を誓うべき相手かどうかは、まだわからない。

 というか、俺が望むのは年金だ。

 ここで州候代理に逆らうのは下策だってわかってる。


 だけど……ふと、前世のことを思い出してしまったんだ。


 前世にも嫌な上司はいた。

 こいつの元で、定年まで働くのは絶対に嫌だ。吐き気がする、と思うような奴も。

 でも「俺は病弱だから仕方ない」「ここで仕事をやめて、もっと辛い仕事に就いたら、身体を壊すかもしれない」と思って、我慢していた。


 健康だったら絶対に我慢しないって、心に決めていたんだ。


 で、今の俺は健康だ。

 ぶっちゃけると、神とか超越存在のせいで、めっちゃ健康になってる。

 だから、我慢する理由が、なくなってしまったんだ。


 恩給は欲しいけど。

 これで仕事を辞めることになったら、めっちゃ老後が心配だけど!


「俺──月潟零つきがたれいは、州候である紫堂しどう暦一れきいちさまより、杏樹さまの護衛を命じられております」


 そして、現在。

 俺は州候代理を見据えて、告げた。


「ですから、杏樹さまへの不当なあつかいを見過ごすわけには参りません」

「無礼な!」

「それはお詫びいたします。ですが、俺は紫堂暦一さまより正式に雇われております。書状もいただいているのです。俺の主人はあくまでも州候さまであり、代理の方ではないのです」


 これで『無礼な、出て行け』と言われたら、素直に立ち去ろう。

 次の仕事があるかどうかはわからないけれど。

 ただ、俺には健康がある。前世では得られなかったものだ。

 健康があればなんとかなるだろう。たぶん、だけど。


「ありがとうございます。零さま」


 不意に、声がした。

 気づくと、巫女服姿の杏樹さまが、俺の側に来ていた。


「部下の非礼をお詫びいたします。叔父さま」


 杏樹さまは、州候代理である叔父に一礼した。

 それから、俺の方を見て、


「零さまの言葉は嬉しく思います」

「……杏樹さま」

「けれど、わたくしが霊鳥『緋羽根ひはね』と契約できなかったのは事実です。それは受け止めなければなりません」


 杏樹さまはきっぱりと言い切った。

 真面目な人だった。

 この世界の州候……いや、貴族というのはそういうものなんだろうか。


「叔父さま……いえ、州候代理におうかがいします」

「なんだ。杏樹」

「わたくしが鬼門へと向かうことは、民の役に立つのでしょうか」


 杏樹さまは言った。

 周囲の者たちが、おぉ、と声をあげる。


「ご存じの通り、鬼門は魔獣が侵入しやすい場所です。巫女の力を持つわたくしが行けば、民を守ることに繋がる。州候代理は、そのようにお考えなのでしょうか?」

「あ、ああ」

「鬼門の邪鬼を祓い、魔獣の侵入を防ぐ、それがわたくしの役目だと?」

「その通り。その通りだ!」


 州候代理は声をあげた。

 表情は苦虫をかみつぶしたようだ。


 たぶん、州候代理は、杏樹さまが無様な姿をさらすことを期待していたんだろう。

 そうすれば州候代理にふさわしくないと言い切れる。

 追放する理由づけにもなる。


 でも、杏樹さまは『自分が行くことが民のためになるのか』と訊ねた。

 そこでまさか『いや、ワシはお前を追放したいだけ』とは言えない。


 そのせいで、かたちだけでも『杏樹さまは自ら民のために、鬼門行きに同意した』と言えるようになったんだ。

 なかなかやるな。この世界の貴族も。


「では、わたくしは鬼門に参りましょう」

「……あ、ああ。そうするがよい」

「ただ、ひとつお願いがございます」

「なんだ?」

「わたくしが鬼門にて、州候代理に評価されるような成果を上げた場合──」

「い、いいだろう。そうなったら、州都に戻すことも考えよう」

「いえ、部下の者たちが州都に戻れるようにしていただきたいのです」


 州候代理の言葉を遮り、杏樹さまは宣言した。


「鬼門に派遣されるのが、わたくし一人というわけではないはず。同行を命じられる者もいるでしょう。そういう者たちに、戻る場所を与えて欲しいのです」


 完璧だった。

 毅然とした表情。気品に満ちた物腰。

 そして、慈愛あふれる言葉。


 紫堂家の者たちは、杏樹さまの言葉に心を奪われているようだった。


 対象的に、州候代理の娘である沙緒里は、歯がみしている。

 気持ちはわかる。

 霊鳥と契約して、紫堂の巫女姫として華々はなばなしくデビューするべき場面で、皆の視線をすべて、杏樹さまに持って行かれちゃったんだから。


「よかろう。ただし、それはワシがお主の働きを認めた場合だ」

「お心遣いに感謝いたします」

「すぐに出立の用意をせよ。馬車を仕立てて、明日には鬼門へとお前を送る。同行する者は──」


 州候代理が舌打ちした。

 俺がまた、手を挙げたからだな。


 でも、俺が同行するのは当たり前だ。

 魔獣が出る地に行くのに、護衛無しなんてあり得ない。

 というより、今は魔獣よりも人間が怖い。

 杏樹さまはやり過ぎた。貴族としての誇りを示すのはいいけれど、州候代理と娘の沙緒里の顔を潰してしまった。


 州候代理はたぶん、紫州の乗っ取りを企んでいる。

 最終的には杏樹さまをどこかに嫁がせるか……あるいは、殺すことを考えているのかもしれない。

 注意しておこう。俺の老後のためにも。


「では、これにて霊鳥継承れいちょうの儀を終了とする。皆、持ち場に戻るがよい」


 州候代理は皆を見回して、宣言した。


 こうして俺の主君は州都を追放され、北東にある鬼門の村へと向かうことになった。

 護衛の俺も、一緒に。



────────────────────


用語解説

・『霊獣れいじゅう』『霊鳥れいちょう


 この世界に存在する、霊力を持った動物たち。

 炎・風・水・地・光などの属性を持っている。自分と契約した人間に、その力を分け与えることができる。

 強力なものは州候 (この世界の貴族)などの権威の象徴としても扱われる。

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