第五話

 バック一つを持って馬車から降りた私を待っていたのはそれはもうとんでもないものでした。少なくとも私にはそうとしか表現できませんでした。

 正面の壁はキラキラと輝いて、そう村の教会でも見たことがあります。確か、ステンドグラスといったでしょうか。でも、村の教会なんかとは比べるまでもありません。大きさもそうですが何よりこちらの教会にはしっかりと絵が描かれています。おそらく描かれている女性が正教会のまつる主神ステイア様なのでしょう。

 そうして神官の後を追いかけていくと今度は大きな扉とその両脇に二人の神官がたたずんでいました。


「リディア様、おかえりなさいませ。そして、ようこそおいで下さいました勇者様。大司教様がお待ちです」


 一人の神官が私たちの出迎えをしている間にもう一人の神官は私の倍はあるかというくらいの扉を押し開けていました。出迎えた神官は私たちを大きな広間へと案内しました。

 そこは教会ではなく神殿といっても過言ではないくらい立派なものでした。私よりも太いであろう白い石柱が何本も高く伸びまるで天井のガラス越しに大きな空を支えているかのようです。


「こちらにどうぞ」


 そう言って開かれた扉の先には大きな講堂がありました。正面にはステイア様の石像、その前には立派な教壇があってそこに白く長いひげを蓄えた小太りな男性が立っています。そして既に講堂の中にいた四人の少女の視線が私に集まります。みんな私と同じくらいの年でしょうか。

 ただ気になるのは歓迎してくれているような視線もあれば妙に殺気のこもっている視線もあるということです。殺気の主である金髪縦ロールの少女を見れば彼女は威嚇いかくするように私のことを睨みつけてそっぽを向きました。随分と嫌われているようです。これといった心当たりは全くないのですが……。

 肩を落とす私に構うことなく神官は会釈をして広間の中へと進んでいきます。彼女にならって私も軽く会釈しながら講堂の中へと足を踏み入れます。彼女は私を左端の席に座らせてから講堂を出ていきました。


「私はシスカ。あなたは?」


 私が席に座って一息つくと右隣の少女が私に話しかけてきました。少し癖っけのある茶髪にまるで果実のように真っ赤な瞳。顔を見ただけでその人の性格がわかる、なんていう程に人の顔を見てきてはいないですけど彼女はどこまでも真っ直ぐな性格なんだろうなって直感しました。

 迷うことなく握られた私の手に伝わる彼女の手のぬくもりは緊張した私の心を優しく解いていきました。


「イリス、です。よろしくお願いします…………あの、私の顔になにかついていますか?」


 両手を握られながらまじまじと顔を見られて私は気恥ずかしくて思わず顔を逸らします。


「ううん、とってもいい笑顔をするんだなって。不覚にも見とれちゃったよ」


 真っ直ぐな性格をしていると発する言葉も真っ直ぐになるのでしょうか。不意に告げられた彼女の言葉に頬が熱くなりました。

 こんな気持ちは初めてです。


「今日はよく集まってくださいました。信託に選ばれし勇者様。話は各々聞かれているとは思いますがこのアリスティア大陸に魔王が生まれてしまいました。魔王は先代魔王が討伐され散り散りとなった数多ある魔族をまとめ上げ来春にでもいえもっと早くこの国、あるいは人類に対して攻勢を仕掛けてくるやもしれません。現段階では魔王の情報はほとんどないですが聞いた限りではおそらく歴代の魔王の中でも十指には入るだろうというのが我々教会の見解です。ですので勇者様にはなるべく早くこの世界の害を取り除き民に平和をもたらしていただきたいのです。無論、そのために必要となるものであれば我々は一切の惜しみなく提供する所存です」


 退屈ですね。

 一旦そんなふうに思ってしまってからは目の前にいる大司教の言葉は聞こえてこなくなりました。

 彼は私たちのことなんか見ていないのです。視線はさっきから何度かすれ違っているものの彼が見ているのは私たちの持っている勇者という肩書だけ、さらに言うのならそれをさらに格付けしているような審査、あるいは検査されているかのような感覚です。

 彼らに必要なのは勇者の私たちではなくきっと勇者が持っているあらゆる力なのでしょうね。

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