白とアネモネは嘘に踊る
翠恋 暁
プロローグ
『好きなものってありますか?』
別に、他意はありません。
好きなものや好きなことがあるならそれは素晴らしいことでしょう。いや、別に馬鹿にしている訳でもからかっている訳でもありません。
それはあなたの生きがいになるでしょう。ないなら作ればいいのです、それは目的となってあなたを動かす力となるでしょう……どこかで誰かがそんなふうに言っていた気がします。
かく言う私は空を眺めるのが好きでした。
誰も足を踏み入れることのないその領域はいつも静かに漂っていて、時に澱むことはあってもいつだって平等に私たちを見ていてくれるような気がするから。
どれだけ手を伸ばしても、どれだけ高く飛び跳ねようとも決して掴むことのできない。近所の丘に登ろうと高い山に登ろうと全く近づいた感じがしないのにふと見上げれば何よりも近くにある。
どこまで行っても真っ青でどこまでも大きいから私の悩んでることなんてポツリと浮かぶ雲のようにちっぽけなものに思えて、それすらも包み込んでくれるんじゃないかと思うくらい立派な青。
そう、それが私の空でした。
だから私は空が大好きでした、どうしようもなく好きでした。
でも、いつからでしょう。
いつからなのでしょう、私が空を見れなくなったのは。
いつからなのだろう、空が私を見てくれなくなったのは。
そう感じるようになったのは、いったいいつからだったかな。
別に望んだわけではないのです。
私のほかにだってなりたい人はたくさんいた。
私の代わりにはなれない人もたくさんいた。
私のことを羨望の眼差しで見る人もいた。
私に向かって憐れみの言葉を呟く人もいた。
でも、そうは言われても私にはどうすることもできないのです。
ただ、私はいつの間にか勇者になっていただけなのですだから。ただ、それだけでしかないのですから。それだけなのに私は英雄にならなくてはいけなかったのです。
必ずしも勇者が英雄になれるなんていう保証はどこにもありはしないのに……。
たとえ切に願おうとどれだけ真摯に祈ろうと、もうここに私の好きだった空はないのです。だって、私の中ではもう青い空も白い雲もすっかりその色を忘れてしまっているのですから。
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