第8話 アンデットと魔瘴の森
突然冒険者の亡骸を漁りだしたマーシュを見て俺は驚いて声を上げる。
「ちょっ、何をしてるんですかっ」
まさか死人に口なしと装備を盗むつもりなのだろうか。
人の良さそうな顔をしてやはり危険な世界の商人。
油断していたら尻の毛までむしり取られかねない。
そうドン引きしている俺を見てマーシュも何かを察したのだろう。
慌てて手を止めた。
「このままだとアンデット化するかも知れないでしょ?」
「アンデット化?」
アンデットというとゾンビとかそういう奴だよな?
この世界ではそんなものいるのか。
森の中では出会わなかったから知らなかった。
でも、もしかすると寝てる間に消えていた魔物の死体の内のいくつかはアンデット化してたのかもしれないな。
無敵だから実害は無かったかも知れないけど、目覚めたら目の前にゾンビがいるとか想像するだけでゾッとする。
「えっ……ああ、そういうことですか」
俺が口ごもっているとマーシュはまた何かを勝手に察してくれたらしい。
「アンリヴァルトさんの住んでいたところは魔素が薄い土地だったんですね」
「え、あ……うん。まぁ」
また謎の言葉が出て来た。
魔素か。
大体意味はわかるけど。
「たしかに魔素が薄い地域で生まれ育った方だと死人がアンデット化するのを知らない人もいるかもしれませんね。とりあえず時間も無いですし簡単に説明します」
マーシュはそう前置きしてからアンデット化の条件について教えてくれた。
まず一番重要なのは魔素という空気中にある魔力の元のようなものの濃さだ。
その濃度がある程度濃くないところでは死体は普通に放置していても自然に返るのだという。
しかし今いるこの辺りは魔素濃度が非常に濃い。
その原因はどうやら俺が彷徨っていた森にあるようだ。
「この森って魔瘴の森って言うんですか?」
「このあたりではそう呼ばれてますね。こういう道が通っている場所はまだ人が活動できますが、森の奥に迷い込んだら最後。人として二度と森を出ることは敵いません。それほどあの森の魔素濃度は濃いのです」
その森の中を散々彷徨って人として出て来たんだけどな。
いや、無敵の体を女神から貰った俺はそもそも人なのかどうか微妙だけど。
しかしこれで納得がいった。
どうりて森の中で人どころかまともな獣とすら出会わなかったはずだ。
多分あまりの濃い魔素に普通の生き物は死ぬか魔物になってしまうかするのだろう。
「このあたりでも十分濃いのですが、生きている内はそれでも問題は無いのです。ですが体から魂が抜けてしまうと」
「魔素の影響をモロに受けてしまうってわけですか」
「もちろん全員が全員そうなるとは限りませんがね」
マーシュはそう言うと「っと、急がないと危険ですね」と口にして「急いで済ませますんで」と、また男冒険者の装備を外す作業に戻っていく。
俺はその背中に向けて「俺も手伝います」と声をかけると、他の冒険者の遺体から装備を外し持っていた丈夫な蔦で作った縄を使い手足を縛る。
最後に猿ぐつわをして完成だ。
なんだか死人を冒涜している気持ちになるが、このままアンデット化して他人を襲うよりはマシだろう。
南無南無。
拘束し終わった遺体の横で成仏しますようにと願いながら祈る。
この世界の宗教がどんなものかはわからないけど、多分前世とそれほど違いは無いはずだ。
それから俺とマーシュは三人の遺体を丁寧に布で包んで馬車の荷台へ乗せる。
その時に不思議に思ったのは、荷台の中にほとんど荷物が積まれていなかったことである。
「もしかして野盗に盗まれたんですか?」
「いえ、特に何も。その前にアンリヴァルトさんに助けていただきましたので」
となると彼奴らは殆ど積み荷の無い馬車を襲ったのだろうか。
いや、馬車の奥に一つだけ箱が置いてある。
もしかするとその中のものを狙って襲ったのかもしれない。
「あの箱って何が入っているか聞いても?」
「あれですか? 実は私も中身については詳しくは聞かされてなくて」
「そうなんですか?」
「はい。特に今回の依頼主様からはそういう依頼が多いのです。まぁこれも仕事なんで文句も言えませんが」
マーシュはそう言って苦笑いを浮かべる。
その表情は言葉とは違い何か納得がいかない様子だったが、何も知らない俺が立ち入る話では無さそうだ。
俺は積み荷についての話は切り上げて馬車の前に回る。
そこに居並ぶのは降伏した野盗と、意識を取り戻したそのリーダーだ。
全員上半身は厳しく縄で縛られているが下半身は特に拘束されていない。
だが腰から伸びる縄はそのまま馬車まで繋がっていて逃げることは不可能だ。
「お前らのせいで馬が逃げたんだから精一杯馬の代わりに馬車を曳くんだぞ」
ここまでマーシュの馬車を曳いてきていた馬は、野盗たちのせいでどこかに逃げて行ってしまっていた。
なので俺は代わりに野盗たちに馬車を曳かせることにしたのである。
「うぐぐ」
「ちくしょうっ」
「どうしてこんなことを」
口々に文句を言う野盗たちに俺は即席で作った鞭を地面に叩き付けながら命令する。
「ええいっ! 自業自得だ! さっさと歩け!! それともこの森の中に全身拘束されたまま捨てられたいかっ!」
「ひいいっ」
「歩きますっ。歩きますからっ」
うーん。
何か変な性癖に目覚めてしまいそうだ。
俺はそんなことを考えながら動き出した馬車の上に飛び乗るとマーシュと共に御者席に座る。
ここから街へは馬であればそれほど遠くないらしい。
「この速度だと夕方くらいになりそうですが、今日中に着ければ大丈夫ですよ」
そう言って笑顔を浮かべるマーシュに俺は安心してゆっくりと進む馬車の旅を楽しむことにしたのだった。
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