第7話 情けは人のためならず
「助けていただいてありがとうございます」
野盗を全員手持ちの頑丈な蔦で縛り終えた後、馬車の中から商人らしき中年の男が出てきて俺に深く頭を下げた。
その頭頂部は見かけの割りにかなり薄く、苦労人であろうことを伺わせた。
「無事で良かった」
やっと出会えたまともそうな人が死んで居たらシャレにならなかった。
「もうダメだ。おしまいだと馬車の中で震えておりましたが、貴方様のおかげで命拾いをしました」
商人は俺にもう一度深く頭を下げ「失礼ですがお名前を伺っても?」と続ける。
名前。
名前か。
そういえば俺の名前はなんだったか。
ずっと一人で森の中を彷徨っていて、誰に名乗る必要も無かったから気がつかなかったが俺は一体誰なんだ。
「えっと……」
女神のせいで前世の記憶の殆どが失われてしまっているせいで、自分の名前すら思い出せない。
もう少し早く気がついていれば格好いい名前を考えておいたのに。
「もしかして名乗れない理由でもありましたか。これは失礼いたしました」
「い、いや」
「長い間商人をしておりますと、貴方様のようなお忍びの旅人と何度かお会いしたこともあります」
どうやらこの商人は俺のことを名前を名乗れない訳ありの旅人と勘違いしたらしい。
ただ単に名前が思い出せないだけなのだが。
訳ありという部分はあながち間違いじゃ無いけれど。
「これだけお強いのですからもしかしてどこかの国の騎士様……それとも……いえ、深く詮索するのは失礼でした。謝罪します」
商人は俺の内心の戸惑いなど尻もせず話を進める。
このままでは俺は名無しの騎士様になってしまう。
かといって即席の名前なんて急には思いつかない。
「名乗れないこっちが悪いんで気にしないでくださいよ」
そうだ、こうなったら――
俺は一つ妙案を思いつき、その提案を商人に告げる。
「商人さん。貴方が私に名前を付けてくれませんか?」
「わたくしがですか?」
「はい。僕はこの国に来たのは今回が初めてで偽名を考えようにも、どうにも不自然なものしか思いつかないんですよ。だったらいっそこの国の人に付けて貰えば自然で変に疑われない名前になるかなと」
我ながらナイスアイデアだと思う。
多分『太郎』とか名乗ったら色々なところで不審がられる未来が見える。
だったら地元の人に名前を付けて貰うのが一番自然な名前になるだろう。
「わたくしなんかが考えてよろしいので?」
「構わないですよ。僕が考えるよりよっぽど良いと思いますし」
商人は顎に手を当て、少しの間「うーん……」と唸っていたかと思うと不意にポンッと手を打って。
「先ほどの戦いを馬車から見させていただいたのですが」
そういえばチラチラとこっちを見ていたな。
「貴方様の戦いっぷりを見て考えました。『アンリヴァルト』という名前はいかがでしょう?」
「アンリヴァルト……格好いいとは思うけどどういう意味なんだろう」
「わたくしの地元に伝わる民話に出てくる英雄様の名前なんですよ」
英雄とは、これまたとんでもないものを引き合いに出されてしまった。
「その英雄様の戦いっぷりから『敵無し』『無敵』という意味で地元では使われております」
「無敵ですか」
「はい。古の時代、わたしたちの地元に災厄の魔物と呼ばれる魔物が現れ、その配下と共に民を苦しめていたそうなのです。その魔物と配下をどこからか現れた英雄様が瞬く間に倒してくださったと言い伝えられておりまして」
その英雄の名前が『アンリヴァルト』か。
略するとアンリ?
いやリヴァルかな?
どちらにしろ格好いい名前に違いは無い。
「俺にはちょっと荷が重いかもしれないけど、うん。気に入った」
「よかった。それではこれから貴方様のことは『アンリヴァルト様』とお呼びいたしますね」
「良い名前を付けてくれてありがとう」
さてこれで懸案事項の一つは解決した。
だけどまだまだ俺には知らなければならないことが沢山有る。
なんせこの世界のことをいまだに何も知らないのだから。
そしてこの世界のことを知るためにはとにかく人がいる町か村へ向かう必要がある。
「ところで商人さん」
「マーシュとお呼びください」
「マーシュさんはこれからどうなさるんですか?」
「わたくしですか……そうですね」
マーシュは一転して暗い表情を浮かべると周囲に転がる死体に目を向けた。
その数は三人。
男が二人に女が一人で、まだ年若く見える。
全員が皮で出来た鎧を身につけ、地面には彼らが持っていた剣が無造作に落ちていた。
「護衛の冒険者さんたちを弔ってから街へ向かうつもりです」
「えっ。傭兵とかじゃなく冒険者なんですか?」
冒険者。
その言葉に俺はつい反応してしまう。
「はい。今回の商品輸送は特に危険な場所は通らないからと、仕事を探していた彼らにお願いしたのですが」
それがまさかこんな所で野盗に襲われるなんて。
マーシュはそう呟くと男冒険者の亡骸に近づき。
死体の脇に片膝をついて目を瞑り手を合わせ、何か祈りの言葉を口にしてから
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