第5話 俺、何かやっちゃいました?

 おはよう世界グッドモーニング。


 魔物の巣穴の入り口から差し込む淡い光に誘われて目を覚ます。

 森の中なので朝日が差し込むという程では無いが、外はもうかなり明るい。


 昨夜のキノコ爆弾のおかげで虫も獣も魔物も寄りつかない穴は快適そのもので。

 思わず寝坊をしてしまった。 


「さて、今日も森の中を彷徨うか。っと、その前に」


 俺は巣穴の中に転がる何かの骨を踏み割りながら外へ出る。

 そして血抜きのために放置してあった熊さんが目に入った。


「さすがに毒まみれだと一晩置いといても無くならないな」


 前に一度同じように倒した得物を一晩放置した事がある。

 その時はお手製の斧で倒したのだが、翌日には血の跡をのこして死体は完全に無くなっていた。


 生き返ったわけではなく、森に住む他の魔物がどこかへ持ち去ったのだ。


「とりあえず皮と魔石だけ貰っていくか」


 俺はお手製の原始時代石製ナイフで熊の魔物の皮を剥いでいく。

 前世でそんな経験は無いのでかなり雑になってしまったが。


「これくらいあれば良いか」


 元々かなりの巨体だったので全部の皮を剥く必要は無い。

 なので必要最低限だけ剥いでから魔石を取り出す作業に入る。


「このあたりかな」


 魔石はだいたい体の中央に埋まっていることが多い。

 なのでそこをめがけてナイフでざくざくと切り開いていく。


「あったあった。巨体のくせに思ったより小さいけどこれならいいか」


 三センチほどの角張った魔石を体内から引き抜く。

 血まみれのそれを魔物の体で拭いてから、さらに近くの葉っぱで磨く。


「まだ汚いな」


 土の上で暫くコロコロさせると、あらどうでしょう。

 綺麗な宝石の様になったではありませんか!


「よし。こいつを二十個目の魔石としよう」


 そう言って腰にぶら下げている魔石用の袋へ放り込む。

 ここまでの道中で手に入れた魔石はこれで二十個。

 というわけではない。


 実は小さな魔物もかなり狩ってきている。

 というかあっちから勝手に襲いかかってくるので返り討ちの正当防衛なのだが。


 そんな小さな魔物の魔石は誰もが思うとおりかなり小さい。

 五ミリから、大きくても一センチほどしかなく。


 最初こそその全てを袋に入れていたのだが。

 あっという間に一杯になってしまい、腰蓑がずり落ちそうになってしまったのである。

 なのでなるべく大きくて綺麗なものを選別して、それ以外のもは捨てることにしたのだった。



「しっかしこれで人里についたら『魔石なんて買い取るわけないじゃないですか。ぷーくすくす』とか言われたら、しばらく寝込んじゃうかもな」


 そうでないことを祈りつつ俺は剥いだ皮を丸めて担ぎ上げる。

 そして皮を洗うことが出来る川に向かって足を進めた。


「確かこっちだな」


 木の幹につけた目印を頼りに、昨日見つけておいた水場に向かう。

 初日と違い、俺はすっかりトレントの不意打ち攻撃にも即座に対応できるようになっていた。

 おかげで木の幹に目印を付けることをためらわない。


「うむ。絶景かな絶景かな」


 目印に沿って歩くことしばし。

 森の中に突然ぽっかりと開いた空間が現れた。


「ここなら水量も十分だし、皮を洗っても問題ないだろう」


 そこは森のオアシスとも言える綺麗な水を湛えた泉だった。

 泉の広さは横四十メートル、縦30メートルほどの楕円形で。

 豊かに湛えられた透明度の高い水が陽の光を美しく反射させていた。


「魔物はいなさそうだな」


 いったん荷物を湖畔に降ろす。

 水の中を覗き込むが見える範囲に動くものの姿は見えない。


「でも魚もいない所を見ると……どこかにいるんだろうな」


 普通これほどの泉であれば泳いでいる魚の姿が見えておかしくない。

 清すぎる水には魚も住まないとは言われているが、森の中の泉がそこまで清いわけがないだろう。


 とすれば答えは二つ。

 一つは見かけだけで実は毒の水で生き物自体がまったく生息していない場合。


「とりあえず一口飲んでみるか」


 軽く両手で水を掬って喉に流し込む。

 特にピリリとした感覚も無く、気持ちよい水が体に染み渡る。


「毒は無いみたいだし、やっぱり魔物の方か」


 そしてもう一つの可能性は、魚を全て食べてしまう様な存在が泉の中に住んでいる場合だ。

 今回は後者に違いない。


「ま、いっか。出て来たらぶん殴るだけだし」


 本当ならこんな危険な場所からはさっさと立ち去った方が良い。

 ましてや剥いだばかりの皮を洗うなんて撒き餌のようなことは自殺行為だろう。

 だけどすっかり魔物だらけの森での生活に慣れてしまった無敵脳はそんな判断はしない。


「ちょうどいいし、体と頭も洗っておくか。なんだかちょっとベトベトするし」


 その場で腰蓑を外し全裸になると、何の躊躇ちゅうちょもなく泉に飛び込んだ。


「くはぁ。気持ちいいっ」


 ざばざばと水の中で体中を手でゴシゴシと洗っていく。

 毒爆弾を使った穴の中で一晩過ごしたせいだろうか。

 体中に微妙に染みついていた臭いや謎のぬめりが一気に洗い流されていくのが爽快すぎる。


「こんなに綺麗な泉を俺の体で汚しちゃうのって何だか快感だな」


 俺を中心に、先ほどまで澄み切っていた湖面に薄茶色の汚れが広がっていく。

 なんだか何も足跡の無い新雪に初めて足跡を付けるような気持ちだ。


「しかし結局何も襲ってこなかったな」


 暫く体を水の中で洗った後、俺は岸に上がった。

 洗っている最中に現れると思っていた魔物からの襲撃もなく拍子抜けだ。


「もう餌の魚を食い尽くしたから別の所に移動した後だったのかもな」


 俺はそう結論づけると次に熊魔物の皮を洗い出す。


 じゃびじゃぶと手もみ洗いするたびに泉の水が汚れていく。

 野生生物の上穴グラ暮らしで普段から体を洗うことも無かったのだろう。

 土やら血やらキノコのアレやらで汚れは大量についていた。


「よし。もうこれくらいでいいかな。脂とかも取れたみたいだし」


 俺は水の中から皮を引き上げると近くの草の上に広げる。

 あとは乾燥するのを待ってから石ナイフで適当に切って簡易の服にするだけだ。


「結局魔物はいなかったみたいだなぁ」


 俺は広げ終えた皮を見下ろしながら呟いた。

 しかしその言葉がフラグになったのだろう。

 突然背後から大きな水音が聞こえてきたのである。


「出たなっ!」



 慌てて振り向くと泉の中央に立ち上る水柱が目に飛び込んできた。


 そして、ぞの水柱の中を駆け上るかの様に俺の三倍はありそうな巨大なワニみたいなバケモノが飛び上がり。


 そして――


「え? 死んだ?」


 水面に落ちた魔物は、そのままくるりと白い腹を上に向け四肢をピクピク震わせたかと思うとそのまま動かなくなってしまったのである。


 どうやら俺の体と熊魔物の皮に染みこんでいたキノコの毒が、あの魔物に知らずトドメを刺していたらしい。


「……」


 俺は哀れなワニの姿を見ながら思った。


『ワニ皮ってどうやって加工したらいいんだろう』

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