第4話 森の中でサバイバル

 森を彷徨い続けてどれくらいだろう。

 日が昇り沈み、また昇るをだいたい30回は繰り返した。


 その間に俺の姿は少しだけ文明人に近づいていた。

 現在の装備は以下のようなものである。


 木に絡みついていたつたと、泉に浮んでいた葉で作った腰蓑こしみの

 腰蓑にぶら下がる三つほどの袋は、食虫植物っぽいのを刈り取って作った。


 中には魔石とか、途中で見つけた食べ物を入れてある。


 あとは別に履かなくても良いのだが、なんとなく蔦で編んでみた草履ぞうり

 手には枝に石を割って作った刃を先に付けた石やりと石斧。


 それが今の俺の全装備である。


「完全に原始人スタイルだな」


 といいつつ俺はその姿に内心満足していたりする。

 今、この状況で出来る最高装備であるし、何より全裸じゃないのがいい。


「それにしても、いったいいつになったら人に会えるんだろう……」


 最初はすぐに森の外にたどり着けると思っていた。

 だけど何日歩いても見える景色は殆ど変らず。


 右を見ても左を見ても木、木、木。


 もちろん途中で川や泉みたいな所もあった。

 川を下れば人里にたどり着くだろうと、川を見つける度に川辺を辿ったのだが。

 今まで見つけた川はどれもこれも終着点は洞窟で。

 しかも探検できるタイプのものでは無く。

 先を更に辿るためには川の中に飛び込むしか無いようなものばかりだった。


「たぶん無敵だから死なないだろうけど」


 そう思って試しに川の中に潜ってみたりもした。

 結果は予想通り水の中でも俺は普通に息が出来た。

 いや、息をしているのかどうかはわからないがそれほど苦しくはない。


「洞窟の先が地下空洞とかだったら地上まで戻ってくるのもめんどそうだしなぁ」


 だけど今ひとつ乗り気になれないまま俺は森を歩き続けていた。

 実際死なないからといっても身動きが取れないところに流されても困る。

 長い時間をかければ脱出するのは可能だろうけど。

 出来ればそんな自体は避けたい。


「それにしてもこの森広すぎるだろ。どんだけだよ」


 進む方向を決めるために何度か木の上まで登ったこともある。

 しかし結果は――


「視界が悪すぎて何も見えん」


 というのも森の上には何やらうっすらともやのようなきりのようなものがかかっていて。

 遠くを見ようにも数百メートルほど先までしか見えなかった。


「一応山らしい所と逆に歩いては来たけど」


 靄の遙か彼方にうっすらと見えたのはかなり高そうな山並みだけで。

 人がいるであろう平野を目指す俺はそれから離れる方向に歩いてきた。

 だけど一向に人に出会う気配は無い。


「魔物になら何度も出会ってるんだけどな」


 最初にトレントという魔物に出会ったことで予想はしていたが。

 この森は魔物が大量に住んでいるらしい。


「目を覚ましたらデカいワニに頭を噛まれてたときはさすがに焦ったな」


 初日、川辺で眠った翌日だった。

 目を覚ましたと思ったら頭を豪快にワニ型の魔物にガジガジと噛まれていたのである。

 もちろんすぐに抜け出して倒したものの、それ以来眠るときはなるべく木の上か洞穴か、それがなければ周囲の木の枝を使って簡易的な柵を周りに作ってから寝る様にしている。


 ちなみにそのワニがなぜ魔物だとわかったのかというと、魔石を持っていたからだ。

 別に解体したわけじゃなく、あまりの事に驚いて無我夢中で殴っていたら……まぁ、後は想像にお任せする。


「人間が? って近寄っていったらゴブリンだったりオークだったり……もう嫌だ」


 最初こそ二足歩行生物の息の根を止めることに微妙な罪悪感もあった。

 だけどそれにもすぐに慣れてしまった。

 それもこれも無敵の心のおかげかも知れない。


「もしかしてこの世界って人は俺以外存在しないとかじゃないだろうな」


 さすがにそんなことは無いとは思いつつ。

 今日もそろそろ日が暮れてきた。


 森の中なので常時薄暗くはあるのだが、それでも夜の闇は別格だ。


「寝床はどこにしようかな」


 近くに丁度良い洞穴でもあればいいんだけど。

 そう思いつつ辺りを見回す。


「おっ、あそことか良さそう」


 寝床を探しながら歩いていると、少し離れた所の地面がもっこりと膨らんでいるのが見えた。

 この森に来てからの経験でそういう所には『ちょうどいい穴』があると知っている。


「昨日は無理矢理木の上で寝る羽目になったけど、今日はちゃんと地面で眠れそうだ」


 俺は鼻歌交じりに、その土山に近寄る。

 そして予想通りその脇に空いていた穴を発見し、その中を覗き込んだ。


「こんばんわー」


 大抵の穴には先客がいる。

 なので挨拶は大事だ。


 というかもう何十日も誰とも話していないので、こんな意味の無いことを言ってみたり独り言が多くなっている自覚はある。

 せめてあの女神がもう一度話しかけてきてくれたらなと何度思った事か。


「おっ、家主さん。ちわーっす」


 やはり穴には既に先住民がいらっしゃった。

 だけど警戒しているのだろう、出てくる様子は無い。


 俺は一歩後ろに下がると、腰蓑に付けた袋の一つに手を突っ込む。


「悪いけど、この家貰うね」


 そう言って袋の中から取りだしたのはまん丸なキノコだ。

 俺はそのキノコの頭を指先でデコピンのよう領で弾く。


「っと」


 するとどうだろう。

 それまで小さなピンポン球くらいの大きさしか無かったキノコがどんどん膨らんでいくではないか。


「ほいっと」


 俺はその膨らんでいくキノコを穴の奥へ放り込む。

 そして更に十歩ほど穴から離れ――


 ぼふんっ!


 同時に穴の中から軽い爆発音がしたかと思うと、黄色い煙が穴ともっこりした土山の数カ所から吹き出した。

 このキノコは森の中で見つけたもので、刺激を与えると爆発して毒入りの胞子をまき散らす性質を持っている。

 何も知らずにその洗礼を浴びた時は、近くの木に駐まって俺を狙っていたらしい巨鳥を巻き込んで大変なことになったのを覚えている。


 といっても俺自身は体中にピリピリした刺激を感じた程度だったが。


『グギャアアアアアアアアアアア』


 そんなキノコとの出会いを思い出している間に、穴の中から巨体の魔物が叫び声を上げて飛び出す。


「出て来た出て来た。おいでませクマさん」


 それは漆黒の毛に覆われた俺の二倍は背丈がありそうな巨大熊だった。

 そんなバケモノが顔を前足で覆いながら地面の上を狂った様に転がっているのだ。


 最初の頃の俺ならすぐに逃げ出していただろうそんな光景も。

 今の俺には何ってことの無い日常の風景で。


「終わったかな」


 少しずつ動きが鈍くなり、やがて完全に動きを止めた巨大熊に俺はゆっくりと近づいた。

 そして完全に息の根が止まっていることを確認して、穴から離れた場所まで熊の死体を移動させてから血抜きを始める。


「そろそろ革の服でも作ってみるかな」


 見かけよりも堅い熊の毛を触りながら考える。

 もう少し柔らかい毛であれば気持ちいい服も作れそうだけど、この熊では無理そうで今まで捨ててきた。

 だけど毛を剃って皮だけなら布代わりに使えるんじゃ無いだろうか。


「たしか皮を噛んでなめすんだっけ」


 さすがにそれはちょっと抵抗がある。

 だけど他の方法は記憶に無い。

 こんなことになるならサバイバル系の知識も学んでおくべきだった。


「って言っても、こんなことになるなんて誰が思うかって話だよな」


 俺はとりあえず革の服作成計画は保留にして、今夜の宿である穴へ向かうことにした。



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