ふららちゃんの失敗

友未 哲俊

1.ふららちゃんの日常

 ふららちゃんが交番をたずねると、お巡りさんが拳銃自殺しかけていました。

「おはよう」

 ふららちゃんはもう中学一年生だったので、きちんと朝のご挨拶をします。

「お、おはよう」

 お巡りさんも連られて、こめかみに銃口をあてたままお辞儀してくれました。

「何しているの?」

 ふららちゃんが尋ねると、お巡りさんは「拳銃自殺だよ」と教えてくれました。そして、

「危ないから、外へ出よう。見物するのならもっと下がっていて」

 そう言って表へ出ると、ポケットからチョークを取り出して、道のずっとむこう側に白線を引きました。できればロープで規制線も張りたそうな様子です。

 ふららちゃんは、はっきり「はい」とご返事して、きちんと後に下ってから大声で聞いてあげました。

「貯金箱に、いま二千円くらいあるの。あげたら生きて行ける?」

 ふららちゃんはもう中学一年生だったから、人が死ぬのは見たくありません。—— 人も、蟻んこも、アザラシも。

 お巡りさんはまだ若い人で、二十才か、三十才か、もしかすると四十才か、それとも五十才くらいでした。でも悲しそうに首を振ります。

「二千円じゃ無理だ」

「じゃあ、いくら?」

「百億円くらいなら …、せめて十億円」

 お父さんとお母さんに頼んでいま住んでいる家を売り払ってもらっても、そんなには無理だと思います。ふららちゃんは仕方なく、「でも、どうして死ぬの?」と聞きました。

「世の中について行けなくなったんだ。70年くらい前に生まれて来ればよかった」

「じゃあ、わたしについて来て。これからおじいちゃんの家へ昔の話を聞きに行く所なの」

 一人で行くのは初めてだったので、生徒手帳に住所をメモして来ています。

「あぁ、これなら海浜公園の方だ」

お巡りさんはそううなづいて、ピストルに安全装置をかけ直すとしっかりホルダーに戻して、いっしょに付き添って来てくれました。


 海浜公園まで来た時、向こうからひどら君がやって来て、ふららちゃんに手を振りました。

「ふららちゃん」

「ひどら君」

 ふららちゃんも手を振ります。ひどら君とは大の仲良しです。

「手伝って」

 ひどら君はそれだけ言って公園の林のなかをどんどん歩いて行きました。手に丈夫そうなロープを握っています。

「お巡りさん、先に行っていて。ここからはひとりで分るから」

 ふららちゃんはお巡りさんを先にやって、ひどら君について行きました。

「ここが良い」

 大きな一本の木の前で、ひどら君が立ち止ります。たくさんの松の木が、あたりに涼しい木陰を作っていて、枝の陰からはせみの声が聞こえて来るばかりです。

「じゃあ、そこにいて」

 ひどら君はそう言うと、頭の上に張り出した一本の太い枝にロープを投げかけてしっかりくくりつけました。それからその辺の石やを足もとにかき集めてきて踏み台にします。

「どうするの?」

 ふららちゃんが聞くと、ひどら君は踏み台に上って自分の首にロープを巻きつけながら答えました。

「首くくる」

「 … 」

「ここは景色もいいしね」

 そう言うと、ひどら君はしばらく木漏れ日の空を見納めていました。

「じゃあ、ロープをしっかり首に結んでちょうどぶら下がれる長さにしてくれる?」

「ひどら君、きっと苦しいよ?」

「大丈夫、すぐ死んじゃうから。一人で心細かったけど、ふららちゃんが見てくれていたら安心だ」

 でも、ふららちゃんはまだ中学一年生だったので、人が死ぬのは見たくありません。それに、ひどら君とは仲好しです。

「死んじゃったら、もう遊べないよ?美味しいものだって食べられなくなるし … 」

「ぼくも悲しいけど、死ななくちゃ … 。最後に一番仲良しだったふららちゃんに手伝って欲しいんだ」

 こんなに頼られてしまったら仕方がありません。ふららちゃんはひどら君のとなりに上って背のびすると、首にロープを結んであげました。本当に死んじゃうと困るから、すぐほどけるようにこっそり蝶々むすびにしておきます。

「ありがとう。ふららちゃん、楽しかったね … 」

 そう言いのこすと、ひどら君は小石の山からエイッ!と、とび降りました。けれど、そのとたん蝶々結びがほどけて、そのまま地面に還ってきました。

「イテテ … 」

 お尻をさすりながら立ち上がります。

「ひどら君、大丈夫?」

「息がつまるかと思った」

「じゃあ、やめる?」

「ダメ、どうしても死ななくちゃ。そうだ、ふららちゃん、ぼくを砂浜で生き埋めにして」

「生き埋めも、息がつまるよ」

「じゃあ、海の中で10分くらい顔を押さえつけていて」

「もっと息がつまると思う」

「じゃあ、どうしよう?」

 ひどら君は困っています。

「なぜ死ぬの?」

 ふららちゃんは尋ねてあげます。

「世の中について行けなくなったんだ。70年くらい前に生まれて来ればよかった」

「じゃあ、わたしについて来て。これからおじいちゃんの家へ昔の話を聞きに行く所だから」

 こうして、二人はいっしょにおじいちゃんの家めざして歩いて行きました。


 公園のはずれに差しかかった時、だれかが「ふららちゃ~ん」と呼んできました。

「あ、るどんちゃんだ」

 向こうの砂浜にるどんちゃんがいます。るどんちゃんとは親友です。

「ふららちゃん、相談があるの。ちょっと来て」

 るどんちゃんは両方の手に、ギラギラの出刃包丁を一本ずつ握っていました。

「ひどら君、先に行っていて。この道をまっすぐ行くと小さなお寺があるから」

 ひどら君を見送ると、ふららちゃんはるどんちゃんの所へやって来ました。

「るどんちゃん、どうしたの?」

「手伝って」

 るどんちゃんはそう言うと、まわりの砂を足もとにかき寄せて砂山を作りだしました。ふららちゃんも手伝ってあげます。

「これで良し」

 るどんちゃんは満足そうにできあがった砂山の上に正座して海を見ました。あたりは広い広い浜辺で、透き通った海と大きな空が開けています。

 るどんちゃんは、「はい」と言って、ふららちゃんに包丁を一本、貸してくれました。それから着ていた服のおなかをたくし上げ、海に向っておヘソを出しました。

「るどんちゃん、何しているの?」

「切腹する」

 そう言ってふららちゃんに最後のお願いを頼みます。

「わたしがおなかを切ったらその包丁でかいしゃくしてね」

 ふららちゃんはすごくびびりました。首をチョン切ったことなんてまだ一度もありません。

「るどんちゃん、世の中について行けなくなったの?」

「うん、70年くらい前に生まれて来ればよかった。ふららちゃん、これまでありがとう。楽しかったね …、エイッ!」

 わっ、るどんちゃんが本当に切腹しています。おなかがパックリ割れて、中身がゴブンとあふれ出してきました。

「痛い、痛い」

 るどんちゃんが泣いています。大変、早く助けてあげなくては。

「るどんちゃん、しっかりして」

 ふららちゃんは、大急ぎで中身をおなかに戻してあげました。切腹中の包丁を取り上げて、近くに落ちていた松の葉っぱで傷口を仮止めしてみます。

「るどんちゃん、大丈夫?」

「 … 大丈夫、じゃないと思う。すごく痛い」

「やっぱり … 」

 ふららちゃんは助けを呼んであげたかったけど、スマホは持っていなかったし、あたりには人影ひとつありません。仕方がないから生徒手帳を一枚破って、ミニ鉛筆でこう書きました。

「るどんちゃんが大けがしています。だれか助けに来て下さい」

 そして、近くに落ちていた牛乳の空きビンにその手紙を詰めて海に投げ入れました。ですが、ふたのない口からはあっという間に水が入って来たので、ビンはどの陸地にも半島にもたどり着けずに、たちまち波底に飲み込まれてしまいます。ボコッ、ブクッ、と大きな泡を吐いて沈没して行きました。

 すると、海の中から白いヤギひげのお医者さんが現れて、「どれどれ」と、こちらに来てくれました。黒いカバンから聴診器を取り出すと、さっそく、るどんちゃんの容態ようたいを診察してくれます。お医者さんは海底人でした。この近くの人のようです。

「大変だ。もう死んでいる。輸血しなければ … 」

「まだ生きています!」

 るどんちゃんとふららちゃんは口をそろえて抗議しました。それに、るどんちゃんのお腹からは血なんて一滴も出ていません。

「これはしたり」

 お医者さんは戸惑って首を傾げました。

「もしやこの子は、人間ではないのでは?」

 そう言うと、今度はゲノム解析装置をカバンから取り出して、るどんちゃんのお腹に当ててみます。

「あぁ、やはり … 。君はサイボーグじゃろ?」

「 … えへっ、ばれちゃった」

 るどんちゃんはチロンと舌を出しました。見るとおなかの傷はもうふさがりかけています。さすがは改造人間です。

「念のためにメンソレータムを塗っておこう。五分もすれば元通りだ」

 白ひげドクターは小さな金属製の容器のふたをあけて、ふたりが見たこともない黄色い不思議な軟膏なんこうをるどんちゃんのおなかに塗ってくれました。よく効きそうです。

「では、もう切腹しないように。つらくても生き抜かねばな?それから、女の子はむやみにおヘソを出してはならん」

 おじいさんだから、考えが保守的です。でも往診代がわりに包丁を二本あげるととてもうれしそうでした。

「助けてくれてありがとう」

 ふたりはきちんとお礼を言って、海底人が海のおうちに帰って行くのを見送りました。

「るどんちゃん、じゃあ、ついて来て。今からおじいちゃんのお寺へ昔の話を聞きに行く所なの」

 ふららちゃんとるどんちゃんは並んで歩いて行きました。


 お寺に着くと、お巡りさんとひどら君が、住職のおじいちゃんと楽しそうにちゃぶ台を囲んでいました。

「おじいさんは本もたくさん出されているんだね」

 お巡りさんが感心したようにふららちゃんにたずねます。

「どんな本なの?」

 おじいちゃんはけんそんして教えてくれなかったみたいです。

「難しい本です」

 そう答えておきましたが、ふららちゃんもじつは知らないのです。読んでみたかったのに、何度頼んでも「まだ難しい」と言ってちっとも見せてもらえません。でも作家だから、文章は上手なはずです。

「昔の話を聞いていたんだ。昔ってやっぱり良いなぁ」

 ひどら君がしみじみとつぶやきました。

「そうか!」

 るどんちゃんの瞳がキラッと輝いてウィンクして来ました。

「ふららちゃん、コンクールに応募するんでしょ⁉」

「うん」

 今年は、身近なお年寄りから教わった昔の暮らしぶりを紹介するのが、夏休み作文コンクール一年生の部の課題です。

「ふららのためにまとめておいたよ」

 おじいちゃんが原稿用紙を渡してくれました。

「このままだとふららの作品にならないから、みんなと相談して自分の言葉に書き直すといい」

 四人はさっそく顔を寄せ合って、おじいちゃんのお話を読んで行きました。

 










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