第21話 責任
バイクが私の家のマンションの1階に止められる。
私は頭から被っていたヘルメットを取って高木くんに渡した。
初めて高木がバイクで私を迎えに来た時、1階のエントランスにはお母さんがいた。お母さんはあの日、私に彼氏がいた事に少しだけ喜んでいた。
高木くんはあの日以来、私の家族とは会っていない。
今のお母さんはあの時とは違って、高木くんに良い印象は持っていない。
お父さんに関しては高木くんは会った事すらない。お父さんにとって高木くんは私の体を
高木くんはこの事を知らない。私は家がある階数まで上がるエレベーターの中、何度か高木くんを止めるべきかと迷った。
だけど高木くんの覚悟を決めた目を見ると、きっと何も言わない方がいいと感じた。今言うと、高木くんの気持ちを邪魔することになる。
マンションの廊下、私の玄関の扉の前。いつもなら私は鍵を開けてそのまま入る。別に玄関の扉にはなんの緊張も感じない。
だけど高木くんとこの玄関の扉の前に立った時、私の足が震えていた。
私は高木くんの手を握った。高木くんは痛いぐらいに手を握り返してくる。
高木くんの手も震えている。高木くんを見ると全身が小刻みに震えていた。
「優香、俺って自分で思っていたよりも小心者だったみたい。今ここに立ってるのがやっと、正直立っているのが辛い。
優香の両親に会ってもいいのかと思ってしまうくらい俺は今緊張している。本当は今すぐ逃げ出したい。
だから優香にお願いがある。
絶対に俺の横から離れないでほしい。できればずっと手を繋いでいてほしい。」
私は首を縦に振り、何度も頷いた。
高木くんはゆっくりとインターホンに手を伸ばして丁寧に押す。
玄関が開けられて立っていたのはお母さんだった。
「....優香....優香、昨日は一体何処に行っていたのよ。何回電話しても全く出てくれなくて、何かあったんじゃないかと思って心配したわよ。」
「ごめん、お母さん。」
お母さんは扉から出てきて私を抱き締めた。そして気付いたのだろう、高木くんを見て慌てて私から離れる。
「あなたは...あの時の。」
お母さんは高木くんの事を覚えていた。
そして私と高木くんが揃って玄関に立っている事、そしてわざわざインターホンを押した事から多分何をしにきたのか察したんだと思う。
高木くんが私の手を再び握る。高木くんの手は冷たい。
高木くんはひと呼吸起き、あの時の同じ丁寧なお辞儀をした。
「お久しぶりです、優香さんのお母さん。今日は“責任”をとりに来ました。」
高木くんは着ている学生服には似合わない丁寧な挨拶をした。
いつもとは違う高木くん。さっきまであれだけ緊張していたのに、高木くんはまるでお父さんのように背を伸ばし、堂々としていた。
私は高木くんが遠く感じた。そしてそれと同時に絶対に横に並びたいとも思った。
私はお母さんと離れて高木くんの横に立ち、見様見真似でゆっくりと頭を下げた。
私は高木くんのようにはなれないけれど、少しでも私は高木くんに追いつけたらいいな。
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お母さんは私と高木くんをお客さんを迎えるように家に迎え入れた。
いつもなら何もないただのリビング。だけどそこにどっしりと椅子に座るお父さんの姿を見た瞬間、私はきっとこれから起きる事一つ一つが未来への分岐点なのだと悟る。
「お父さん。」
「お母さんから話は聞いた。まずは優香と....」
お父さんは高木くんをじっと見る。高木くんは慌てて自己紹介をした。
「そうか、では優香と高木君、まずは席に座りなさい。俺にも言いたい事はたくさんある。だけどまずは高木君の言い訳を聞こう。」
一昨日のお父さんとは違う。ただ何が違うかは私にはわからない。
どうすればいいか分からない。だからその不安をどうにか解消したくてテーブルの下で高木くんの手を私は静かに握った。
高木くんも静かに震えていた。
「...まず、挨拶が遅れてすいませんでした。俺は...」
高木君が言葉を紡ぎ始めたところでお父さんは言葉を挟んだ。
「俺は君からの挨拶なんて聞きたいんじゃない。どう反省しているか聞いているんだ。そもそも何の挨拶をするつもりなんだ。
高木君、君は私の大事な娘に傷をつけた。今時の高校生だからそういう事もある。だけど君は一線を超えた。避妊せずにする事をすればこうなる事はわかっていただろう?」
高木くんはこうなる事を見越して病院に行こうと言ってくれていた。高木くんは悪くない!!
「お父さん、私が...」
私はお父さんの勘違いを正そうとしたけれど、高木くんは私の目の前に手を出してそれを止めた。
高木くんは私が妊娠した経緯をお父さんに言わなかった。
「たしかに俺が優香を妊娠させました。優香さんのお父さんとお母さんには多大な迷惑をお掛けしています。今日はその責任を果たしに来ました。」
「それで?」
高木くんの言葉をお父さんは騒ぐ事なく聞いている。それが私にとっては嵐が来る前の胸騒ぎのような気がして堪らない。
「確かに妊娠は早過ぎたと思っています。そこは大変反省しています。だけど俺と優香はお互いに将来は結婚したいと思っています。だから優香さんを僕にください。」
お父さんは高木くんの言葉を聞いて一気に呆れ顔になった。
「優香もそう思っているのか?」
「うん、私は高木くんと一緒になりたい。」
お父さんは私の意思も訪ねてきた。私の答えを聞いたお父さんは更に大きなため息をつく。
「まず最初に高木君、君は高校生だね。歳も優香と同じかな?」
「はい。」
「そうか。それなら君は高校2年生だから働き出すまでに最低でもあと1年はかかる。優香は今妊娠5ヶ月だとしても、5ヶ月後にはこのままいけば子供は生まれてくる。高木くんはどうやって子供を育てていくつもりなのかい?」
高木くんはお父さんの言葉に何も言えなかった。
「高校卒業までのお金の問題は何とかなったとしよう。それで君は高校を卒業したら働くのかい?俺は高校卒業してすぐに働き始めたけれど、はっきり言って働いて1年目で子供1人を支えられる給料なんてないぞ。」
お父さんの正論に高木くんは何も言えない。
「高木君は高校卒業したら大学に進学するつもりか?」
「はい。」
「なら大学に通う間、君はどうやって子供を育てるつもりだ?
子供の事は優香に全て押し付けるのか?それで君は悠々意的な学生生活を送るつもりなのか?
もしも優香が子供を産むなら高校は中退になる。その意味をわかってるのか?
なによりも16歳の未熟な体で子供を産む危険性がわかるか?
そんな事もわかっていないのに何が責任だ。
俺は優香の体の事すら考えない奴に娘をあげる気はない。
責任を取ると言うなら今すぐ優香と別れろ。そして二度と俺の前に出てくるな。
責任を取るというのはな、取れるやつが言うんだ。何も出来ない奴が責任を取るなんて二度と言うな。」
私はお父さんの言葉に何を言えばいいのか分からなかった。ただ一つ、わかった事はこの先はもう無いんだと言うこと。
私はもうどうする事もできない。何が正しくて何が間違いなのかわからない。
ただお父さんの言葉通りにするしかない。
お父さんが立ち上がり、黙って私の左手薬指から指輪を抜き取る。そしてそれを静かに高木くんの前に婚約指輪を置いた。
「高木君、君が勇気を出して俺の前に出てきたのはよく分かった。そして優香を思ってくれていた事もだ。
だから今回はその優香を思う気持ちで手打ちにする。
だが次に優香に手を出してみろ。俺は容赦はしない。」
お父さんは再びゆっくりと椅子に腰掛ける。
高木くんは下を向き、ただ悔しそうに涙を流していた。
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