第20話 出発
「さて、準備も済んだようじゃし。 そろそろ行くかの」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日も少し高くなり、概ね快晴と言える天候。
涼し気な風がふき、旅をするには絶好の陽気といった感じだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
家を出て、レイ達が住む集落跡の入り口までやってきた四人。
レイとアルは見送りの為、旅装とは違う普段着のような服装。
それは、帯を必要としない薄手の布で作られた軽装であった。
一方で旅支度を済ませたバレリアは、動きやすい旅装に身を包む。
その背には、居間にあった黒く大きな剣が背負われていた。
ワンは多めの荷物を括り付けた馬の横に立ち、手綱を握っている。
旅装の上にはフードの付いたマントのような物を羽織っていた。
「本当に行っちゃうんだ……」
旅支度を済ませた二人の姿を、少し寂しそうな表情で見つめるレイ。
その表情を見たバレリアは、おもむろに自らの首にかけていた首飾りを外す。
そしてゆっくりとレイに近付くと……
「レイちゃん、ちょっと屈んで。 んっしょっと……」
バレリアは少し背伸びしながら、レイの首へ自らの首飾りを装着する。
「えっ? これって…… お姉ちゃんの大事な」
「んっ! あげないよ? ただ、すぐ帰ってくるから、ちょっと預かってて」
ニコッと笑いながら、そう言うと、バレリアはレイの胸へと抱きついた。
「んーー。 ここもしばらくお預けかぁ んーー、レイお姉ちゃぁぁぁん……」
「ちょっ、ちょっと…… また、お姉ちゃんって……」
バレリアはレイの胸に顔を埋めながら、スリスリと顔を左右する。
「……んーー。 いやぁ、レイちゃん成分を吸収するには、姉としてじゃなく妹になりきらないとさっ」
「成分なんて出てないってば…… ハァ……」
レイは呆れつつも胸に抱きつくバレリアの頭をそっと撫でていた。
その様子を生暖かい目で見ていたアルとワンは、聞こえない程度の声で会話する。
「なぁ。 いつもこんな感じなのか?」
「んっ? いや。 今まで離れ離れになった事無いからのぅ……」
「はぁ…… やっぱ一緒に連れてってやれば?」
アルは姉妹の様子を見て、改めてワンへと提案してみる。
「それはええけど。 お主一人でやってけるのか?」
「それは無理…… 大金あれば可……」
(正直、自給自足は性に合わないしなぁ。 お金くれれば隣の村でのんびりスローライフも悪くない)
「お主…… 実は結構な穀潰しかもしれんのぅ」
「実はも何も…… 普通だろ……」
真面目な顔で言うアルを見て、ワンは「やれやれ」といった表情を見せている。
「本当はワシもしんどいし…… 旅、行きたくないんじゃけど……」
「いやぁ…… 俺もいきなり旅はなぁ……」
「まぁ…… お主に期待はしておらんわい」
「いや…… ちょっとはしろよ。 旅には行かんけど……」
アルとワンがそんなよもやま話をしていると、バレリアが声をかけてきた。
「主様ーー! そろそろ行きますかー?」
「おっ。 そうじゃな。 もうええのか?」
ワンがそう問うと名残惜しそうな表情をしつつも、レイとバレリアは静かに頷いた。
しばらく離れ離れになる事が初めての様子の姉妹は、少しだけ悲しそうな様子を見せる。
アルはそんな二人に頭の後ろで両手を組みながら話しかけた。
「まぁ気をつけて行って来いよ。 ちゃんと留守番はしとくから」
姉妹とは対象的に、いつもの調子で話すアルをバレリアが睨みつける。
バレリアはゆっくりと背中の剣を握ると、アルへと突き付けた。
「オイ!」
「んっ? なっ、なんだよ」
バレリアの剣幕に、思わずアルは身構える。
剣の切っ先がアルの鼻先へと突き付けれれた。
「良いか? 間違ってもレイちゃんに手出すんじゃねーぞ?」
「出すわけねーだろ!」
食い気味に否定するアルに対し、バレリアからは意外な答えが返ってきた。
「出すわけないって何だよ! 何で出さないんだよ!」
「何でだよ!」
「何でって。 レイちゃんは見ての通り可愛いし、胸もお尻もぷにぷにだし」
「ぷっ、ぷにぷにじゃないってば!」
バレリアの言葉にアルだけじゃなく、レイまでもが参戦してきた。
そんなアル達の様子を気にする素振りも見せず、バレリアが言葉を続けた。
「だから、手を出さない訳ないだろって言ってんの!」
「……はぁ。 ほんとレイの事になるとアレだな……」
アルは小さな声で呟くと、改めてバレリアへと言葉をかける。
「じゃ、手出して良いのかよ」
ジトッとした目でバレリアを見たアルは、そのままレイへを視線を向ける。
レイは少し照れたような表情で、アルの視線から目を反らしていた。
「良い訳無いだろ!」
「はぁ…… じゃどうしたら良いんだよ」
アルの言葉を聞いたバレリアは、突き付けていた剣を背中に背負う。
そして右手で顎を触りながら、少し思案するような表情で……
「そうだなぁ。 レイちゃんは可愛くて物凄くゴニョゴニョしたい。 だろ?」
「何だよ…… ゴニョゴニョって……」
呆れたように返答するアル、その横には耳まで真っ赤にして俯くレイの姿があった。
「でも。 アタシとの約束で、断腸の思いで我慢する。 ってのが理想的だろ?」
「いや…… 理想的って言われても……」
「何だよ! まさか手を出す気じゃ……」
そう言うと、バレリアは再び背負っていた剣に手をかけようとする。
「分かったって。 えーーっと。 レイは可愛いけど、バレリアに誓って絶対に手は出さない」
「うんうん。 あとついでに」
「まだ何かあるのかよ……」
「変な虫がつかないように、ちゃんと見張ってろよ!」
「はいはい……」
(てか、レイが脳筋怪力娘って分かったら、誰も手ださねーだろ……)
額に右掌を当て呆れるアルの様子を見て、満足そうにウンウンと頷くバレリア。
その傍らには、未だに照れて俯くレイの姿があった。
そんな三人の様子を見ていたワンが、ポツリと呟く。
「あのぉ…… そろそろ、ええかの……」
「あっ、すみません主様。 そろそろ行きますか」
「うむ…… もうええ?」
ワンは馬の方へと向かうと鐙に足を掛け、軽快に馬へとまたがった。
そして馬の手綱をバレリアが握ると、アル達の方へゆっくりと視線を向ける。
「じゃぁレイちゃん。 行ってくるね!」
「うん! お姉ちゃんも、気をつけてね」
「もちろん! あっ、アル」
バレリアはニコッと笑顔を見せながら……
「多少はアテにしてるから、レイちゃんの事、お願いなっ」
「んっ? あぁ。 任せろ」
アルの言葉を聞いたバレリアは、振り返る事無く集落を後にした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レイは少し寂しそうな表情で、ワン達の姿が見えなくなるまで見つめていた。
その隣には、レイに付き合うようにアルも佇んでいる。
「行っちゃったなぁ」
「うん…… 私達も頑張らないとね」
「……だな」
二人は互いに確認し合うと、振り返り家へと歩を進める。
並んで歩いていた二人だが、ふと何かを思い出したようにアルの歩が止まる。
その様子を見たレイは振り返り、アルへと声をかけた。
「んっ? どしたの?」
アルの様子を不思議そうな表情で見つめるレイに……
「そういや、大事な事…… 忘れてたな」
真剣な表情でレイを見つめるアル。
「だっ、大事な事って?」
そのアルの様子に、少しだけ身構えるレイが次の瞬間、耳にしたのは……
グーーーーーーっ
真剣な表情で腹を擦りながら、アルは答えた。
「朝飯…… 食べてなかったな……」
レイはハァーっと深くため息を吐くと、振り返り無言で足早に家へと戻っていった。
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