第13話 二人の関係

「な…… 何か、怪しい」


 懐疑的な表情で、バレリアと主人を見つめるレイ。


 その視線に気付いてか、バレリアは話を逸らそうとする。


「ぜっ、全然怪しくないよ。 ところでオッサンさ?」


 レイは怪しいと感じつつも、先程バレリアに怒られたばかり。


 そのせいもあってか、気にはなっていたが深く詮索出来ずにいた。


「最近入った一番のお酒ってどれ?」


「それでしたら…… ちょっと待ってて下さいね」


「あぁ。 ちょっとレイちゃんとお話するからさ! 出来るだけゆっくりで良いよ」


「分かりました」


 主人は慣れた手付きでグラスに果実のジュースを二杯注ぎ、カウンターに静かに置いた。


「それでは、ごゆっくり。 お話が終わったら呼んでくださいね」


「んっ! あんがと!」


 主人がカウンターの奥に引っ込むと、バレリアはカウンターの椅子に腰を掛ける。


「レイちゃん。 こっちこっち」


 バレリアは自分の隣の椅子をポンポンと叩き、隣に座るようにレイを誘う。


「う、うん。 ここは…… よく来るのかな?」


 物珍しそうにキョロキョロと店内を見回しながら、レイはバレリアに問いかける。


「来ないよぉ。 お金無いもん。 ただ昔の知り合いがやってるってだけだし」


 レイはバレリアが過去にどんな仕事をしていたか知らない。


 以前は気になって何度も問いかけていたが、いつ聞いても逸らされるので諦めていた。


「ふぅん。 昔って?」


(どうせ教えてくれないだろうけど…… なーんか今日は雰囲気違う感じするなぁお姉ちゃん)


 そんな事を考えながら、ダメ元で質問してみるレイ。


「アタシさ。 昔はちょっと何ていうか…… んーっと……」


 あまり気の進まないであろう質問に、バレリアは少し難しそうな表情をしていたが……


「まぁいっか。 そのために連れてきたんだし」


 そう呟くと、バレリアはそのまま話を続けた。


「レイちゃんさ。 アタシと主様の関係って、ちゃんと話してなかったよね?」


「えっ? まぁ…… 昔お世話になった人だからって、一緒に暮らし始めたのが五、六年位前だっけ?」


「うん! レイちゃんが十二歳位だったから。 あの頃のレイちゃん。 可愛かったなぁ」


 両手で頬杖を付きながら目を瞑り、悦の表情でニヤニヤするバレリア。


「あっ。 もちろん今も可愛いよ! 今は可愛いけど綺麗の方が上かな?」


「んーーっ。 何言ってるの、もぉぉ……」


 バレリアの発言に、レイは照れながらも満更でもない様子を見せていた。


 そんなレイをニヤニヤしながら横目で見つつ、バレリアは話を続ける。


「あっ、でね! 実は主様って、昔は【とある国】のお偉いさんでさ」


「うそ? あっ、でもまぁそうなのかな? 一応【数字の烙印】持ちだもんね」


 普段のワンは、レイにとっては物知り爺さん的な存在。


 当時は幼さもあってかワンちゃん呼ばわりしており、それが現在まで続いているようだ。


 とは言え、レイも【数字の烙印】が特別だという事は理解している。


 その事実もあり、ワンがどこかの国を治めていたとしても、不思議ではないとレイに思わせた。


「そうそう! んでアタシは何ていうかその…… 主様の護衛? そう! 護衛!」


(護衛じゃないけど…… まぁ、大体の事は伝えておいた方が良いよね)


 バレリアはそう思いつつ、不思議そうな表情で見つめるレイに対し話を続けた。


「護衛団みたいな感じで、前に主様にお世話になってたって感じなの」


「へぇぇ。 そっかぁ。 まぁお姉ちゃん強いし。 納得かも」


「でしょ? うんうん。 んでね。 アタシとオッサンの関係は」


 バレリアはカウンターにあるジュースに口をつけ、話を続けようとするが……


「んまっ。 このジュースかなり美味しいかも! ちょっとレイちゃんも飲んでみて」


「えっ? うん」


 言われるままにレイはグラスに口をつける。


「んーーっ。 ほんとだ。 美味しいね、お姉ちゃん」


「でしょ。 えへへぇ」


 レイが向ける笑顔に釣られるように、バレリアも笑顔になっていた。


「ふぅぅ。 これ何のジュースだろ? お酒にも合いそうだし、後でオッサンに聞いてみよっかなぁ」


 ブツブツと呟くバレリアに、レイが言葉を掛ける。


「えーっと。 それで話の続きはぁ……」


 俯きながら呟くバレリアの顔を覗き込むように、レイが声を掛ける。


「あっ、ごめんごめん! どこまで話したっけ? えーっと、あっ。 そうそう」


 バレリアは思い出したように、ハッとした表情を見せるとカウンターの奥へ視線を送る。


「オッサーーン。 もー良いぞー? 準備出来たかー?」


 声を掛けられた主人は、大事そうに一本の酒瓶を抱えたまま、ゆっくりと奥から登場する。


「はい。 こちらが、今手に入る酒では最高のものになりますよ」


 強面の主人は笑顔で、一本の酒瓶をバレリアに差し出す。


「おっ、あんがとね! お代はーっと……」


「いえいえ、バレリア様からお代なんて」


 バレリアは、両掌を向け謙遜する主人の手を引き寄せると、その手に十数枚の金貨を握らせる。


「良いの良いの。 アタシのなけなしのヘソクリだけど! これで足りるか?」


「えっ? もちろんです。 大事なお金のようですが、宜しいんですか?」


「大丈夫だって! それと、このジュースも一瓶貰える? あと手頃な酒も何本か包んでよ」


「かしこまりました」


「割れないようにちゃんと包めよー」


 強面の主人がいそいそと準備をする中、レイは不思議そうにバレリアの顔を見ていた。


「んっ? どったの?」


「お姉ちゃんってさ。 私と他の人に対する態度。 ぜーんぜん違うよね」


「そりゃそうだよぉ! 当たり前じゃん」


 あっけらかんとした表情で、当然のように言うバレリアに少し呆れたレイ。


 そんなバレリアに対し、レイは思い出したように質問をしてみる。


「えーっと。 あのぉ…… それで二人はどんな関係なの?」


 主人の準備が整い、酒瓶とジュースの入った袋をバレリアに手渡す。


「おっ! あんがと。 えーっとね。 このオッサンはアタシの元配下って感じかな」


「配下? おっ、オジサンなのに?」


「うん! オッサンなのに」


 バレリアにそう言われ、主人は少し苦笑いを浮かべていた。


 パッと見ると、父親と子供にしか見えない両者。


 バレリアは強いとは言え二十八歳である事を考えると、護衛団に居た当時はまだ相当に若いはず。


 その為、年齢の合わない二人の関係は、レイにとっては少し不思議な関係に思えた。


「ちなみにオッサン。 最近、景気はどうなの?」


「それがサッパリでして。 ゼニールの奴が、また徴税を始めまして…… あの……」


「そっかぁ。 大変だなぁ。 あっと、忘れるとこだった」


 バレリアは懐から一枚の紙を手渡し、主にそっと耳打ちする。


「近々、レイちゃん達が訪ねてくるかも知れないから。 さっきの金で、それ準備しておいて」


 その言葉を聞いた主人は、頷きながら小声でバレリアに話かける。


「それで…… あの…… ゼニールの件は……」


「おっと! レイちゃん、待たせてごめんねぇ。 んじゃ、またなオッサン」


「……はい。 それではまた」


 バレリアは、話を聞いて欲しそうな主人の様子を察してか、早々に話を切り上げる。


 少し悲しそうな表情をする主人に、愛想笑いを浮かべたレイは軽く会釈して、店を出た。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 店を出ると、辺りはすっかり日も落ち、暗くなっている。


「あら。 すっかり暗くなっちゃったねぇ。 主様、待ってるよねぇ」


「うん。 急いで帰らないと……」


 家を出てから既に三時間以上は経っただろうか?


 予想以上に時間が経ち、少し焦りを見せていた二人であったが……


「まぁ…… 仕方ないよね! 帰りは早馬でも雇って帰ろっか?」


「そうだね。 アルもお腹空かせてると思うし…… 急ごっか」


 そう言うと、二人は荷物を抱えながら、村にある厩へと向かっていった。

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