第8話 犬の正体
「あっ、そうだそうだ! ワンちゃんがアルに会いたいってさ!」
アルとバレリアの間には、気不味い雰囲気が漂っていた。
その雰囲気を切り裂くように、レイは両手をパンッと叩きアルにそう告げる。
「ワンちゃんねぇ……」
犬に謁見するという通常では考えられないような出来事に、若干難色を示すアル。
「オイ! 主様をワンちゃん呼ばわりしてんじゃねーよ!」
「ちょっとお姉ちゃん! 仲良くするって言ったでしょ?」
「……むーーーっ!」
少し顔を膨らませ子供のように拗ねるバレリア。
(本当に二十八か? どう見ても子供だろ……)
バレリアの拗ねる様子を見ながら、苦笑いをしつつも改めてレイに問いかけた。
「じゃぁちょっと会ってくるかな! どこに居るんだ?」
「こっちこっち!」
レイは手招きしながら先行し、アルはブツブツ文句を言うバレリアの後ろから付いていく。
集落内を少し進むとまばらながらにも、いくつかの建物が目に入る。
大きな蔵のような建物や厩、少しくたびれた平屋建ての家がいくつも建っているようだ。
一行はその中でも、一際目立つ小綺麗な平屋建ての一軒の家の前へとやってきた。
「ここだよー!」
ガラガラガラガラ……
レイは引き戸を開けると、中は見た感じ普通の住宅のような内装だ。
土間や小上がりがある和風な住居、といった感じだろうか。
履物を脱ぎ、廊下へと進むといくつかの部屋が見える。
中にはぬいぐるみが置かれた部屋等も見え、レイ達の普段の生活の様子が垣間見えた。
レイの後に続きながらも、アルは物珍しそうにキョロキョロと家の中を見回す。
「オイ! 人んちの中をジロジロ見てんじゃ」
「お姉ちゃん!」
「……ないですよ」
レイに釘を差され、慌てて不自然な敬語を使うバレリア。
「いや、ごめんごめん! 悪かったな」
アルはバレリアに気不味そうに謝り、レイの後に続き廊下を奥まで進む。
「ワンちゃーん! 連れてきたよー」
「おぉおぉ、入りなさい」
「はーい」
レイが奥の間の扉の前で声をかけると、中から老人のような声が聞こえてきた。
(むむ。 何か爺さんみたいな声の犬だな……)
てっきり、「ワン!」と返事されると思ってたアルは、少し意表を突かれた様子を見せている。
スーーーーッ……
奥の間の扉をレイがゆっくりと開ける。
部屋の内部は中心に囲炉裏があり、それを囲むようにムシロの座布団が置かれている。
レイ達とは囲炉裏を挟んで向かい側の座布団に、一人の老人が座っていた。
「ほっほっほ! よく来たのぅ」
顎から伸びた白くて長い髭は、神々しささえ感じられる。
好々爺といった印象の老人を見てアルは思わず呟く。
「ジジィじゃん……」
ガスッ!
「痛っ! 何すんだよ」
「うっせー! 主様に失礼だろ!」
少しムッとしたバレリアは、膝で軽くアルの尻を蹴る。
「悪かったって」
バレリアに蹴られた尻を擦りながら、改めてワンちゃんに視線を移す。
てっきり犬だと思っていたアルは、少しガッカリした気持ちと、さすがに犬では無かったという安心感で、少しホッとした。
「いかにも! 見ての通りの爺さんじゃ。 名はワンという。 よろしくのぅ、若いの」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないわ!」
食い気味にツッコミを入れるアルに、苦笑いを浮かべるレイ。
(ワンちゃんって名前かよ。 バレリアがお姉ちゃんなんだから爺ちゃんって言え、爺ちゃんって)
アルは心の中でそんな事を考えていると……
「よいよい! とりあえず座りなされ」
ワンは右手でポンポンと座布団を叩いて、アルを隣へと誘う。
アルは言われるがままに黙って隣に座ると、続いてバレリアとレイも座ろうとしたが……
「そうじゃ。 今日は客人も来た事じゃし夕餉に酒でも飲む事にするかのぅ。 バレリア、レイ! 二人で、マリノ村まで行って肉と酒をな」
二人にそう告げると、ワンは懐から革製の財布を取り出しレイへと投げ渡す。
「えぇぇ。 今からだと帰る頃には、日が暮れちゃうよー?」
「そうですよ! こんな奴に酒なんて飲ませなくたって。 泥水で充分ですって!」
(泥水で充分は酷すぎだろ……)
レイとバレリアはお使いを頼まれて、少し不満げな表情でジッとワンを見つめている。
「ほっほっほ。 お釣りでお菓子を買っても良いぞ! バレリアも今日は酒を飲んでも良いじゃろ」
その言葉を聞いた二人は、お互いにハッと向かい合い目を合わせる。
「「いってきまーす」」
ワンの声を聞いた二人は声を合わせてそう答えると、ドタバタと部屋から立ち去っていった。
「菓子で釣られんのかよ……」
「ほっほっほ。 ここの所、ちと倹約しておってのぅ。 まぁ丁度ええわい」
呆れるアルとは対象的にワンはにこやかな表情を見せていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レイ達が家から出る音を確認したワンは、改めてアルに向き合う。
「して、若いの。 お主、記憶が無いそうじゃの?」
先ほどとは打って変わって真剣な表情のワン。
アルも改めてワンに向き合うと……
「あぁ。 レイはワンちゃんなら何とかなるかもって言ってたけど…… 出来るのかな?」
アルがそう問いかけると、ワンはスッと立ち上がり戸棚から筆とツボを取り出した。
そして改めてアルの前に座ると……
「ふむ、怪我をしておるようじゃが……」
アルの左頬に出来た切り傷を眺めているワン。
「あぁコレ? さっきバレリアに」
「なんじゃと?」
バレリアにという言葉を聞いたワンは目を見開き、少し驚いた表情をしている。
「マジで何なんだよアイツ。 恐ろしすぎるだろ」
アルは不満を告げると、ワンも静かに頷いた。
「全く…… 末恐ろしい娘じゃ」
少し溜息混じりにそう呟くと、改めてワンはアルに話しかけた。
「まぁ今はよい。 どれ、まずは髪を上げて顔を見せてみぃ」
「んっ? あぁ」
アルは言われるがままに髪をかき上げる。
するとワンは持っていたツボに筆を差し入れ、炭のような物を付けるとアルの顔に筆を近づける。
「冷たっ」
「コレ! 動くでない」
アルの傷を覆うように筆を走らせていくが、段々と筆は傷とは関係無い部分へと向かっていく。
「……よし。 これでええじゃろ」
そう言うと、ワンはふぅーっと深い息を吐き、満足げな表情を見せていた。
「えっと…… これで記憶が?」
てっきり傷の手当かと思ってたが、筆と壺を取り出したのは傷に気付く前の事。
この行為は、アルは記憶を取り戻す為の手段と解釈していた。
「うむ。 これを見てみぃ」
ワンから手鏡を渡されたアルは、鏡を覗き込んで呟いた。
「これは……?」
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