第三集 渦中の城
目的地である
平州の州府、つまり州の政治経済の中心であり、平州刺史・
一方で中間地点である昌黎郡には漢人の集落がほとんどない。遼東湾に面した海岸沿い以外は深い山地になっており、平地が少ないというのが理由であった。
そうした立地ゆえに遼東は古くから中央と切り離されており、かつて遼東を拠点とした
そんな遼東公孫氏も、三国時代の
暁鹿の背中にしがみ付いたまま、そんな昌黎の山々の景色を眺めていた小恬であったが、周囲がすっかりと暗くなった頃、突然馬の脚が止まる。
何事かと暁鹿の肩越しに前方を覗いてみれば、状況に思わず固まってしまう小恬。そこには
しかし暁鹿は焦る事もなく彼らに話しかけていた。恐らくは
「あの……、暁鹿さん?」
「つかまっていろ」
恐る恐る声をかけた小恬に対し、暁鹿はその一言で返すと、いきなり馬を走らせたと思えば背中の双剣を抜き放って敵部隊に斬り込んでいく。
小恬としては顔前で刃が振り抜かれ、いきなりの全力疾走である。絶叫を上げながらも、振り落とされぬ様に暁鹿にしがみ付く事しか出来なかった。
小恬にしがみ付かれ、両手で剣を振るっている暁鹿は、疾走する馬の上にありながら足だけで体を固定して重心がまるで乱れない。凄まじい体幹と脚力だ。
そうして道を塞いでいた敵の一隊を、ただ一騎で文字通り引き裂いたのであった。
危なげなく敵中を突破し、しばらく駆けた後に馬の速度を落とした暁鹿は、手に持った双剣を、これまた凄まじい速度で背中の鞘に収める。顔前に再び刃が迫った事で、またも絶叫してしまう小恬。
そんな様子に、暁鹿は肩越しに振り返って笑顔を見せた。
「うむ、
「悲鳴だよ!?」
小恬の文句に対し、分かっているのかいないのか、高らかに笑って流す暁鹿。そんなやりとりをしつつ山道を進んでいくと、周囲の森林が開け、前方に城壁が見えてきた。
「あれが棘城だな」
そう呟いた暁鹿は、閉じられた城門に近づくと、城壁の上で警戒する兵士に対し、やはり鮮卑語で声をかけていた。
二三言の会話の後、城壁の上が騒ついたかと思うと、間もなく城門が開かれ、中に入っていく事になる。
言葉も事情も分からぬまま共に城内に入った小恬は馬を降りると、ただ暁鹿の後ろについていく事しか出来なかった。向かった先は城の中心にある政庁、今は役人ではなく首長のいる居城なので、宮殿とでも呼ぶべきか。とにかく内城の前に来た時点で当の暁鹿に「ここで待っていろ」と独りにされてしまった小恬。
周囲を見回せば、道のあちこちに怪我人が横たわっている。既に
ふと数歩先の様子が目に留まった。傷の痛みに悲鳴を上げている兵士の横で、恐らくは漢人と思われる初老の男性が手当てをしている。
思わず駆け寄った小恬が兵士の傷の具合を見ると、左腕に矢が貫通しており、手甲に引っかかった事で押す事も引く事もままならぬまま流血し、恐らくは神経を傷つけていると見え、激痛に悲鳴を上げている。
そして初めは医者であろうかと思った初老の漢人男性は、どこかぎこちない手際や衣服の様子から、手当てを手伝っている高官と思われた。
「あ、ダメですそれじゃあ!」
思わず声を上げて駆け寄ってしまった小恬に振り返った漢人男性は、
「そなたは医術の心得があるのか?」
「あ、少しは……」
小恬は兵士の左肩付近を指でなぞると、ここという点を示して漢人男性に指示を出す。
「ここを指で押し込むように強く押さえてください」
その言葉に黙って従う男性の後ろで、近くにある木桶に水が入っている事を確認すると、小恬は背包を下ろし、中にある小袋から薬を取り出す。予め乾燥させて粉末状にした物をいくつか取り出した。
服の切れ端を割いて水につけた後、そうした粉末状の生薬をひとつまみずつ出していく。止血作用のある
その間、ずっと悲鳴を上げていた兵士が徐々に落ち着きを取り戻していた。そんな様子に、小恬に言われた通り兵士の肩を押さえていた漢人男性は目を見張っていた。
「そこは腕に走っている
漢人男性は微笑みながら頷いた。
「若い
「亡くなった祖父から色々と学びました。『
「
そうしていると、内城の方から同じく漢人の文官と思われる若い男性が近づいてくる。
「
「すまぬ。この兵士の苦しみようを見ていられなくてな。すぐに行くと伝えておいてくれ」
そのやりとりに、今度は小恬が目を見開いた。長史と言えば、君主に進言できる参謀や相談役に当たる役職である。単于とは
となればこの城においては
「あ、あなたは……?」
あるいはかなりの偉い人にあれこれ指図していたのではと、引きつり顔で
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます