白い童話
ゆづき。
ep.1人魚姫の魔女
むかしむかし、ある所に人魚の女の子がおりました。
彼女は昔から魔法の薬を作るのが大好きな、少し変わった人魚でした。
ある日、人魚は波打ち際に咲く薬草を取りに行こうとした時、漁網に絡まってしまいました。
「……どうしよう」
人間の間で人魚は食べると長生き出来る生き物だと噂されていることを人魚は知っていました。
こんなところで死にたくない。そう思って人魚はどうにかして漁網を解こうとしました。
けれども、網は解けません。それどころか解こうとすればするほど絡まって、人魚の身体を縛っていきます。
もうダメかもしれない、そう思った時でした。
「……大丈夫かい?」
1人の薬師がやってきました。人間の薬師でした。
「絡まってしまったのか。可哀想に。今、解いてあげるからね」
人魚は薬師に恋をしました。柔らかい声の薬師に恋をしました。
「解けたかな……ごめんね、時間をかけてしまって。僕、目が見えないんだ」
絡まった漁網を目が見えないのに必死に解いて救うような、少し変わった薬師に恋をしました。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「どういたしまして。慣れていないと難しいよね、脚が漁網に縺れちゃうし。僕も引っ越してきてばかりの頃は、よく転んでたなぁ……」
くすくすと笑う薬師に人魚の姿は見えていません。薬師はすっかり人魚のことを人間の女性だと勘違いしていました。
「ごめんね、引き止めちゃって。じゃあ、お気をつけて」
そう言うと薬師は踵を返して、帰路につきました。
人魚の心臓はばくばくと音を立てて、今にも破裂しそうでした。
(明日も会えたりしないかな……)
人魚はそんなことを思いながら、夕日が沈みかける海の中に潜っていきました。
その日から、人魚は度々水面から顔を出し、薬師と会うようになりました。
薬師は色々な話をしてくれます。陸に咲く草花の香りのこと、今作っている薬の効果のこと、そして穏やかに頬を撫でる潮風のこと。
「……また怪我してるじゃない」
「道理で痛いと思った」
「全く……ほら、手、出して」
薬師は目が見えませんから、よく調合の時に怪我をします。人魚は会う度に薬師の手に自分が作った薬を塗ってあげました。薬師はその度にとても喜びました。
「僕の目が見えていたらよかったのに。君の目を見てお礼を言いたい。君の名前を聞いたことはないけれど、きっと有名な薬師なのだろうね」
その言葉を聞く度に人魚の胸はちくりと痛みました。
聞いたことがないのは当然です。なぜなら、彼女は人魚なのですから!
ある日、薬師は言いました。
「君、僕のところで働いてみないかい?」
人魚は困りました。人魚には脚がありません。なので、彼の職場に行くことは出来ません。
「……ごめんなさい、今作ってる薬が出来たらでいいかしら」
作ってる薬などありませんでした。
しかし、たった今、『作りたい薬』を見つけたのです。薬師は「待つよ、幾らでも」と人魚の額にキスをしました。
それから人魚は一生懸命に薬を作りました。
―――――人間になれる薬を。
三日三晩休まずに作りました。何度も何度も失敗をして、人魚の手も薬師のように傷だらけになりました。
そして、漸く…………
「できた…………」
まるで、いつか見た夕陽のような、浜に咲く昼顔のような、不思議な色の薬が出来ました。
人魚は嬉しくなって、薬師のところに行きました。高鳴る胸の鼓動に耳を傾けて、少しむず痒い気持ちになりながら、水面から顔を出しました。
そして、薬師を待ちました。三日三晩待ちました。
それでも薬師は海岸に来ません。不思議に思った人魚は海岸線を散策しました。
すると、ある場所に……人魚が初めて薬師と出会ったその場所に……丸めた紙を入れた小さな試験管が砂浜にぽつんと置いてありました。
それは薬師からの手紙でした。
『待てなくてごめんなさい。神様からお迎えが来てしまったようです。僕は先に逝きます。研究室の鍵を同封してあるので良ければ使ってください。僕の、大好きな、薬師さんへ』
弱々しく綴られた文字に彼女は泣きました。とは言っても人魚は涙を流すことができません。
彼女は泣く代わりに叫びました。声が枯れても叫びました。
それから、彼女は人間になれる薬をその小さな試験管に入れて封印しました。彼女にとってそれは、悲しい思い出だったからです。
彼女は暗い海の奥深くの、陽の光が当たらない場所に引っ越しました。あんなに大好きだった光り輝く水面も今見つめるとただ、眩しくて泣きたくなってしまうだけだったからです。彼女は薬師も辞めました。薬品棚に鍵をかけて、この想いごと封じ込めてしまえとそう思っていました。そう、思っていました。
「あの、海の魔女さん……ですよね?」
キラキラと輝く素敵な髪を持つ素敵な人魚のお姫様が来るまでは。若くて綺麗な、鈴の音のような声を持つ、愛らしいお姫様はぎゅっと手を握り、言ったのです。
「あのっ、人間になれる薬を頂けませんか!?」
興奮で頬を赤く染め、きらきらと瞳を輝かせるその姿は、不思議と昔の自分と重なったように思えました。
―――――この子になら、私の夢も託してみてもいいかもしれない。
そう思った彼女は唇の端を少しあげて言いました。
「いいとも。但し…………失恋したら全て『水の泡』さ」
白い童話 ゆづき。 @fuka_yudu
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