第39話 幼馴染の腹の内

 雨蘭は閉ざされた門の前で、右往左往していた。


 許可を得て梁の療養場所を訪れたのだが、どこからどのように中へ入れば良いか分からない。

 既に豪邸の周りを二、三周したが、他に入り口はなさそうだ。


 塀をよじ登って侵入することは雨蘭にとって容易いが、許されないだろう。

 困り果て、四周目を終えて戻ってくると、門の前に人影が見える。


「雨蘭さんですか?」

「は、はい! 梁様と面会のお約束があって来ました」

「こちらへどうぞ」


 女性にも見える男が雨蘭を中へ通してくれた。


 池の見える上等な部屋で待つように言われ、雨蘭は落ち着かずに立ったり座ったりを繰り返す。


 今日もまた、「見窄らしい姿で梁様に会うなんて許せない」と梅花に化粧を施されたので余計にそわそわしてしまう。


「雨蘭、久しぶりだね」


 穏やかな笑みを浮かべた男が部屋に入ってくる。雨蘭は勢いよく立ち上がり、頭を下げた。


「お久しぶりです!!」

「わざわざ足を運んでくれてありがとう」

「こちらこそ、時間を割いてくださりありがとうございます」


 梁は雨蘭に座るよう促し、彼も雨蘭の向かいに腰を下ろす。


 立ち話ならしたことがあるが、こうして改まって話をするのは初めてだ。

 相変わらず美しく、神々しい男を前に雨蘭は極度に緊張する。


「丁度退屈していたんだ。仕事がないと何をして良いか分からない」


 雨蘭は黙って何度も頷く。


(そうですよね、分かります……!)


 先程の中性的な男性が、茶器を持って入ってきた。手際よく茶を淹れ、毒見まで済ませて茶を出してくれる。


 毒茶に苦しんだ梁は、茶器を見ることすら不快に思うのではないか。雨蘭は心配するが、彼は顔色一つ変えず茶を口に含んだ。


「お体はもう大丈夫なのでしょうか?」

「少し麻痺したような感覚は残っているけれど、生活に支障はないよ。僕としてはそろそろ復帰したいところ」

「無理はしないでくださいね」


 梁はふっと笑い、それから庭先の池に視線を流す。雨蘭もつられてぼんやり外の情景を眺めた。


「明は、上手くやってる?」

「はい。梁様がいなくなってから、とても一生懸命仕事をされていました」

「良かった。やる気になったみたいだね」


 もしかすると、明にやる気を出させたら使用人として雇うという約束はまだ生きていますか? とは流石の雨蘭も聞くことができない。


「明様はそれほど仕事をしない方だったのですか?」

「いや、最低限はしていたよ。身が入らなかったのは、たぶん僕が悪いんだ」


 どこからか重苦しい空気が流れてくる。


 いつもの雨蘭なら明るい話題を探して話を変えただろうが、幼馴染二人の関係性は個人的にも、事件解決の糸口としても気になるところである。


「梁様が悪いとは、どのような意味でしょう」

「自分で言うのも恥ずかしいのだけれど、僕は昔から勉学や仕事に打ち込むことが好きで、それなりに成果を出してきたと思う」


 雨蘭が「それは素晴らしいことですね」と相槌を打つと、梁の顔色が曇った。


「明はきっと、僕の存在が疎ましかったと思う。ずっと比較されてきたから」


 ここまで聞けば話の終着地点が見えてくる。

 拾い子である梁の方が優秀で、明は肩身の狭い思いをし、やる気を失ったと言いたいのだろう。


 想像通りに展開する話を聞きながら、雨蘭はそっと茶杯に口づけた。


(梁様と明様は互いが互いに遠慮しているというか、すれ違っているというか、そんな感じがする)


 二人とも同じように陰のある表情で、「疎まれているかもしれない」と言うのだ。


 雨蘭は客観的に見ていて、二人はただ腹を割って話すことができていないだけのように思う。


「お二人のことをよく知らない私に口を挟む資格はないかもしれませんが、明様は梁様のことを尊敬し、感謝していると思います」


 梁は眉尻を下げ、「ありがとう」と言うが、雨蘭の言葉はお世辞として捉えられていることだろう。


「いっそ、僕が皇太子の立場を代わってあげられたら良いのだけれど、それもできないからね」


 言葉を交わしていくうちに、この人は優しすぎるのだと雨蘭は思う。

 きっと、他人を傷つけるくらいなら、自分が傷を負うことを選ぶ種の人間だ。


 皇帝に才を見込まれ王宮に連れてこられ、血の繋がった家族のいない環境で、彼はどれほど大変な思いをしてきたのだろうか。


 たくさんの苦労と葛藤があったに違いないが、梁は自分のことを一切口にしない。


 自分は既に十分恵まれていると考えているか、自分は幸せになるべき人間ではないと感じているか。

 どちらか選択するとしたら、雨蘭は前者だが、梁は後者な気がする。


「さて、そろそろ本題に入ろうか。静からも文をもらってね。君が事件の真相を調べていることは知っているよ」


 彼の色素の薄い目は、いつもの通り優しく微笑んでいる。

 事件への追求に対し、梁は腹を括っているように見えた。


「梁様が黄藤草を混ぜた毒茶を静さんに頼んだ、というのは事実ですよね?」

「そうだね」

 

 雨蘭は大きく深呼吸し、そうであってほしいと願いながら核心に迫る質問をする。


「目的は誰かに飲ませるためではなく、自分で飲むためだった。違いますか?」

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