第22話 護ってみせます
(前菜なら重すぎてもいけないし、かといっていつも作っている夜食のように軽いのも、皇帝にお出しするには向かないよね)
寝付けずに雨蘭はあれこれ考える。
明には早速相談したが、自分で考えろと一蹴されてしまった。
今日の彼は虫のいどころが悪かったらしい。梁の心遣いを絶賛していたところ、帰れと言い出したので、仕方なく切り上げてきたくらいだ。
(料理長が日ごろ作っているものを真似して作るのも味気ないし。悩ましい!)
悶々としているうちに、静かに書物を読んでいたもう一人の住人が、急に部屋の中を彷徨い始めた。
ついに気が触れたかとぎょっとしたが、動きからして何かを探しているようだ。
「梅花さん、何か探し物ですか」
「明日使おうと思っている髪留めがどこにもないの」
「私は盗ってないですよ」
「そんなことくらい分かるわよ。貴女、贈られてきた髪飾りすら使ってないじゃない」
梅花の言う通り、贈り物は一部を除いて寝台の下に大切に仕舞われている。
「手伝いましょうか」
「もう諦める。部屋を空けている間に誰かが盗んだか、隠したに違いないわ」
「そんな」
雨蘭はそこまでの被害を受けなかった。もしかしたら、雨蘭の私物が少なすぎて嫌がらせをしようにもできなかっただけかもしれないが。
「明日が一回目の模擬演習だから、恥をかかそうと必死なのよ」
「他のものは無事ですか?」
梅花は慌てて衣装棚を開けると、「あっ」と声を上げてその場にうずくまった。
「ひどい……」
何事かと梅花の背後から覗き込んだ雨蘭は、思わず呟く。
衣装棚の中にきっちり仕舞われた上質な布地が、黒く染まっている。大量の墨汁をひっくり返したのだろか。
とても着られそうにない上、黒いシミを落とすのは至難の業だろう。
「もう嫌だ。明日何を着て行けばいいの」
高潔な梅花が珍しく泣きそうな声で弱音を吐く。このままでは本当に泣き出してしまいそうだ。
雨蘭は「ちょっと待ってください」と言い、寝台の下から布袋を取り出した。
「良かった、私の方は大丈夫そうです! これならきっと、梅花さんでも着れますよね」
嫌がらせをしに来た者は、まさか雨蘭が高級な服を隠し持ってると思わなかったのだろう。桃色の衣を広げ、全身の無事を確認する。
梅花の方が背丈は少し高いが、体格はあまり変わらない。ゆったりと身に纏うように作られている伝統衣装なら、小さすぎることはないだろう。
「貴女がもらったものでしょう」
「私が着る機会は恐らくないので、似合う人に着てもらいたいです。お化粧道具も気に入るものがあったら使ってください」
「……ありがとう」
彼女は俯いて小さな声で礼を言った。嬉しくて雨蘭の顔はついつい緩んでしまう。
◇◆◇
「うわぁ〜!! とても可愛らしいです!!」
朝餉の手伝いを終えて部屋に戻ると、白と桃色の可愛らしい伝統衣装を纏った梅花が、姿見の前で不安げな顔をしていた。
梅花は普段赤や黄色の派手な衣を好んで着ているので、淡い色を纏っているのは新鮮だ。今日は化粧も控えめで、全体的に柔らかい雰囲気に仕上がっている。
「そう? 私のイメージには合わない気がするけど……」
どうやら彼女はいつもと異なる服装に、自信が持てずにいるらしい。
不安になる必要は全くない。何故なら今日も彼女は天女のように輝いている。雨蘭が同じ服を着たところで、こうはならないだろう。
「いつもの雰囲気とは違いますけど、こういう清楚で可愛らしいのも似合いますよ。きっと梁様も驚かれますね」
いつもの凛とした美しい梅花も捨てがたいが、雨蘭はどちらかというと、今日の柔らかい雰囲気が好きだ。
「何だか落ち着かない」
「今日は畑仕事を休んで私もついていきます。安心してください! 嫌なことをされたら、ひとこと言ってやります」
両の拳を胸の前で握る雨蘭に、彼女は「殴り合いでもするつもり?」と溜め息混じりに笑った。
「そうだ、これ。今まで食べた料理の中で、印象に残っているものをいくつか書き出してみたから参考にして頂戴」
「ありがとうございます!」
講堂へと移動する途中、梅花は綺麗に折り畳んだ紙を渡してくれる。
昨晩、衣を貸す対価として、一流の食事をよく知っているであろう彼女に頼み事をしたのだった。
数日以内にと伝えていたが、朝のうちに準備をしてくれたらしい。
今一番の悩みに解決の糸口が見つかり、雨蘭の心は晴れやかである。
「何あれ、似合わな〜い」
「急に清楚ぶっちゃって。点数稼ぎ?」
「男への媚び方、見習わなくちゃ」
講堂に集まった他の候補者たちは未だ官僚の姿が見えないのを良いことに、梅花に向かって嫌味攻撃を仕掛けている。
雨蘭は正規の参加者ではないので、楊美と共にひっそり後ろに控えて様子を見守った。
(頑張れ、梅花さん。皆、梅花さんの美しさに嫉妬しているだけ!)
あまりに攻撃が悪化するようだったら、もしくは、梅花が泣きそうになったら、雨蘭は割り込むつもりでいたが、彼女は他の候補者たちを無視して姿勢良く座っている。
「皆さん、おはようございます」
爽やかな笑顔を振りまきながら梁が入ってくる。彼の前では皆、借りてきた猫のように大人しいのでひと安心だ。
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