第5話  異世界ホスゲン

 さて、俺が異世界に飛ばされて5日。

 動植物の利用について試行錯誤したり、食糧を調達したり、火を絶やさないように気を遣ったり…。日中の気温が高い日は日陰で過ごす時間が長くなるが、それ以外はあくせくと働いていた。


 ひとまずリス(っぽい生物)に経口投与した薬物は今のところ15種類。結果として罠にかかった55のいたいけな命を犠牲にしてしまった。すまない…そしてありがとう。


 そうした尊い犠牲のおかげで薬効がわかったモノがいくつかある。例えばこのカラス瓜に似た赤い実をつける植物は、全草に神経系に作用し麻痺を引き起こす成分を含んでいる。これは投与量によっては呼吸困難を引き起こし、命を奪うことも不可能ではない。鹿モドキの脂と一緒に煮込み、溶けこんだ毒とともに矢じりに塗り込む。

 その他、切り札として利用できそうなものも調合してみた。


「素晴らしい…」

 思わず、そう漏らしてしまった。


 あとはヨモギのような先別れした葉と、産毛のような毛状突起を持つ植物はすり潰して水につけ、上澄みを患部に塗ると止血と鎮痛作用があることが分かった。この効果を発見するのに貢献してくれた実験体43号(リス)には感謝してもしきれない。本当にありがとう…。


 同時並行して、2日目以降は焼き討ちに遭った集落を監視。黒エルフの集団が焼け残った人間の遺体を運びだしている場面に遭遇した。恐らく、ヒトの干し首をぶらさげているところなどを見ると、人間のことを象牙のような希少なもの・アクセサリーとでも考えているのだろう。あるいは生薬として利用したり、骨灰磁器に使用される牛のように素材として使ったり、いずれも想像の域を出ないものではあるが…。


 向こうが人間ではない生物であり、それが明確に人間を狙っているとなると殲滅はできなくとも可能な限り数を減らしておいた方がよいだろう。


 4日目の日中、集落中に罠を仕掛けた。やはり罠、罠に限る。ここで多用したのは陥穽かんせい、つまるところ落とし穴だ。

 何が奴らにとって毒になるか分からないので、それぞれに異なる薬物や排泄物(少し恥ずかしいが)、先日屠った黒エルフの臓物から取り出した抽出物などを塗りたくった無数の杭を穴の中に打ち付けておいた。


 4日目夜、愚かにも集落に侵入した黒エルフ7匹を捕獲。うち3匹は明け方までに死亡した。これほど呆気ないとは…奴らは以外と繊細な生き物なのかもしれない、と一瞬考えたが、その考えはあっさりと覆された。

 残る4匹は当然尋問と薬物投与の対象になったのだが、麻痺効果のある薬物を傷口から浸透させたものの効きが悪くおよそ20分以上も暴れ続けたのだ。


 麻痺毒は大量に投与しないと効果を発揮しないのかもしれない。そして、例の切り札を”吸わせる”。

 途端に黒エルフが悶え苦しみだし、数回背を仰け反らせて動かなくなった。


「素晴らしい…完成だ…」


 ようやく俺は奴らへの対抗手段(えらく原始的だが)を手に入れることができたようだ。これは原液を加熱することによって気化したものを身体に取り入れることによって毒性を発揮する。俺はこれを”異世界ホスゲン”と名付けた。




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