第14話 ケーキの魅力には敵わない

「持ってきたよー」


 白羽さんを見送ってから数分後。

 おそらくケーキが入っているだろう箱を持った白羽さんが帰ってきた。



「えっと、こっちが関くんで、こっちが友達に渡してあげて」


 なんでそんなことが決まっているんだろう? と思いながら、素直に聞き入れる。

 流石に持ってきてくれた人に文句を言うわけにも行かない。


「本当にありがとう、えっと、値段は?」

「あー、えっと、1200円でいいよ」


 少し何やら含んだ言い方に、俺は思わす反応してしまった。


「……それって正規の値段じゃないよね?」


 ここまでしてもらって、割引もしてもらうのは流石に申し訳無さすぎる。

 俺はしっかりと正規の値段を払おうと白羽さんに訪ねてみる。


「あー、別にいいよ、ここであったのも何かの縁ってわけにしておいて」

「そんなわけには……」

「あー、めんどくさいなぁ……、じゃあ、ここの店の娘ってことと、その友達との話、また教えてくれればいいよ」


 多分、これ以上踏み込んでも、結果は何も変わらないことは明白だ。

 今回は恩を買って、いつか返すことにしよう。


「……素直に受け取っておくよ。ありがとう」

「いえいえ」


 ケーキを受け取り、「じゃあ、また」と別れの挨拶を済ませ、その場を後にした──。


 ◆


 ピーンポーン


 いつもの呼び鈴の音と共に、夏凪さんを呼び出す。

 ケーキを買いに行ったということもあり、予定より来るのが遅くなってしまったから、怒られるかもしれない……。

 なんてことを心配しながら、夏凪さんを気長に待つ。


 呼び鈴を押してから約三分後。

 ドタバタと足音を響かせて、玄関の方へ向かってくる。


「ごめん、待ったよね」


 制服から私服へ戻した夏凪さんが。玄関を開け、そう話してくる。

 夏凪さんは、「ごめん、待ったよね」とめいいっぱいの誠意を示してきたが、予定よりくるのが遅れてしまった俺が一番いけない。


「こちらこそ、来るのが遅れてしまってすまん」


 自分も夏凪さんに負けないぐらい──いや、それ以上の誠意をみせると──。


「ふふっ、お互い様ですね」


 と、学校でも見せないような笑顔を俺に向けてきた。

 夏凪さんの笑みは、本当に心臓に悪すぎる。

 俺みたいな陰キャだったら、秒で落ちてしまうような笑み。

 きっと、俺も夏凪さんと関わりが無かったら、今すぐにでも告白していただろう。

 けど、今は告白できない。

 夏凪さんに告白して、この関係が終わってしまう──という方が、絶対に嫌だ。


(まず第一に、俺になんか恋愛感情を抱くわけない)


 改めてそう思い直し、頭を一回リセットする。


「……えっと、家に入ります?」


 夏凪さんに誘われて、家に入るのは今回で二回目になる。

 夏凪さんという美少女の家に入る──という時点で、平凡じゃないんだが、こんな関係になってしまったのだから仕方ない。

 夏凪さんとこの関係を続けていく上で、平凡を求めるのはおかしいのではないのだろうか?


 なんてことを考えていたら──


「えっと、お茶、どうぞ……」


 夏凪さんが差し出してくれたお茶は、暖かく、ほっと息をつくことができた。

 ひとまず考えていたことを打ち切りにし、持ってきたものを渡す。


「えっと、今日これ持ってきたやつだけど……」


 今回俺が持ってきたのは、つけ麺。

 地味に麺まで自作のため、結構時間がかかってる。

 ただ一つ言えるのは、そこら辺のお店には負けないほどの出来だということだろう。


「つ、つけ麺ですか…? もしかして、麺まで自作、ですか?」

「あぁ、一応一から作ってあるよ」

「……流石です」


 そう俺に聞いてきた夏凪さんは、驚いたような顔をし始めた。

 自分でもあんまり、一から麺を作るなんてことは滅多になく、スーパーの安売り麺で済ませているため、今日は本当に気分がよかったから一から作ったんだ。

 ましてや、「夏凪さんが喜んでほしいから、一から麺で作った」なんて口が裂けても言えない。


「……なんか、顔赤いけど……?」


 なんてことを言われてしまい、俺はさらに顔を赤くしてしまう。


「……えっちなこと、考えていたわけじゃないよね?」

「そ、そんなわけあるかっ」


 そんな会話をしているうちに、俺の頬は少しずつ赤みが薄まっていく。


「そろそろ食べますか」

「そうだな」


「「いただきます」」


 夏凪さんがまず始めに取ったのは、もちろんつけ麺。

 麺を取り、結構なスープをつける。

 麺にスープをたっぷりつけた麺を口に含み──


「……なにこれ、美味しいんだけど」


 そう絶賛の言葉を言いながら、もう一口麺をほおばる。


「ほら、雪下くんも食べてみなよ」


 言われるがままに、俺も麺を口に入れる。

 やはり、スーパーの安売り麺の何倍も美味い。

 自分で作ったってのもあってか、本当に美味しく思える。


「……美味いな」

「でしょー」


 得意げに話す夏凪さん。「夏凪さんが作ったわけではないんだけどね」なんてツッコミたくなるが、触れては行けない気がする。


「そういえば、なんで今日来るの遅かったの?」


 あっと何かを思い出したような夏凪さんが、ふとそんなことを聞いてくる。


「あぁ……ケーキを買ってきたんだ」


 そう言いながら、ケーキの入った箱を取り出し、「これはその友達に渡して」と言われれていた方を、夏凪さんに渡す。


「えっ? 本当にいいの?」

「あぁ、そのために買ってきたんだからな」

「……ありがとう、ございます……」


 夏凪さんは、フォークを持ちに、その場を離れていった。

 俺は、その間に、自分の箱を開けようとするとそこには──


「関くんの恋、応援してるからねっ」


 そんなメッセージの書かれた紙が、箱の中に入っていた。


(……本当に、何してんだか)


 俺は、夏凪さんと一歩上の関係を持ちたい──と一度も思ったことがない……といえば、嘘になるが、それ以上にこの関係を崩したくない。

 白羽さんの応援は、意味がないだろう。


「これ、フォークだよー」


 白羽さんの紙を見られたら、不味いと本能的に感じた俺は、ポケットに紙を隠す。


「私もこれ開けていい?」

「いいよ」


 夏凪さんは、目をキラキラ光らせ、ケーキの入った箱をゆっくりと開け始める。

 そんな夏凪さんを見ているたびに、またケーキ買ってこようかな? なんて考えてしまう。


「……ッ」


 そんなことを考えているうちに、夏凪さんの様子がおかしいことに気づいてしまった。

 まだ、ケーキも食べていないため、決して味が不味かった。ということではないだろう。

 だからといって、ケーキの見た目がおかしいということもないはず。

 なら一体どうしてだろうか?


「……」


 少し耳が赤くなってきた夏凪さんと、俺は目を合わす事ができない。

 ──もしかしたら、夏凪さんにも、俺と同じような紙が入っていたのではないのだろうか。

 俺にだけ、白羽さんの紙が入っているとは考えにくい。

 その紙の内容を読んだ夏凪さんが、少し悶絶しているのではないか、と仮説を立てることができた。


「……夏凪さん? もしかして、ケーキの箱の中に何か入っていたりとかしない?」


 一応、夏凪さんに聞いてみる。


「そ、そんなことないですよ?」


 何やら慌て始めた夏凪さんは、クビを縦に振り、否定し始める。


「……本当か?」

「ほ、本当です」


 夏凪さんの反応から察するに、多分、紙自体はあるのだろう。

 ただ、内容を見せたくない──まぁ、そんな感じだろう。

 夏凪さんが知られたくないなら、俺もこれ以上は触れずに、ケーキを食べる……というのがおそらく最善だ。


「……それじゃあ、ケーキ食べようか」


 話を遮ることで、話題を一変する。

 それに安堵した夏凪さんは、


「じゃあ、ケーキ食べましょうか」


 と言いつつ、フォークを持つ。

 そして、俺と夏凪さんは、ケーキを口に運び──


「「美味しい……」」


 と、称賛の言葉が漏れ始める。

 自分の思っていたより、このケーキは数倍美味い。

 白羽さんのケーキ屋が、なんであんなに繁盛していたのかが、ケーキをひとくち食べただけで理解できてしまう。


(本当に、白羽さんには感謝しかないな……)


 白羽さんのおかげで、夏凪さんの笑顔をまた見ることができた。

 前にも同じ表情を見たはずなのに、何度も見てきたはずなのに──どうしようもなく嬉しい。


「これっ、本当に美味しい、です」


 白羽さんは、一口、また一口、ケーキを口にほおばる。

 そんな夏凪さんは、どこか愛しく感じてしまう。


(夏凪さんのことをそんな目でみてはいけないのに……)


 見てしまう自分が憎い。

 頭を洗い流すために、壁に頭をぶつける。


「ちょっとッ、何やってるんですか」

「いや、大丈夫……ちょっと頭を冷やしただけ」

「それも意味わからないんだけど」


 そんな他愛のない会話をしながら、ケーキを食べる。


 自分でもよくわからないが、人と食べるケーキは、より美味しく感じた──。


 クラスの美少女と他愛のない会話をしながらケーキを食べるなんて、平凡とか言い難いかもしれないけど、この空間がずっと続けばいい──。


 そう思ってた日もありました……。



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