1話 新しい街は教会特区

「まだ着かないのかしら?」

「俺が知るか」

「ひーまーだーよー」


街を出てから3日、馬車に揺られてダラダラと旅をしている俺たちはかなり緩んでいた。

ちなみにこの馬車は山賊が強奪したのをさらに強奪したもので俺たち以外に乗っている人間は居ない。

馬車を引く2頭は言葉が通じるから特に御者を交代でやる必要もないので荷台で駄弁っている。偶に馬たちが魔獣が近付いてくると聞いてもジャンケンで誰が戦うかを決める始末だ。


「幻狼さん方、あれが海の都ですぜ」


お、着いたみたいだ。

オス馬サンキュー。都に着いたらメス馬と一緒の馬小屋に入れてやろう。


「人間がつけた名前は分かりやせんが、動物の間じゃ水浴びできるスポットとして人気ですぜ。旦那も楽しめるでしょうぜ」


焔と雷を見てニヤニヤするな。馬刺しにされるぞ。


「旦那、ビビらせないでくださいよ。ただでさえ俺たち動物と幻狼とじゃ格が違いすぎんですから」

「そう思うならからかわなきゃ良いじゃないさ。こんな相方でごめんなさいね?」


メス馬は最早オス馬の女房だな。

この馬たち、くっついてるわけではないのだが知らない奴が見たらどう考えてもくっついてるようにしか見えない息の合い方をしている。メス馬曰く『わたしゃ、こんな下品なのお断りだよ』だそうだ。


「凍~、都に着いたら何する~?」

「お金の心配は要らないのだし最初は遊びましょう?」


まあギルドに顔出すのは明日からでも良いよな。


「なら宿取ったら買物でもするか。よっぽどの無駄遣いしなきゃかなり余裕あるぞ」

「ホントッ?」

「最初は水着かしら? でも人間の服も面白いのよね」


あいつら、人間か幻狼かの境界が曖昧になってるな。俺もだけど。

人間か幻狼かなんて別にどっちでも良いな。生き物だってことは変わらないし。


皆で駄弁りながらカッポカッポ進んで都に到着。馬たちとは都の入口で別れた。

山賊に襲われてキャラバンは全滅していたと見張りに伝えておいた。この先あの馬たちと一緒に行くことはないだろうな。きっと他の冒険者や商人を乗せるのだろう。

都の街並みは何とも東洋風だった。赤い柱に瓦屋根が並ぶ光景は中国の街並みを連想する。

しかしこの地域暑いな。そして人が多い。海の向こうの国との貿易港でもあるらしい。


「まずは宿に荷物置こう。買物はその後な」

「あら、『俺が全部持ってやるから好きなだけ遊べよ』くらい言えないのかしら?」

「ブーブー、凍の甲斐性無しー」


無理に決まってんだろ。


「おいっ、こんな所で何してる。戦闘員は訓練の時間だろ!」


ん? 何か金髪のシスターに怒られた。焔の修道服に似た服を着ている。

あ、教会に所属してると思われてるんだな。


「服は教会の戦闘服に似てるけど教会に所属はしてないぞ。背中にマークがないから大丈夫だと買った店の店主に言われたんだが?」

「む、確かに。まったく、紛らわしい」


イライラしているようだ。カルシウム不足なのか?

焔の修道服と法剣の組み合わせは惜しいが別の服にした方が良さそうだ。


「服を変えるなら案内してやろう。なに、濡れ衣で驚かせてしまった罪滅しだ」


ちなみに焔が暴れないか心配だったが杞憂に終わった。俺が手で制したら止まるんだな。

服屋には案内してほしいが先に宿を探したい。荷物が結構邪魔なんだ。


「良い宿の横に防具屋がある。そこなら良いだろう」


立地条件完璧じゃないか! このシスター厳ついけど良い人だな。


シスターが案内してくれた宿は安いが広いという不思議な所だった。都の中心部から離れているから土地が広いんだと教えられた。

直ぐに部屋を取り(3人部屋)隣の防具屋で服を見る。

何か面白い服はないかと探したが見つからない。精々浴衣モドキくらいだった。どうしたものか。


「凍、これなんてどう?」


呼ばれて振り向くとミニスカみたいな藍色の浴衣の焔が居た。子供用かと思ったが袖や胴体が小さいという感じでもない。

これで通常サイズかよっ! ちょっと走ったら中見えちゃうんじゃないか? そうでなくてもかがんだらアウトだぞ! 今直ぐ返してきなさいっ!


「凍になら見られても良いよ?」

「俺以外にも見えるっつの!」

「凍っ、そんなに私のこと心配してくれるなんて……凍~っ」


飛びつくなっ! 見える位置に誰も居なかったから良かったようなものをっ!


「凍、安心しなさい。焔は下にスパッツを履いているからどんなに頑張っても見えないわ」

「あ、そうなのか? それは良かっ……何着てんだ?」

「見て分からないの?」

「分かるから聞いてるんだ」


雷は何を思ったのか深いスリットの赤いチャイナ服を着ていた。

何でそんなもんがあるんだよこの店はっ! そしてこのチャイナ服細っ! なのに胸デカッ! これ着れる奴居るのか? ああ、目の前に居たな。


「中々動きやすくて良いわよ。腰くらいまで剥き出しになってしまうのは恥ずかしいけれど、これもファッションよね」


普通の人はそんなに体のラインが出る服着ないぞ。まず着れないけどな。


「凍はまだ決まってないの? だったら私が選んであげるっ!」


そんなにグイグイ胸押し付けないでくれっ! 更衣室に飛び込まなきゃいけなくなるから! てか帯締め直せ! かなり緩んでるっ!


「何にしようかな~」


やっと離れたか。


「あなたも大変ね」

「そう思うなら焔を止めてくれ」

「無理よ。私はあの娘ほど強くないもの」

「自信に満ちた声で何言ってやがる」

「本当のことよ。焔はあなたに全てを差し出してるわ。私はあんな風に全てを誰かに差し出すなんてできないもの」

「俺にもできないけどな」

「でもあなたは強いわ。

自分の目的は自分の意思で果たす。誰にでもできそうだけど、誰もが難しいと感じていることよ」

「普段からその優しい口調にしてくれませんかねえ?」

「気にしては駄目よ。さ、焔が選んでくれたみたいよ」


ブンブンと手を振っている焔の方に向かう。

雷から聞き慣れない褒め言葉を聞いたせいで調子が狂うが、まあその内忘れるだろう。いつまでも覚えているのは俺らしくない。

さてさて、焔が選んだのは……お揃いの浴衣モドキ(藍色)かよ。


結局焔がミニスカ浴衣、雷がチャイナ服、俺が浴衣モドキをそれぞれ買った。この都での普段着が決まったところで次は水着を買うことにした。

最初は右から雷、焔、俺の順で横に並んで歩いていたのだが焔と俺が手を繋いでいる(繋がれた)のを見て雷が『私もやってみたいわ』とか抜かして逆の手を掴みやがった。両手に花なのは確かだが野郎どもの視線が凄い。そして雷に対抗した焔が腕を組むようにしがみついてきたのもキツかった。

忘れがちだが焔も雷も人化したら美少女なんだった。焔は可愛い、雷は巨乳という注釈が付くが。


気を取り直して水着屋を探していると海の方にあると都の地図に書いてあったのでついでに海も見ようと思った。

さ~て、どんな所かな~

木のアーチを抜けた先が海だと言うので木漏れ日の中期待を胸に歩を進める。何だか海に相応しくない気合の入った声が聞こえてくるが気にしない。海っ、魚っ、魚介類っ!


「ふんっ!」

「そこだっ!」

「まだまだーっ!」


俺と雷がさっきまで着ていたような教会の戦闘服を着た集団が、砂浜で模造刀を持って戦っていた。

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