第71話 拙者の回復肉煮込み
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「あの、ボッタクル商店って、こちらですか?」
最近、新人探索者たちが、挨拶のため、うちの店に、よく顔を出す。
表に『ボタニカル商店』の看板を出しているのに、揃いも揃って、みんな「ボッタクル商店か?」と訊いてくる点が大問題だ。
「ボタニカルよ」と、不機嫌に応えるあたしに対して、新人探索者たちは、「間違えました」と慌てて帰りかける。
「もう、それでいいわ。なに?」と、あたしが、折れるところまでが、一連のルーチンだ。
最後の晩餐場で、朝、探索者が冷たく床に転がっている状況は、すっかりなくなった。
毎朝、一定人数が難民あがりの探索者として街に入り、探索前に最後の晩餐場で、お腹一杯、『拙者の
帰ってきてからも、やはり、『拙者の回復肉煮込み』で、体力を回復する。
大半は、そのまま、最後の晩餐場に泊まり込みだ。
地下一階では、生きて戻れても稼ぎが少ないから、宿に宿泊できないのは仕方ない。
素人探索者だから、朝、入洞した人数の何割かは、残念ながら、地下一階から生きて戻っては来られない。
とはいえ、空腹でふらふらのまま地下へ入るのと体力が充分にある状態で地下へ入るのでは、逃げ足にだって大きな差が出る。生き残る確率だって、あがるというものだ。
『拙者の回復肉煮込み』導入後の初入洞者の生残率は、大幅に向上していた。
以前であれば、何割かどころか、ほぼ九割が生きて戻っては来ていないところが、今では逆に近い。
少なくとも、最後の晩餐場で体力不足から息をひきとる探索者の数は、ゼロになった。
アイアンの当初の目標は達成された。
新兵衛の、ポーション搾りかす料理の名前は、いつのまにか『拙者の回復肉煮込み』になっている。
面白がって、ギルド職員の誰かが適当に付けたらしい。
新兵衛も、気に入っているようだ。
別の誰かが、それじゃあ手柄を独り占めされて
だったら店の名前ぐらい、ちゃんと教えろってーの。あいつら、面白がっているだけだ。
そのため、毎日、ぞろぞろと新人の集団が、うちにやってくる。
「ギルドで、ボッタクル商店さんが、『拙者の回復肉煮込み』導入の立役者だと伺いました。おかげで、探索から三回も生きて戻ることができました。ありがとうございます」
「うんうん。うちはボタニカルね」
頭を下げる、今日の新人集団の代表らしい、あたしよりいくつか年上っぽい新人探索者に対して、あたしは言った。
今まで、まったく別の仕事についていただろうに、戦乱で住む場所を追われて、畑違いの探索者なんぞやる派目になったのだ。この人も、きっと苦労しているのだろう。
列を作った新人探索者たちが、順番にあたしに頭を下げて挨拶していく。
あたしは、その都度、頑張るのよ、とか、くじけないで、とか、当たり障りのない一言をかけていく。
まるで、どこかの握手会だ。
男だけでなく、数は少ないが中には女の探索者もいる。誰だって、食わなければ生きていけない。
「あの、握手してください」
女探索者たちは、ぎゅっと、あたしの手を握った。
すがるようなまなざしが突き刺さる。
本当に困ったら相談に来るのよ、と、女探索者たちには、特別に優しい言葉をかける。
はい、と応える女探索者たち。
せめてものお礼に、と、なけなしの稼ぎからポーションの一本も買おうとする、ボタニカル商店詣での新人たちに対して、ダンジョン探索の先輩としては格好つけないわけにはいかないじゃない。
「いいからいいから。それは、ボタニカル商店からのお祝いよ。稼げるようになったら、その時は、いっぱい買ってちょうだい」
これまでだって、初めて地下二階に降りられるようになった探索者が、うちを訪ねる儀式があったけれども、それとは人数が、まるで違う。
おかげで、うちは大盤振る舞いだ。
「はい」と、新人探索者たちは、恐縮しながら、頭を下げた。
ポーションを緩衝材で包んでいるミキを見ながら、
「早く稼げるようになって、壁の外で待っているかみさんと子どもを呼び寄せるんです」
ある、おっさん新人探索者は、夢を語った。
街を囲む壁の外には難民たちが勝手に住んでいる。そこに妻子を残してきたのだろう。
おそらく、妻子は、食うや食わずだ。
「あいつらにも腹一杯食わせてやりてぇなぁ」と、おっさん新人探索者は涙ぐんだ。
「そんなの生き延びてればすぐよ。覚えといて。ダンジョンで一番大切な装備は自分の命」
ドヤ。あたしってば、いいこと言うじゃない。
最後の晩餐場へ帰って行く、新人さんたちの集団を見送りながら、あれっ? と、あたしは思い至った。
彼らがみんな生き残って、壁の内側に家族を呼び寄せられるようになるのはいいことだ。
でも、みんながみんなそうなったとき、壁の内側に、それだけの人が住めるスペースなんか、あっただろうか? まして、家族を呼び寄せてまで。
宿屋の数にだって、限りがある。
うちみたいな、商売用の一戸建て貸店舗なんて、もっと少ない。
毎日、沢山の難民たちが、ダンジョンを最後の頼みの綱として、この街の壁の外にやってくる。
毎日、沢山の難民たちが、着の身着のまま、ダンジョンに探索者として送り込まれて、帰って来ない。
毎日、同じ数の難民たちを、だからこそ、ダンジョンに送り込める。
エチーゴが、この街で完成させた、一方通行の難民消費システムだ。
この街に、一攫千金の噂を聞き付けて各地からやってくる難民の流れは、今も変わらずに続いている。
変わったのは、街へ入ってから先の、難民の流れだ。
ダンジョンから、生きて戻ってこない前提の新人探索者たちの多くが、生きて戻ってくるようになっていた。
にもかかわらず、毎日、同じだけの数の難民たちを、新人探索者として街へ入れる流れは閉ざしていなかった。
生き延びたが、稼ぎの少なさゆえに宿に泊まれない探索者たちは、最後の晩餐場の床で寝泊まりしていた。
夜のうちに、ひっそりと息をひきとる探索者こそ姿を消したが、代わりに最後の晩餐場で寝泊まりをする探索者が、溢れかえるようになっていた。
今は、彼らも、自身に稼ぎがないから、宿に泊まれないだけだと思っているだろう。
稼げるようになるまでの我慢だと。
だとしても、壁の外の生活よりは、遥かに快適だ。
少なくとも、食べる物が確保されている。
けれども、このペースで壁内に難民探索者を受け入れ続けて、同じ割合で生残者も増えて行った場合、早晩、その全員が宿泊できるだけの宿の部屋は、壁内からなくなるだろう。
宿泊料金だって、あがっていくのに違いない。
せっかく生き延びたのに、いつまでたっても定住場所は確保できず、家族を呼び寄せることもできなくなる。
何とかしろと、ギルドに不満が寄せられるようになるのは、時間の問題だ。
だからといって、街への難民の受け入れをやめたら、壁外で、中に入れろの暴動が起こるだろう。
曲がりなりにも、この街の一方通行の難民消費システムは、需要と供給のバランスが安定していた。
安定したシステムであればあるほど、どこかに手を付ければ、どこかに歪みが発生する。
かといって、打開策も見当たらない。
もちろん、壁外の難民救済は、探索者ギルドの仕事ではなかった。
本来は、壁外の土地を領土としている、領主の役割だ。
ギルドが手を出す筋合いではなかったし、手出しは禁じられている。
ある歴史的な経緯により、探索者ギルドによるダンジョン都市の自治は、壁内にのみ認められていた。
もし、手を出せば、ギルドによる壁外領土への侵略と見なされても仕方がないだろう。
領主に、ダンジョン都市の自治を奪う口実を与えてしまう。
壁外で発生する難民の暴動が、領主側へ向くのであれば構わないが、間違いなく、目先の壁の方向に向かってくるはずだ。
領主は、暴動の鎮圧には乗り出すまい。
壁が崩れれば、ダンジョンの利権が自分に転がり込んでくるとでも考えそうだ。
難民消費システムに手を付けた結果、発生した歪みは、壁の内側で弾けるか、壁の外側で弾けるかのいずれかだ。
いずれにしても、矛先は、壁の内側へ向くだろう。
かといって、元へも戻れない。
もし、『拙者の回復肉煮込み』の提供を中止したならば、今度は飯を食わせろの大合唱が沸き起こるだろう。
新人探索者など何人集まったところで、ギルドが本気になれば、すぐに鎮圧できるが、顧客である探索者を鎮圧するような本来の目的を忘れた組織は、もはや終わっている。
あたしは、思い至ってしまった。
『これって詰んでんじゃね?』
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