ボッタクル商店ダンジョン内営業所配達記録

仁渓

エピソード1 ボッタクルルート

第1話 配達人

               1


 山のような量の配達荷物を目にする度に、毎回、思う。


 どんな大きな荷物でも自在に出し入れができて、収納数無限。


 おまけに保温・冷蔵の機能もあって、重さもまったく感じさせない。


 そんな不思議な鞄マジックアイテムがあったならば、絶対欲しい、と。


 まあ、実際は、そんなものあるわけがないので、地下迷宮ダンジョンの奥深くへの商品配達と出張販売という、いささか無茶な俺の商売が成り立つわけだが。


 三年前に、早すぎると探索者ギルドから惜しまれつつも、二十二歳で探索者稼業を引退して妻と開いたボタニカル商店が、俺の職場だ。


 現在、ダンジョンの地下四階。


 俺の背中には、薬草や各種ポーション、一回限り使える魔法の巻物マジックスクロールや携帯食料といった、ダンジョン探索で必ず必要になる消耗品の数々を、これでもかと詰め込んだ、直方体状の巨大なリュックサックが背負われている。


 幅一メートル、奥行き一メートル、高さ二メートルという大きさだ。


 俺は、身長一メートル六十センチメートル程だが、自分の頭頂より、一メートルほど上に、リュックサックの上端がきている。


 腹側にも、同様にリュックサックだ。


 こちらは、一辺が約三十センチメートルのほぼ立方体だった。


 視界を妨げず、かつ振り回す手の動きを邪魔しすぎないよう、背中の荷物に比べれば、かなり小ぶりだ。


 腹側のリュックサックの上端は、俺が下を向くことができるように、顎よりも下である。


 とはいえ、足元は、ほぼ見えない。


 仮に腹側のリュックサックがなくても、ダンジョン内であるため、何らかの明かりがなければ、全くの暗闇だった。


 探索者の多くは、片手に松明をもって進むが、緊急時に両手が使えないのは危険である。


 手慣れた探索者ならば、頭や肩口、リュックサックに釣り竿の根本を嵌められるようにして、竿先を自身の前方へ伸ばし、伸ばした竿の先に、カンテラや篝火を吊って、両手の自由と視界を確保する。


 このダンジョンでは、常時、地下から地上へ向かって風が吹いているため、酸素欠乏になる危険は少なく、火の使用に問題はない。


 釣り竿方式の明かりには、万一、酸素がなく、有毒ガスなどが溜まった場所では、本人がガスだまりに足を踏み込むより前に、前方で炎が消えるため、いち早く危険を察知できるという利点もあった。最も可燃性のガスが溜まっていた場合は、論外だが。


 俺の場合、火ではなく、ある種の鉱石と別の鉱石の粉を混ぜ合わせた際に光を放つ現象を光源に利用した、特殊なカンテラを竿先に吊るしていた。


 混ぜ合わせる鉱石の量と光の持続時間は比例するため、ダンジョンに入る前に消えるまでの時間を計算して鉱石を混ぜてさえおけば、光が消えた際、ダンジョンに入ってからどれだけの時間が経過したのかが簡単にわかる。


 だから、俺は、配達予定時間から逆算した量の鉱石を地上で混ぜて、必ず、光が消えるまでに荷物の受け渡し場所に到達しなければならないよう、時間制限を自分に課している。


 時間の可視化だ。


 消えたら、予備の鉱石の粉と取り換えればいいだけだが、不用意な場所やタイミングで突然、暗闇に覆われると命に係わる。


 だらだらと迷宮内を歩いてしまい、配達に無駄な時間がかかるのを防ぐための、ちょっとした工夫だ。常に、危機意識を保ち続けるようにするのである。


 俺の場合、配達は常に一人だから、油断は自分の死に直結する。


 油断は禁物だ。そんな思いを抱きつつ、ダンジョン内を歩いている。


 風は、前方から、俺に向かって吹いてきていた。


 風の来る方、来る方へ向かえば、自然とさらに地下深くへつながる、何らかの存在に辿り着ける。


 何らかの存在とは、一般的には階段だが、風は必ずしも階段だけを吹きあがるわけではなく、地下迷宮を何階も縦方向に貫いて走る岩盤の裂け目であったり、下の階へ落ちる落とし穴の罠の場合もあるので、風だけを頼りに歩くのには注意が必要だ。


 ダンジョン内に吹く風は、地上と地下深くの温度差が原因で、空気の対流が起き、発生するのだと言われていた。


 風の強さは、温度差の具合によって変化する。


 もちろん、パーティーに魔法使いがいる場合は、魔法の明かりの使用がベストである。


 だが、俺は一人だ。生憎、魔法の心得はない。


 俺は、地上から現在いる地下四階の通路まで、前方に吊るしたカンテラの明かりを頼りに、ひたすら歩き続けていた。


 さながら、目の前にぶら下げられた人参に向かって進む、馬のようだ。


 迷宮は、古代の遺跡とされ、いつだれが築いたのかは一切不明。上下左右を、どこかで切り出された石材ブロックで構成されていた。


 もともとの、このあたりの地盤にはない石材だというから、わざわざブロックを運び込んで、この地下通路はつくられたのだろう。古代に、途方もない労力がかけられたであろうことは想像に難くない。


 ダンジョンのさらに深い場所では、石材ではなく、削られただけの岩の洞窟や、自然の鍾乳洞に姿を変えるが、現在の場所は人工的だ。


 今いる通路は、幅も高さも約四メートル。


 毎日少なくとも一度は往復するため、基本のルートであれば、目を瞑っていても、どこに何があるか、ダンジョンの構造は、すっかりと俺の頭の中に頭に入っている。


 とはいえ、配達の受け渡し場所で待っているはずの相手を除けば、常に動き回る魔物や迷宮探索者たちがどこにいるかまでは、実際に行ってみなければわからない。


 前方で、ちらちらと揺らめいている明かりが見えた。


 人がいるのだ。


 はたして、一組の探索者パーティーが、魔物の群れと争っていた。

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