第55話 覚醒

 角獣に完全に飲み込まれてしまったルークは視界が闇に染まってしまう。全身を不快感と僅かな痛みが包み込み体を動かす事はできない。辛うじて指先は動かす事ができ右手には剣の遺物の感覚がする。他の部分は動かそうにも全く動かなかった。


 フレイヤに投げられた薬の影響かぼんやりとする意識の中ルークは己の無力さを痛感した。世界を平和にしたいと願った自分は今まで何ができたのだろうか。結局は何もできていない。今平和向かっているのも教国の聖女の力が大きい。


 無力感に苛まれていると何処からか声が聞こえてくる。


「お前には何もできねぇよ、ガキが」


 ルークが殺したはずの獣鬼族であるガルクの声であった。エミリーの仇でもあるガルクの言葉を聞いて心が揺れる。


「無理だ」


「諦めろ」


「そのまま眠ってしまえ」


 今までルークが殺して来た魔族の声が聞こえる。そんな状況の中ルークは目を閉じてしまう。自分は何て無力なのだろうか。体の力がゆっくりと抜けていく、まるで溶けるかの様に意識も次第になくなっていく。


 そんな虚無感を抱えて闇に沈んで行く。

 だが、ルークは何もできないまま、死に行く自分が許せなかった。何もなかった胸に悔しさが胸いっぱいに込み上げてくる。遺物使いでありながら弱い自分に、世界を混乱させようとしている敵に何も出来なかった自分に苛立ちの様なものも湧き上がる。


 魔族の声を否定してルークはぼんやりする頭を必死に覚醒させて力を込めて動こうとする。しかし、いくら振り絞ろうとも体はほとんど動かない。

 諦めるしかないのか。そんな事が頭をよぎってしまう。


「そうだそのまま闇に沈んでしまえ」


 声に従い諦めかけたその時、ルークの真っ暗のはずのルークの視界にエミリーから貰ったペンダントが入る。


「ルークならできるよ」


 そんな幻聴が何処からか聞こえた気がした。幻聴が聞こえてルークは口角が少し上に上がる。ぼんやりしていた頭がはっきりとする。力も体の底から溢れてくる。聞こえていた声も聞こえなくなる。


 諦めるには早すぎる。ルークは片手で持っていた剣を両手で握る。体も動く様になり剣で暗闇を切り裂いた。


 切り裂かれた闇から光が溢れ出す。ルークはそこへ足を踏み出し闇の外へと歩き出した。


 気がつくとルークは森の中に立っていた。後ろを振り向くと獣鬼が真っ二つに割れて倒れ込んでいる。どうやら獣鬼の中から脱出できた様だった。


 近くにいたフレイヤは目を丸くして固まっていた。獣鬼の中からルークが出てくるとは思ってもいなかった様だった。


「エミリーありがとう」


 ルークは胸のペンダントを握りしめて呟く。ずっと感傷に浸っていたい気分であったがすぐに切り替えて剣を構えてフレイヤと対峙する。


「貴方、一体どうやって……」


 よほど驚いたのか間伸びした声ではなく普通の話し方にフレイヤはなっていた。だが、すぐにフレイヤは調子を取り戻す。


「……驚きましたぁ。けどぉ、角獣がいる限り貴方に勝ち目はありませんよぉ?」


 真っ二つになっていたはずの角獣はくっつき元の姿へと戻っていた。驚異的な力であったが不思議とルークに恐怖や焦りといった感情は湧いてこなかった。


「もう、負けるつもりはない」


「……不愉快ですねぇ。人間そんなに簡単に強くなったりしないのですよぉ〜?」


 フレイヤの挑発を聞き流しながらルークは深呼吸をする。ルークの持つ剣は赤い光を放ち黒い破片が剣から離れて赤い刀身があらわとなる。そして、黒い破片がルークの体へと纏わり付きやがてその姿は鎧へと変わる。


 なぜ、ルークは黒い破片を鎧化できると思ったのかわからない。でも、本能的な部分でできると言う確信はあった。


 全身を覆った鎧だったが息苦しさや動きにくさと言うものは一切無かった。むしろ、鎧を着た後の方が快適なほどである。


「鎧を着たからと言って何なんですかぁ? 殺してしまいなさぁ〜い」


 フレイヤが角獣に合図を送ると角獣はルークに襲いかかってくる。ルークと角獣との戦いは再び始まるのだった。

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