イマのスクラップブック

まがつ

塗料の是非

 そのとき、ソレは僕の瞼に焼きついたのだ。ふんわりとぼかされた、赤ともピンクとも見られる、ふっくらとやわらかそうな唇。彼女曰くティントリップとかいうのを使っているらしく、淡く染まっていた小さい唇は、いつもの通り嬉々として僕に寄せられた。流行っているからと買ったらしいそれは、彼女によく似合っていた。

 女性の間での流行りを男の僕が詳しく知るわけもなく、彼女の話を聞いてはじめてそれを知るのが僕だ。ティントリップというのもそうして知った。普段なら彼女の化粧道具の話はすぐに忘れてしまう(これは本当に申し訳なく思っている)のだが、耳慣れない横文字のインパクトゆえか、普段と違う唇の色づき方のせいか。はっきりと覚えていた。

 ――ティントリップ。なんでも、唇を染める(比喩でなく!)らしい。それは唇に悪いのではないのかと思ったのだが、彼女は僕が褒めた日から毎回それをつけてくる。美容に気を遣っている彼女が大丈夫だと判断したのだから、きっと大丈夫なのだろうが、染色と聞いて不安を覚えるのも事実で。けれど僕のために、僕だけのために可愛くきれいに着飾ってくれる彼女に口出しをするのは憚られた。


 それに、そう。僕もあの色は好きなんだ。色も好きだし、普通の口紅と違って色が移らないというのも良い。恋人同士でも、男女で口紅の色を揃いのものにするなんて、正直なところ嫌ではあったから。

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