第18話 ポンコツな天才と、陽キャ同級生

「で、ふたりはいつから結婚してるの☆?」

「ぶはぁぁっっ!」


 コーヒーを噴き出しそうになったが、ギリギリ耐えた。


 前の席に座る天海さんにぶっかけたら、大惨事になるところだった。

 ただでさえ、天海さんには試着シーンを見られてしまったわけで。

 まだ30分も経っていないうちに、恥を重ねたくない。


(っていうか、喫茶店に来たの失敗なんじゃね?)


 予期せぬ出会いの直後。とりあえず、場所が場所なので、喫茶店にでも行こうという話になった。

 愛里咲さんが会計を済ませて、モール内の喫茶店に移動し、今に至る。


「ねえ、いつからなの☆?」


 問題の天海さんはめちゃくちゃ目を輝かせている。首を動かすものだから、鮮やかな金髪が揺れていた。

 どう誤魔化そうか、頭を悩ませていたら。


「私たち、結婚してるように見えるのかな?」


 学校モードの愛里咲さんが微笑んでいた。余裕が感じられる。

 情けない話だが、愛里咲さんに任せた方が、安全だろう。


「つか、ふたりでランジェリーショップの試着イベントだよ☆ 新婚カップルじゃなかったら、ラブコメ漫画以外にありえない」

「……だってさ、詩音ちゃん。うふふふふ」


 愛里咲さんはだらしない顔をして、にやけている。


「デレてる愛里咲っち、いただきましたっ☆」


 肝心なところでポンコツになってしまった。

 愛里咲さんに一方的に頼った僕のミスだ。


「愛里咲っち、いとしの旦那さんに勝負下着を選んでもらった感想をください」

「超がつくほど幸せでーす❤︎」


 隣に座る愛里咲さんは僕の腕に抱きついてきた。


「見せつけてくれやがって、ちくしょー☆」


 知り合いの前で愛里咲さんがデレてきて、恥ずかしい。ただ、愛里咲さんを引き離すのもかわいそうで。


(どうすんだよ?)


 固まっていたら。


「ってか、愛里咲っち、学校とキャラちがくね☆?」


 少し遅いが、そっちまで突っ込まれてしまった。

 愛里咲さんのキャラ問題が学校でバレるのは影響が大きすぎる。


「そうかなぁ。えへへへっ」


 愛里咲さんを横目で見る。彼女の目が泳いでいた。


「そっかぁ。学校では優等生な愛里咲っちも恋する乙女だもんね。好きな人には甘えるかぁ☆」


 幸いにも天海さんは納得してくれた。けど、勘違いは余計に深まった気がする。


(どうしよう?)


 今の愛里咲さんには力を借りられないし。


(僕がしっかりしなきゃな)


 1週間前の僕とはちがう。『男子三日会わざれば刮目してみよ』と、三国志の呂蒙も言っていたではないか。ですよね、孔明さん?


 最低でも、愛里咲さんの立場だけは守らないと。


「天海さん、僕たちは結婚してないよ」

「えっ、親が決めた婚約者じゃないの☆?」


 小首をかしげる天海さん。小学生並みの身長もあいまって、小動物のよう。


「だって、『親の命令でクラスの美少女と結婚することになった陰キャ』にしか見えないもん☆」

「本当に結婚してないよ」


 しつこい天海さんに対し、僕はきっぱりと断言する。

 ところが。


「一緒には住んでるけどねぇ」


 愛里咲さんが自爆してしまった。


「結婚はしてないけど、婚約はしてますってか。そっち系のラブコメもあるし、納得かなぁ☆」

「……婚約もしてないよ」


 陽キャの暴走はつらいけど、事実を伝えていこう。


「同居してるのに婚約してないだとっ⁉︎」


 そんなのありえないとでも言いたげだ。


「本当だから」

「まあ、同居ものラブコメも多いし、ありよりのありか☆」


(天海さんがラブコメ脳で助かったのかな?)


「それはそれとして、愛里咲っちのキャラ変は面白いけどね☆」

「えへへっっ、詩音ちゃん、甘々モードのありさもかわいいって❤︎」


 守りたい、この笑顔。

 ただし、知り合いの前で甘やかすのは恥ずかしい。


「安心して。学校で言いふらすつもりはないからっ☆」


 愛里咲さんと天海さんは友だちだ。愛里咲さんの人気を考えると、愛里咲さんを敵に回したくないだろう。

 いったんは信じてみることにした。


「ところで、あたしの目に狂いはなかったようだね☆」


 天海さんが僕の目を見て、微笑んだ。


「詩音ちゃんはありさのなんだからねっ❤︎」


 愛里咲さんが僕の腕にしがみついてくる。


「手を出したら、陽葵ちゃんでも許さないよ」


 殺気がすさまじい。


「ありさ、日本刀で熊を倒したことあるんだけどぉ」


 シャレになってません。


「そういう意味じゃないっての。ホントに愛里咲っちは詩音たんラブなんだねっ☆」


 やれやれといった感じで、天海さんが首をすくめる。

 天然陽キャで美少女の天海さんが、僕なんかを好きなわけがない。


「あたしが言ってるのは、詩音たんに才能があるってこと☆」

「えっ、僕に?」

「詩音ちゃんに才能があるのは、見てればわかる」


 天海さんの言葉を疑う僕と、ドヤ顔で同意する愛里咲さん。


「詩音たん、声がASMRなんだよね☆」

「この前も言ってたけど、僕、ボソボソしゃべってるだけだよ。自分に自信がないから」

「いや、あたしみたいなプロの耳は誤魔化せないよ☆」


 天海さんは得意げに胸を張る。


「たしかに、詩音たんボソボソと話すから、声が暗いよ。けどね、声そのものがクセになる味わいなの。ちょっと練習すれば、ASMRの配信者になれる。この陽葵が断言する」


 なにを言ってるかわからない。言葉は理解できる。僕が配信者だなんて、現実感がない。


「でも、僕なんかの声がなぁ」

「詩音ちゃん、『僕なんか』は禁止って言ったでしょぉ」


 愛里咲さんに怒られてしまった。


「詩音ちゃん、自分では気づいてないけど、才能あるんだからぁ」

「さすが、愛里咲っち。話がわかる☆」


 天海さんは前に身を乗り出して、愛里咲さんの肩を抱き寄せていた。


「それにぃ、キャラ変した愛里咲っちとの絡みも面白い。世の中でも立派に通用するよっ。あたしが保証する☆」


 さっきから天海さんの自信がすごい。僕とは真逆の性格だ。純粋に憧れてしまう。


「ねえ、陽葵ちゃんってAO入試組だよね?」


 ここで愛里咲さんが口を挟んだ。ポンコツは鳴りをひそめ、学校にいる彼女だ。


「そうそう。あたし、VTuberをやってるんだ。星空サンサンって名前なんだけど、チャンネル登録者数は100万人ね。去年は、年間でスパチャを1億5000万円ほどもらったかな☆」


 すごさはわかった。そこまでVTuberは詳しくないけれど、星空サンサンの名前は聞いたことがある。


「ってなわけで、ふたりともVTuberでもやってみたら?」


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