拾壱

 激流鬼げきりゅうき系列の職員拉致らち計画はあっさりと成功した。

 相手は戦闘訓練を積んでいない事、四鬼しき喧嘩けんかを売る相手が普通は居ない事、対象の3連休初日で職場の人間と連絡を取っていない事、様々な理由は有ったのだろう。


 ともかく影鬼かげおに側からするとじゅんも含めて11人も投入する必要性がまったく無かったと思う程に簡単に計画は達成たっせいされた。

 影鬼家が保有する施設に連れ込まれた職員は普通ならパニックを起こしそうなものだが、存外冷静だった。


「反社会組織に拉致された時のマニュアルが有るものでね」

「なるほど。取引には応じない、なども明記されていそうだな」

「……」


 フルフェイスマスクで顔を隠し、内部に仕込しこんだ変声機へんせいきで声をえた潤が個室の中で椅子に縛り付けられた職員に対応している。

 別室に待機したさくの役目はここまで、他に9人居る異端鬼いたんきたちの中にはこののち有用ゆうような能力を持っている者も居るのだろう。何人かはかえ支度じたくを始め、何人かはこれからが本番といった様子だ。

 裂たちの居る控室には他にも影鬼の人員が複数人待機しており薬物や拷問器具、金品が入っているらしきアタッシュケースなど説得用の物品ぶっぴん吟味ぎんみしている。


「本日はお疲れさまでした。この先は交渉になりますので指定された方以外はお帰り頂いて大丈夫です。見学希望の方はおっしゃってください。監視室にご案内いたします」


 まるで本職の執事かと思う程に丁寧ていねい言動げんどうの男がり、裂は図書館で最初に案内してくれた相手だと気づいた。

 図書館で見た時は最低限のマナーであそこまで丁寧には見えなかったが何か理由が有るのだろう。

 役目が無い異端鬼の中に見学希望は居なかったので10人の異端鬼の内、7人が控室をあとにした。

 ならって帰る気の無かった裂は6人が出た後に続く形で退出する。


 この先は潤を含めた影鬼家側の仕事だ。

 図書館のように連れ立っている異端鬼が居ないところを見ると立ち話をしていたのは残った3人だったのかもしれない。


 タイミングも場所もズラして施設から出た7人、ここは池袋駅の付近に作られており出口は池袋地下に繋がっている。その為、出口は豊富ほうふに設置されており裂たちは影鬼職員の案内で全員が別々に出口に案内された。

 反社会組織として追跡や監視カメラの目をくらませる為の処置で自分が出たい地点と遠くても文句は言えない。


 実は大きな駅の地下にはビジネス街や学生街でストレスが溜まりやすく妖魔が発生する条件がそろっている。その為、人気の無い場所をわざと用意して妖魔がそこで発生するように誘導ゆうどうする作りになっている。

 四鬼はその妖魔発生用に用意された駅地下の通路を『地下迷宮』と呼び定期的に巡回じゅんかいしている。


 そんな四鬼が定期的に巡回している地点に影鬼の施設が有るのは単純に場所が丁度良ちょうどいいからであり、影鬼側も妖魔が発生しても可笑おかしくない場所は都合が良いからだ。

 人の多い池袋では人の波にまぎれる事も容易よういなので少人数の影鬼にとって活動しやすいというのも有る。


……影鬼は妖魔を積極的に討滅とうめつしているし、四鬼としても多少は泳がせた方が楽なんだろうな。


 これは昔から言われている事だ。

 裂が学校で妖魔を討滅した際に後から到着した黒子の隊長も言っていたが全国の妖魔を四鬼だけですべて討滅するのは現実的ではない。反社会組織とはいえ誰かが討滅してくれるなら手間てまはぶけるのだ。


 警察組織の中に組み込まれているので派閥はばつや評価を考えて四鬼が全て対応するべきだと主張する者も居るが、それは四鬼の中ではなく現場を知らない外部の管理者側だけだ。

 全ての鬼を妖魔討滅の装置と定義している四鬼にとって、影鬼だろうが四鬼だろうが妖魔を討滅するならば何でも良い。

 世界でも珍しくこの主張は警察のホームページ内に設置された四鬼のページに記載されている。


 自らを装置と定義する四鬼は本音と建前のような駆引かけひきも利権りけん争いも興味が無い。

 これには警察上層部は相当に頭を痛めているようで討論とうろん番組やニュースで警察官僚かんりょうと四鬼上層部が同席する際にはよく理想と現実の対比として報道されている。

 意図的にニュースを見ない裂でも知っている程なので、四鬼は一般人からすると非常に機械的で恐ろしい存在として扱われる事が多い。


……さて、池袋は久々ひさびさだけど、どうするかな。


 裂は異端鬼とはいえ年頃の男子高校生だ。遊び場の多い街に来て何もせずに帰るのは勿体無もったいないと感じる。

 まずはゲームセンターに行ってお菓子のクレーンゲームで遊び、成果無しのまま次に移動する。その後も格闘ゲームをソロプレイで練習し、レースゲームのNPC戦の最中さいちゅうにインターネット乱入をギリギリで撃退げきたいし、バスケのシュートで店の平均より少し高いスコアを出した。


 大きなチェーン店の古本屋、コアなソフトがそろっていると有名なゲームショップと一通り学生が行きそうな所を歩き回って夕方になり、そろそろ帰ろうかという時間で妖魔探知アプリに反応があった。

 影鬼が使用する探知アプリは四鬼の物に近いが、システム上の作りで異端鬼の半径100メートル以内に妖魔があらわれると通知される。


 通知を見ても裂は討滅に動く気は無かった。

 これだけ妖魔が発生しやすい街なら担当の四鬼の数もそれだけ多い。わざわざ出向でむいて四鬼に鉢合はちあわせるような馬鹿な事はしない。

 先日、麻琴まことの指示でスライム妖魔に時間稼ぎをしたのはハッキングにより四鬼側が多忙で対応が遅くなると分かっていたからだ。


……緊張する仕事の後だったしな、ここはプロに任せよう。


 突発とっぱつで妖魔を討滅すれば緊急手当て金が出るが、それは四鬼の密集みっしゅう具合や妖魔の強さでランク付けされたものが支払われる。

 池袋、新宿、品川など四鬼の密集具合が高いエリアはそれだけ緊急度合いが低いので低ランクに成りやすいというのも四鬼に任せると判断した理由の1つだ。

 スマートフォンをポケットに仕舞しまって池袋駅に歩き始め、直ぐにゆるめた。


 アプリが示した位置は裂から見て池袋駅から少しれた位置なので急行するなら途中まで同じ道を進む事になる。


 その道に剣呑けんのん雰囲気ふんいきの男たちが居た。


 人の多い街なので注目している人は裂以外には見られないが、いざ注目してみれば危険人物にしか見えない2人だ。視線は鋭く人混みが鬱陶うっとうしいようで今にも武器を取り出しそうに見える。


 男達に周囲も気付き始めたようで彼らが通る際に隣接りんせつする通行人つうこうにんたちが明確に道を開け始めた。


 その男達に意図的に近付く者たちが現れ始める。

 私服の2人組を中心に矢のように10人程度の男達が集まり、最初の2人は銃刀法じゅうとうほうを完全に無視した武器を持っている。

 流石に剣道用の竹刀しない袋のような布につつんでいるが本物の武器が入っていても違和感が無い。


……四鬼か。物騒ぶっそうなのが配置されてるな。


 2人にしたがう男達は警官の服装を黒く配色した黒子くろこだ。

 裂の学校に現れたような後処理あとしょり用の黒子だけの集団ではない。確実に妖魔を討滅する為に周囲を威圧する程の緊張感をはっしている。

 道が広がって通行人の密集度みっしゅうどが下がった所で先頭の2人が一気に走り始めた。黒子たちもあわてる事無く自分たちが広い道に入った時点で一気に速度を上げる。


「何、アレ?」

「黒子が居たし四鬼でしょ」

「え、じゃあ妖魔が出たの!?」

警報けいほうが鳴ってないし人気ひとけの無い場所なんだろ」


 パニックを起こしかける者、妖魔への対応の知識が有って落ち着いている者、四鬼たちの反対側に速足で移動する者など反応は様々だ。


 裂は怪しまれない為に池袋駅への歩調ほちょうを周囲の歩調に合わせる。

 四鬼のように日常的に戦闘に身を置く者たちは周囲への観察力が高い。

 完全に背後に位置取いちどり、既に人混ひとごみで視界にも入らないとは思う。だがその前に見られて何かしらの対応を取られている可能性も有る。


 可能な限り周囲から浮かない行動で通行人にむ事で面倒を避けたい。

 それに裂以外の異端鬼が近くに居ないかも気懸きがかりだ。


 同じように遊んで帰ろうとしていた異端鬼が居れば裂と同じような反応をしていても可笑しくない。

 視界の範囲内には特に異端鬼は見当たらないが施設を出た後に着替えたり変装したりしている可能性も有る。


 やはり1番良いのは早々そうそうにこの場を離れる事だ。

 可能な限り緊張で鼓動こどうが早くならないように深い呼吸を意識して池袋駅に入り、改札を抜けてやっと息を落ち着けた。

 怪しまれない程度に速足でトイレに向かい、個室に入って怪しまれない程度の溜息ためいきく。

 特に尿意にょうい便意べんいも無いので便座べんざを閉じて座りスマートフォンを取り出す。


 妖魔探知アプリを起動すれば妖魔の反応はまだ有り四鬼が討滅していない事が分かる。しかし徐々に弱くなっているのを見ると戦闘中で確実に四鬼が追い詰めているのだろう。

 探知アプリには回線的にも情報共有のタイミング的にもラグが有る。それでこれだけ反応が削れているのだから問題無く討滅出来るだろう。


……もしかしたら討滅は完了しているかもしれないしな。


 そう思った瞬間に妖魔の反応が完全に消えた。

 最近はステルス妖魔のような奇妙な妖魔を相手取あいてどっていたので妙に妖魔の反応に対して緊張してしまった。


 影鬼所属の異端鬼が妖魔を討滅するのは1ヶ月に3体程度。それで社会人の平均月収が得られる。それも四鬼が地理的にも反応の大きさ的にも優先度を下げて放置しているような小物が多い。


 ひるがえって最近の裂は2匹を討滅するだけで月収3ヶ月分の報酬ほうしゅうを得る異常な状態が続いたのだ。妖魔に対して過敏かびんになっても仕方が無い。

 安心してアプリをじようとして、直ぐに異常に大きな妖魔の反応が出現し、直ぐに消滅した。

 本来の妖魔の発生であれば徐々に反応が強くなるが、今回は鬼が2体で連携してやっと倒せるレベルの反応が唐突とうとつに現れ、直ぐに消えた。


……これ、ステルス妖魔の反応と同じなんじゃ?


 巻き込まれた裂はステルス妖魔がアプリ上でどのように見えたのか知らない。

 アプリは反応を自動的に記録しているので直ぐに今の反応の記録をコピーして麻琴まことに連絡した。


『たった今、池袋でこの反応が起きた。俺がステルス妖魔に巻き込まれた時と同じか?』

『受験を数ヶ月後にひかえた女子高生に送る内容じゃないわね。ちょっと確認するわ』

『頼む。四鬼2体と黒子何人かが巻き込まれたかもしれない』

『面倒ね。さくがステルス妖魔に巻き込まれた時の反応と同じだわ』


……あんじょうか。


影山かげやまに直ぐに連絡出来るか?』

『期待しないで。拷問や交渉の最中さいちゅうはよっぽどじゃないと直通の連絡はつながらないわ』

『これで池袋周辺の鬼が増えると厄介だ』

『影鬼としても同様の判断をするかもしれないわ。今は下手に動かないで。四鬼が居るのよ、下手に介入かいにゅうしたら捕まるわ』

『ああ。池袋駅周辺に居る』

『OK、反応地点を目視出来る範囲からは出てなさい。出来れば2区画くらい外れたファミレスとか喫茶店に居て』

『了解』


 麻琴は裂と連絡を取りつつ影鬼本家の窓口を通して裂から提供された反応がステルス妖魔と同様だと連絡した。

 裂や麻琴は勘違かんちがいしているが影鬼の中で影山がステルス妖魔の対応を主導している訳では無い。複数ある対応の内、四鬼へのアプローチを彼女が対応しているだけだ。

 麻琴の連絡を受けた影鬼は直ぐに近隣の異端鬼の反応を確認し、裂を含めて池袋周辺の鬼たちに連絡を取った。


『池袋にてステルス妖魔と思わしき反応有り。通達が有るまで当該とうがいエリアの妖魔反応には接触せっしょくしない事』


……まあ戦力が不明なのに下手な対応は出来ないよな。


 麻琴への通達を含めた連絡である事を察した裂は麻琴の指示に従った。反応地点を目視は出来ないが何かあったら直ぐにけられるよう近場の喫茶店に入る。

 麻琴に裂が連絡してから20分で連絡が来た事で2人は影山以外が対応しているとさとった。

 下手に質問するとスタッフ側が対応に追われて本筋の対応に支障ししょうが出るかもしれない。


『四鬼や黒子が近くに居たりしない?』

『見える範囲には居ない』

『まあそうよね。こっちは図書館からサポートに加わる事になった。突入する場合はオペレータになるからよろしく』

『分かった』


 裂が以前に遭遇したステルス妖魔はどれも異空間での時間の流れが可笑しくなっていた。

 体感たいかんで2時間は経過けいかしていたのに外に出れば30分程度だった事を考えると四鬼たちが巻き込まれていた場合はそろそろ出てくると裂は考えている。


 ただ、異空間が迷宮なのか直線なのか、妖魔がどの程度の強さなのか不確定な状況だ。

 四鬼たちが迷宮内を4時間探索するなら現実では1時間近く出て来ない可能性がある。

 そんな風に考え始めているとアプリに影鬼から連絡が入った。


『指定地点にて急行した四鬼2名、黒子8名は行方不明。警察、四鬼共に調査部隊が派遣される。本連絡を受けている者は直ちに指定範囲から離れろ』


 そう言われてマップの指定を見れば裂には図書館への召還しょうかん命令が出ている。

 何も自分から強敵にいどむ趣味は無いし、影鬼の施設の方が多少は安全だろう。

 素直に従う事にした裂は席を立って池袋駅に向かい、駅のホームで図書館方面の電車を待つ事にした。


 四鬼側の対応次第ではステルス妖魔との接触せっしょく経験の有る裂、直接裂から報告を受けている麻琴の知識が必要になるのだろう。

 面倒な事になったと肩を落とし、電車がまだ来ない線路をながめて裂は必死に自分に気のせいだと言い続ける。


……気のせいだ、気のせいに決まってる。妖魔探知アプリは、反応無いな、じゃあ違う!


 2度のステルス妖魔との接触経験から分かる目視出来ない状況でも感じる大型のけもの息遣いきづかいのような気配。

 草の影に息を殺してひそみ、得物が隙を見せた瞬間に襲い掛からんと身体からだちぢませて力を溜めている狩人かりうどの視線。


 裂は念の為に麻琴に自分の周辺をトレースするようにメッセージを送り、可能な限りホームの中でも人の居ない場所へ移動する。

 日曜夕方の池袋駅はこれからが遊びの本番なのでギリギリで人が少ない時間帯だが、無人になるには池袋という街が根本的に人が多過ぎる。


 偶々たまたま各駅停車しかまらないホームのはしには自動販売機で人の視線を完全にさえぎれる場所が有った。

 ほとん自棄やけになった裂はえて完全に人目ひとめの無い自動販売機の裏に入り、直後に妖魔の気配が一気に濃密のうみつになったのを感じる。


 事前に準備していたメッセージを麻琴と影鬼へ送って直ぐにスマートフォンをポケットに仕舞しまい、正面に出現した半透明な恐竜のような影を目視もくしした。

 その恐竜の背後にはまるで猛獣もうじゅうの檻のようなフレームを持った両開きの扉が有り、開いた扉へ吸い込まれる力にあらがわずに扉へ進んだ。


……お、今回は巨乳黒子が居ないぞ。


 現実逃避にそう考えて裂は3度目のステルス妖魔討滅に向かった。

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