正義とは

「抗争?」

「ああ、別の所の連中と竜兵会が縄張りを争ってるんだ。昨日も上野で乱闘騒ぎがあったらしいぞ」


 横浜港でのガソリンの闇取引から数日後。

 ふらりと堂島家を訪れた速水が真と芹香に上野のヤミ市を取り仕切る竜兵会と、他の組織の抗争の話を教えてくれた。


「なんでも相手は外地人を中心とした集団らしい。

 あいつらは日本人にずっと抑圧されていたものが、日本が戦争に負けたことで吹き出してるからな、絡まれたらただじゃ済まないぞ。お前達も気をつけろよ」


「はい。気を付けます」

 真はそう頷く。

「まったく、竜兵会はみかじめを取ろうとしてくるし、どいつもこいつもアコギだよな」

 速水はそう言ってため息をついた。


「お金を要求されたんですか」

 芹香がそう訊ねる。

「ああ。大原さんの店に行ったら竜兵会の奴らがいてな。

 あいつら俺が儲けてるの知ってるから、その朝鮮人の件を引き合いに出してみかじめを要求してきたんだよ。もちろん断ったかな」


「向こうは引き下がったんですか?」

 芹香が心配そうに訊く。

「ああ、その時はな。

 だがあれは諦めてねえな」

 そう言って速水は頭を振る。


「……そうですか」

「まあ、向こうにも大義名分は必要だろうから、すぐに手を出してくることはないと思うが、用心だけはしておくんだな」

「わかりました。

 ありがとうございます」

 真は速水に向かって礼を言う。


「おう。それじゃ俺は帰るわ。二人ともあんまり遅くまで出歩くんじゃないぞ」

 速水はそう言うとソファから立ち上がった。


 ****


 それから数日たったある日のこと。


 真がお重から頼まれたお使いを終えて堂島家に戻る途中のことだった。

 ヤミ市の一角で一人の少年に暴行を加えている男たちを見つけた。


(あいつ、確か……)

 真はその男達に暴行を加えられている少年の姿を以前見かけたことがあるのに気が付いた。

 最初にケイタと出会った時にいた子供達のうちの一人だ。


 周りにいる大人達は見て見ぬふりをして通り過ぎていく。

 おそらくここで助けに入っても感謝されるどころか逆に面倒ごとに巻き込まれるだけだと思っているのかもしれない。


 しかしそんな時だった。


 突然、その場にいた全員が殴りつけていた男の体が宙に浮くと地面に叩きつけられたのだ。

 それは一瞬の出来事であった。

 そしてそれをやったと思われる人物の姿がそこにはあった。


 金色の髪の白いヘルメットを被った、米軍の軍服姿の外国人の男である。男は地面に転がったまま呆然としている少年に近づくと肩を貸し立ち上がらせる。


 その場にいた男達は「MPだ!!」と叫び蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。

 残されたのは真と金髪の外国人、殴られていた少年だけだった。


 その外国人は真の存在に気が付くと声をかけてきた。

 ただ英語だったので何を言っているのか真ははよくわからなかった。


 するとそこにもう一人軍服を着たの男がやってきた。

 こちらはどうにも日本人に見える。だが米軍の軍服を着ている以上アメリカの軍人なのだろう。


 二人は英語で何か話し合っていたがやがって 黒髪の方の軍人が真に日本語で話しかけてきた。

「君の名前は?」

「えっと……真と申します」

「私はマーク・イシイと言う。アメリカ陸軍の兵長だ。この方はジャクソン中尉。

 君はこの少年と知り合いかね?」


「……顔を知ってる程度ですが」

「そうか。ではこの子の親を知らないか。保護者に連絡を取らねばならないのでね」

「……その子は戦争孤児です。保護者はいません」

 真はチラリと少年の方に視線を向けながら言う。


 するとイシイと名乗った軍人は陰鬱な面持ちになり、二言三言ジャクソン中尉と会話をする。

 二人は何事かを相談した後、イシイが真の方を向き口を開いた。


「わかった。だが、我々としてはこのまま放っておくわけにはいかない。

 地元警察に彼の保護を要請する」

「……はい」

 確かにそれが筋だろうと真は思った。……本人の希望は別とすれば。


 戦争が終わり暫く経つとはいえ戦災孤児はまだまだ多い。本来なら邪険に扱われ施設送りが良いところだろう。

 だが警察も米軍の要請ならば喜んで受け入れてくれることだろう。多少は待遇も良くなるかもしれない。


 しかしその時、今まで黙っていた少年が三人の間に入った。

 そして必死の形相で訴えかけるような目つきで二人を見上げる。

 その表情はまるで捨てられた子犬のような悲壮感があった。


「嫌だ!! 俺は警察なんか行きたくねぇ、みんなが待ってるんだ!!」

 少年はそう切々と訴え掛ける

 その様子にイシイとジャクソンは困り果てる。だが、やがて諦めたかのようにため息をつくと、

「仕方がない我々は一旦引き上げることにしよう。

 だが、もしまた問題を起こした場合はその時は覚悟してもらうぞ」

 と言ってその場を後にしようとする。


「おい! ちょっとまてよ!」

 その言葉に少年は慌てて二人の軍人を呼び止める。

「さっきは助けてくれてありがとう」

「気にしなくていい。

 それより今後はあまり危ない事はしないように」


 イシイがそう言って今度こそ本当に去っていく二人。

 真はその後ろ姿を複雑な気持ちで見送った。


****


 二人の軍人が立ち去りその場には真と殴られていた少年の二人が残された。

 真は少年に訊ねる。


「なあ、お前。前にケイタと一緒にいたやつだよな名前なんて言うんだい?」

「……ブンキチ」

「なんでブンキチはあいつらに殴られてたんだ?」

「あいつらは竜兵会のシマを狙ってる連中だよ。

 ケイタさんが竜兵会の人の下で働いてるの知っていて俺達にも嫌がらせをしてくるんだ」


「それであんなことをされてたのか……」

 真の言葉を聞いて少年の顔に怒りの色が浮かぶ。

「それに許せねえ。ケイタさんの事を馬鹿にしやがった」

 少年の目からは涙が流れ落ちていた。

 おそらくケイタのために泣いているのだろう。


「大丈夫だ。 アメリカの軍人が間に入ったんだ。 あいつらも軍人と事を構える気はないだろうさ」

 しかし真がそう言ったにもかかわらず、少年の悲しみの色は消えなかった。

 むしろ先ほどよりも強くなっているようにさえ見える。


 そして少年は絞り出すように言葉を紡いだ。

「でも、あいつら、今度はもっとひどい目に遭わせるって。

 次は殺すかもしれないって。

 ……それでも警察はダメなんだ。

 俺たちみたいな弱い奴を助けるために動いてくれないから……。

 俺はともかく他の奴らがひどい目にあうのは……」


 少年のその言葉で真は理解した。

 この子は自分が傷つくのは構わないが仲間を傷つけられるのだけは我慢できないのだ。

 だからどんなに酷い仕打ちを受けても抵抗しなかったのだと。

(まったく……)


「ケイタには伝えてあるのか?」

「ううん」

「なら、早く伝えた方がいい。

 アイツの事だ。きっとなんとかする」

「そうだね。言ってくる」

 少年はそういうと走り出した。

 その背中を真はじっと見つめてい

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