幕間 あやしい連中、影でうごめく

 夢見丘西部。ベッドタウンとして多くの住民が暮らすこの町にも飲食店や居酒屋が立ち並ぶエリアは存在する。

 高級居酒屋の貸切エリアの中で、その男女たちは蠢いていた。男二人と、成人女性と言うには若すぎる娘が二人。娘の方は可愛らしいものの、男たち二人は堅気ではない気配を醸し出していた。

 一人はこれ見よがしに高級そうなスーツを身にまとった男である。もちろん左腕には妙にギラギラとした腕時計がはめられている。年の頃は二十代半ば程であろうか。身なり良く整えているものの、妙な成金臭と毒蝮のような本性が見え隠れしていた。

 この青年の名は金上と言う。かつて海原研究所に広報担当部として就職していたのだが、所長である海原秀雄と仲違いを起こし、今は若手の実業家としてフリーで働いていた。

 勘の良い視聴者諸兄姉であれば、金上が実は海原研究所の乗っ取りを画策していたであろう事、海原博士だけではなく、従業員である山岡や栗田とも烈しく対立していたであろう事まで察していただく事は出来たかもしれない。

 金上は海原一派とは因縁浅からぬ相手なのだ。大半は彼自身の言いがかりや逆恨みとはいえ、厄介な相手である事には違いない。

(とはいえ、ここでは海原博士と金上とのバトルについては触れられない。何せ外伝が一本出来そうなボリュームになるし、良い子向けの展開とは言えないからね!)

 もう一人は絵に描いたような不良、それもマイルドヤンキーなどではなくチンピラなどの類だった。髪色はプラチナブロンドに見えなくもないが、繰り返された染髪によっていたみ切っているであろう事は明らかだ。そうでなくとも無闇に日焼けした肌とは不釣り合いで、何ともちぐはぐな印象を見せている。


「ま、これだけ広けりゃあ大丈夫だろう。それにしても後藤。あんたも幸せ者だなぁ。この俺の召喚魔法を間近で見る事が出来るんだからさ! はははっ、あの筋肉馬鹿の海原共に目に物を見せてやるぜ」

「召喚魔法でヤベー魔物を召喚して、俺らの言いなりにするんだろ? 海原どころか番長まで手出しできねぇぜ、これは!」


 男たち二人が笑い合う中で、少女たちは彼らに距離を置きつつも静かに顔を見合わせていた。日頃は大学生として勉学に励む彼女らであったが、実は地下アイドルとしての活動も細々と行っていた。

 最近は地下アイドルだけではなく、ご当地ヒーローが活躍するイベントにも参加する事がしばしばだった。夢見丘のご当地ヒーローはマッチョな強面の人物なのだが、夢を持つ若者たちにはとても親切だった。

 ご当地ヒーローの活躍するイベントへの参加。この活動は確かに健全な物だった。しかし夢を追いかける事に夢中だった娘たちにしてみれば、いささか退屈な活動に思えてならなかったのだ。

 ともあれ彼女らが胡散臭い男たちといるのも、ある意味魔が差したからとも言えるであろう。金上はどう見ても金持ちそうだし、実際羽振りの良い男でもあった。残念な事に胡麻豆腐の中に入っていたじゅんさいが本物かどうかを見分ける事は出来なかったが……鱧と松茸と言う高級料理の取り合わせに心を掴まれたのもまた事実だった。


「はっははは! お嬢さんたちも俺に付いてきたのは賢い選択だと思うなぁ。君らはあの脳筋マッチョたちにこき使われていたみたいだが、それでもらえる物と言えばプロテインくらいだっただろう? だが俺はそんなみみっちい事はしないさぁ。何せ今や財力も、あの忌々しい研究所が貧乏たらしく抱えるノウハウも俺の手の中にあるんだからさぁ」


 普段の取り澄ました雰囲気をかなぐり捨てて金上は笑う。異世界の何かを召喚し、おのれのしもべとして隷属させる……その事に言い知れぬ愉悦と興奮を抱いているらしかった。

 プロテインだけじゃなくてダンベル(しかも水を入れるタイプのやつ)も番所さんはくれたんだけどな。アイドル少女の一人がしんみりと呟いていた。


「さて、それじゃあお待ちかねの召喚タイムにしゃれ込もうじゃないか」

「ウッス! 活きの良いやつを召喚しちゃおうぜ」


 どの国の言葉ともつかぬ符牒が金上の唇からまろびでた。それと共に大理石の床に奇妙な円陣が浮かび上がっていく。あーこれガチの魔法陣みたいだわ。アイドル少女のもう一人はぼんやりとそんな事を思っていた。

 ライトグリーンの光が円陣から放たれる。光は存外強い物であり、思わず皆一瞬目を細めてしまった。

 光が弱まったのを確認してから静かに目を開く。直径二メートル強の円陣の中にいたのは六、七人ばかりの人間……いや人間と思しきものだった。先頭にいる人物はダークグレイのローブを身にまとったマッチョだった。その手にこれ見よがしに真珠色の宝珠を捧げ持っているが、眼差しはあくまでも涼しげで理知的でもある。話が通じそうな相手だった。

 問題は、彼の背後に控えている面々だった。モヒカンマッチョと言う形容が一番しっくりくるであろうか。やはり筋肉が凄まじい。世紀末に生息するヒャッハーマッチョと言うよりも、むしろマウンテンゴリラばりの筋肉である。だがそれよりも不気味なのは彼らの眼差しや表情だった。眼差しは虚ろで、奇妙なほどに無表情である。何かに操られているかのような、そんな気配を見せていた。


「なんてこった!」

「何でマッチョが召喚されるんだよ!」


 マッチョ集団を召喚した事に唖然としていた金上と後藤であったが、即座に我に返った。召喚した者たちの尋常ならざる様子に気圧されていたのだが、ややあってから怒りが込み上げてきた。ドラゴンやグリフィンなどと言ったカッコいい幻獣、或いはエルフの女や半獣の娘などと言った美女を召喚する物だと金上たちはすっかり思い込んでいた。何が悲しくてこんなマッチョを召喚せねばならぬのか。そんな思いがあったのだ。

 ましてや、金上も後藤もノーマルマッチョ(蝶介)や白衣マッチョ(秀雄)に私怨や因縁のある存在だ。そんな彼らを想起させるようなマッチョの姿に心をかき乱されるのは致し方ない事だ。


「ほぅ……こちらは確か第※※番目の人間界だったな。限られた者しか魔法の類は使えないと思っていたが、まさか私の異空間魔法に干渉できる相手がいたとは」

「ちぇ、チェンジだこの野郎! 何者か知らんが、お前みたいなマッチョはお呼びじゃないんだよ」


 宝珠を携えた魔導士風マッチョの余裕ぶった言葉に、遂に金上が爆発した。実は召喚した者を元の世界に送り返す術を彼は知らないのだが、そんな事は誰も彼も考慮などしてはいなかった。


「図が高いな愚民。愚民には教育が必要だ。なぁネオ、お前もそう思うだろう?」


 魔導士風マッチョの言葉に呼応するかのように、手元の宝珠から虹色のビームがほとばしった。このビームは後藤の胸元にぶつかり、その光は彼の体内に吸い込まれていく。


「うっ、テメェ……グゥウウウ!」


 胸を押さえてうずくまる後藤の姿がみるみるうちに変貌していく。多少筋肉があった程度の後藤の肉体はパンプアップし、そのままモヒカンマッチョに変貌してしまったのだ。パンプアップの最中に洋服ははじけ飛び、上半身裸のマッチョが爆誕してしまった。


「嘘……マキ。これちょっとヤバいよ!」

「てかさ、筋肉が物凄い蠢いているんだけど」


 驚きパニック状態になった娘たちもまた、憐れ虹色ビームの餌食となってしまった。彼女らもまた筋肉ムキムキのマッチョガールに変貌してしまったのである。但し、髪型はモヒカンではないし洋服がはじけ飛んだりはしなかったのでご安心していただきたい。

 そして、虹色ビームによってマッチョと化した三人は、七人ミサキよろしく虚ろな足取りでモヒカンマッチョの群れに合流してしまった。やはり眼差しは虚ろで、表情は読み取れない。


「さて。残るはお前独りだが……どうする?」


 魔導士マッチョは金上に歩み寄っていく。既に魔法陣は消えていた。


「な、何者なんだあんたは?」

「私の名はキャシー。出身はマッスルキングダムだ」

「マッスルキングダムって……また筋肉かよ」


 金上のボヤキに、魔導士マッチョことキャシーは苦い表情で頷いた。


「わが兄のヒーヨワーは浅慮な男だったんだ。マザープロテインの魔改造を行った位だから、魔法の才に長けていた事には間違いない。しかし、魔法の力に兄は頼り過ぎたんだ。だから異世界からやって来たマッチョに負けてしまったんだ。もう兄はすっかり野望を失い、密かにコンソメスープを作るシェフに成り下がってしまった」

「……」


 唐突な身の上話に金上が戸惑っている間にも、キャシーは言葉を続ける。今はその面には狂気じみた笑みが浮かんでいた。


「私は真理に辿り着いたのだ。魔法と筋肉を兼ね備えれば、どのような敵でも蹴散らし……この三千世界の支配者になれるとな。まずは手始めに、兄の野望をくじいた忌々しい敵を闇に葬るとしよう」


 さて。キャシーは間を置いてから今再び口を開いた。


「カナガミと言ったか。貴様もどうやらマッチョにひとかたならぬ因縁があるようだが……これからどうするつもりかね? 私と組むか? それとも……」

「お、俺は……」


 満面の笑みを浮かべるキャシーを前に、金上はおのれの思いのたけをぶつけたのだった。


 海原一派に怨みのある金上と、ガリガリーズの首魁・ヒーヨワーの弟。彼らは自身の怨敵を打倒するために手を組んでしまった。魔法少女たちのあずかり知らぬ間に、とんでもない悪の組織が結成されてしまったのだ。

 魔法と筋肉を兼ね備えたと豪語するキャシーであったが、しかし彼は自分たちを監視する者の存在に気付く事はついぞなかった。

 いや、気付かないのも無理からぬ話であろう。何せキャシーと金上のやり取りを監視していたのは、と呼ばれる類のものだったのだから。

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