クロスオーバー:常闇之神社訪問譚

常闇之神社訪問譚――序章

 ※こちらの外伝は雅彩之妖狐ラヰカ様の作品群のファンアートになります。筆者の独自解釈も含まれますのでご注意くださいませ(斑猫註)



 ※

 令和四年……いや、この場所では時間という概念は特に意味を成さないであろう。そこは幽世と呼ばれていた。曰くあらゆる世界の狭間を揺蕩う場所。また幽世の周囲は細い川の支流で取り囲まれているが、その川の源流は三途の川であるともいう。余人がうっかり足を踏み入れたらどうなるか。それは神のみぞ知る所であろう。

 そんな幽世の中に常闇之神社があり、その神社の中には神使と名乗る妖怪たちが棲んでいた。神使の筆頭格が、ラヰカという名の妖狐である。

 ラヰカは概ね黒い毛皮の持ち主であるが、尻尾や耳の先、そして首周りと腰回りは藍色のグラデーションを見せていた。肝心の尻尾の数は五本である。妖力の多さが尾の数に如実に反映される妖狐において、五尾と言えば相当強い部類に食い込むとされている。本人は力の大半を失った邪神ないしその遣いであると言ってはいるものの……それでもなお凡狐とは一線を画する力を保有しているのだ。幽世に棲み、往古の邪神に仕える者たちの筆頭格の名は伊達ではなかった。


 さてそんな幽世の何処か。年中開花しては花びらを散らす万年桜を背にラヰカはいた。中性的な、しかし凄絶な美貌を具えるその顔はいつになく真剣だ。おのれの毛皮を基調にしたカラーリングの着物は諸肌を脱いだ状態であり、肩のみならず胸まで半ば露わになっている。スポーツ雑誌風に言えばラヰカの姿は「巨乳の狐娘」と言ったものであろう。頭頂部には一対の狐耳も見受けられた。作り物ではない事は、不規則に動く所からも明らかである。妖狐らしい美貌に加え、扇情的な姿は見る者が見れば熱狂するだろう――熱狂している間に生命活動が停止しなければ、だが。

 そんなラヰカは真剣な表情を浮かべて何がしかの言葉を紡ぎ続けている。いったい何をしているのだろうか。

 神社の神使らしく、結界の管理に勤しんでいるのか?

 幽世で三途の川に近いという環境ゆえに発生する悪しき者を祓おうとしているのか?

 実際にはどちらでもなかった。ラヰカは動画の配信に勤しんでいたのだ。今や人間界でも動画サイトのインフルエンサーが職業として認められている。妖狐であるラヰカもまた、彼らと同じように動画を配信していた。

 元々は趣味としての側面が強かった「常闇 野 ginger channel」であるが、チョロい金蔓……もとい心優しい大妖怪たちが投げ銭をしてくれるのでいくばくかの収入にもなっていた。どちらの性別とも解釈できるラヰカのトークに珍妙なが合わさっており、それがこのチャンネルの面白さとなっていた。

 主にコメントや投げ銭を用意する者たちの大半は、ラヰカもオフラインで知っている間柄だった。知った上で面白そう! とばかりにコメントを寄越してくれているのだ。投稿サイトやSNSでリア友同士でやり取りがあるというのと何となく似ている。

 とはいえ最近は新規の登録者も出てきたらしい。彼らは彼らで「ラヰカ先輩マジ尊敬してまっす! 僕も修行頑張りまっす!」と狂信者よろしく崇拝し始めたり「疲れる事があっても、ラヰカさんの声を聴いてたら元気が出るなぁ。やっぱり君は俺の特別さ」と妙なイケメンムーブを見せ始めたりしていて中々面白い。常連とはまた違った温度差を見せているので、それがまたラヰカには新鮮だったのだ。

 そんな風に面白おかしく行っていた動画配信も先程終了した。寝る前に一杯呷ってから寝に入ろう。そう思っていた丁度のその時、ラヰカの許に一人の女妖怪が姿を現したのだ。

 落ち着いた栗色の髪に同系統の色味の丸い耳を具えた女性である。彼女もまた豊満な身体つきの美女ではあるが、髪型や出で立ち、風貌はまるきり真逆だった。栗色の髪はボブカットに切り揃えられており、全体的にふんわりおっとりした雰囲気の女性である。背後で揺れる尻尾は一本だけだ。但し全体的に毛足が長いためにボリューム感は十分にある。髪や耳と同じく全体は栗色であるものの、先端に行くにつれ色調は濃くなっていた。

 彼女は山囃子伊予やまばやし・いよという。その名とその風貌から判る通り狸妖怪だ。隠神刑部の血筋を引く、由緒ある大妖怪だった。

 そんな彼女はラヰカの旧知の仲だった。外の世界では退魔師として働いているのだが、非常勤としてこの神社の神使の役も担っている。

 平時であればラヰカやその仲間たちでどうにかなる事が多いのだが……そうならない時にこうして彼女がやってくるのだ。余談だが裕福らしくラヰカによく投げ銭をくれる妖怪の一人でもある。


「ラヰカさん。ラヰカさんあてに封書が届いていましたわ」


 どうしたの伊予ちゃん……ラヰカがそんな風に声をかけるよりも早く、伊予が要件を口にした。確かに彼女の手には一通の封筒がある。事務仕事に用いる茶封筒だ。この幽世は現世の郵便局を介在しないのだが、それでも封筒の左上には切手が貼られていた。何となくであるが差出人の実直さが滲んでいるようにラヰカには思えた。

 性格はさておき、件の封書からは差出人の妖気妖術がひしひしと伝わってくる。差出人もまた生半可な妖怪では無さそうだ。その事は込められた妖術の複雑さが物が経っていた。もっともそれはラヰカたちにその事を誇示しているのではなく、現世から幽世に届けるための事なのだろうけれど。


「雉仙女……か。ええと誰だっけ」

「雉仙女は近畿地方では非常に有名な妖怪です」


 少し間延びしたラヰカの問いかけに伊予は真面目な様子で答える。今でこそ裡辺の地で活動している伊予であったが、元々は四国の出身である。それ故に西日本の妖怪たちの勢力や有力者について詳しかったのだ。

 封書を開けている間に、伊予は雉仙女なる妖物の解説を行ってくれた。曰く、関西に拠点を置く妖怪組織・雉鶏精一派の上級幹部なのだそうだ。玉藻御前の義妹、胡喜媚こと九頭雉鶏精に弟子として仕え、彼女の死後は義姉と共に組織を復興させた女傑。研究者気質故に表舞台に姿を現す事は少ないが、彼女の保有する莫大な妖力と会得している妖術の多彩さゆえに実力者と見做されている――伊予の解説はおよそそのような物だった。

 ちなみに封書を開けるラヰカも解説を進める伊予も、雉仙女なる傑物の解説に対して緊張したり畏まったりはしていない。ラヰカたちもまた実力者・大妖怪に分類される者たちである。それに大妖怪が無闇に争わない事はよく知っている。そもそも争うのが目的であれば、わざわざ封書を寄越してきたりはしない。


「あ……これはアポみたいだね」


 常闇之神社に興味を持ったから親交を深めるべく来訪したい。しかし自分は輪廻の枠から外れた存在なので幽世には向かえない。なので代わりに自分の部下である九尾の末裔と雷獣の少年、そして引率者としてすきま女を遣いとして寄越そうと思っている。手紙の内容はざっくりと説明すればそのような物であった。

 現世から幽世に手紙を送るために、遅れたら申し訳ないという旨の文書と、遣いとしてやってくる妖怪の簡単なプロファイルを添付しているという文言で手紙は締めくくられていた。肝心の遣い達がやってくるという日時は明日だった。手紙の日数は五日前になっている。早めに出して連絡するつもりだったのだろう。結果はどうであれラヰカは雉仙女とやらの気遣いがあるのを感じられた。


「どうやら雉仙女様はこの幽世に興味を持ったんだって。だけど自分では出向く事が出来ないから、部下の妖怪たちを遣いに寄越すそうなんだ。

 ……彼らは明日やってくるみたいなんだけど、伊予ちゃんは大丈夫かな?」

「私は別に大丈夫ですよ」


 伊予は頷くと、ラヰカの持つ手紙に視線を落とした。


「ラヰカさん。雉仙女殿が遣いとして送り込んだ妖怪たちはどういった妖怪なんでしょうね」

「引率者がすきま女で、後は九尾の子孫と雷獣だってさ」


 九尾の子孫。そう言った時に微妙な間が二人の間に出来た。思っている事は口には出さずとも明らかであろう。「常闇 野 ginger channel」に、二人ともどっぷりと関与しているのだから。


「もしかして、ラヰカさんのチャンネルにコメントを残すきゅうび君かもですね」

「んー、どうなのかなぁ……」


 ラヰカは視線を泳がせていた。きゅうびというハンドルネームを使っている登録者が妖狐であろう事は察しはついていた。とはいえ妖狐ならばそうしたハンドルネームを使う手合いがいてもおかしくない。実際問題として、九尾の子孫を名乗る妖狐は一定数存在するのだから。きゅうびもその一匹だとラヰカは思っていた。であれば五尾であるラヰカを先輩呼ばわりし尊敬するのもおかしくはない。

 やっぱりきゅうび君ですよ。伊予が断定めいた口調で言い放つ。


「思い出しましたよラヰカさん。きゅうび君は確か数日前の配信で、『俺、実はラヰカ様の許にお会いする事になったんですぅ~』みたいなコメントを残していたじゃないですか。それはもしかしたら今回の事を示していたんじゃないかと思うんです」

「そんな数日前のコメまで覚えてるの? 伊予ちゃん流石だね」

「ラヰカさんは大体泥酔して配信してるから覚えてないだけですよ」


 ラヰカは便箋を持ったまま、きゅうびなる登録者の事を考えていた。印象的だったのは、いつだか「仕事」というワードが出てきた事だった。コメントの内容からして学校に通う若者だと思い込んでいたのだ。あとは、yukihaなるイケメンムーブが大好きな登録者のコメントに絡む事が多いという事くらいだろうか。もしかしなくても、きゅうびとyukihaはチャンネル外でも交流があるというのがラヰカたちの考えである。何となれば、実際に面識のある者同士なのかもしれないと思っていた。


「とりあえず、やってくる妖怪たちを確認しましょっと……」


 ラヰカはそう言いながら添付されている妖怪たちのプロファイルを見る事にした。しげしげと眺めようとしたところで、伊予が小さく声を上げた。驚きの声というよりも、思わず声が漏れたという感じである。


「見てくださいラヰカさん。この雷獣君、雷園寺雪羽って言うそうですよ」

「本当だね。それじゃあうちのチャンネルを見ているyukihaってこの子の事かなぁ」


 実名をハンドルネームにするとはたまげたなぁ……ラヰカはそのように思っていた。きっと隣の呆れ顔の伊予も同じ考えであろう。

 ちなみに九尾の子孫の方は島崎源吾郎というそうだ。きっと彼がきゅうびなのだろう。

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