スカイフィッシュの怪 ※ややホラー

 お、おぅ久しぶりだな。俺らも高校卒業してもう五年も経つんだぜ。俺ももう大学も卒業して社会人になっちまったし……あ、そうか。お前は高校出てすぐに就職したから既に社会人だったなぁ。ははは、入社六年目ってすごいよな。え? 縁故入社だし自分はまだペーペーだから大した事ないってぇ? そんなご謙遜を。縁故入社も縁故入社で大した話だし、そもそも文系だったのに研究職とかすごいじゃんか。

 

 夏休みも短くなったけど、満喫できてる? へぇ、この前は友達と一緒に海で遊んだのか。途中で変なのに絡まれたけど撃退した? またまたぁ、お前が変なのに絡まれるなんて珍しいなぁ……あ、ごめん。別に面白がってるわけじゃないよ。言うて何事も無くて良かったな。え、別に気にしなくて大丈夫かぁ。

……そうだ。ちょっと夏っぽい事でもやろうかな。お前は海に行って夏を満喫したみたいだからさ、俺は怪談話でもやろうかな。

 お、そんな顔をするなよ……いや、よく考えたら昔から怖い話は苦手だったか。まぁでも大丈夫だよ。確かに怪談かもしれないけど、怖いというよりどっちかって言うと怪奇現象的な話だし。人死にも無いから安心してくれよ。実話だけど。

 実はな――これは別に駄洒落じゃないけど――この話は俺の父さんと母さんが実際に出くわした事なんだ。三十年くらい前らしいから、俺らが生まれる前の話だよ。ああ、そんなに怖くなさそうだって。よし、じゃあ話すぞ。


 両親がまだ若かった頃は怪奇現象ブームがあったんだ。人面犬とか口裂け女とかああいう類のやつさ。特に若かった頃の父さんと母さん――当時は結婚してなくてカップルだったんだけどな――は、スカイフィッシュが気になってたんだよ。白くて細長くて、沢山のヒレで泳ぐって思われていたアレさ。本当にそんなのがいるのか、俺にはちょっと解らないけどね。

 ともかく両親は、その夜スカイフィッシュを探そうって事で山道のドライブにしゃれ込んだらしいんだ。まぁもしかすると、スカイフィッシュなんて単なる口実だったのかもしれないけどね。

 でも……その出先で二人を乗せた車はとんでもない事故に巻き込まれたんだ。どうでもスピードを出した暴走車にぶつかられて、そのままコースアウトしたらしいんだよね。普通の車道でもコースアウトしたら大変な事になるだろう。ましてや、二人は山道を走っていたんだから――


 二人は奇しくも車の外に投げ出されたんだけど、動けるような状態じゃなかったんだ。血みどろだったし、骨も数か所折れていたらしいからね……むしろ頭や内臓を傷めなかったのが奇跡的だったのかもしれない。

 それでも父さんは絶望的な状況だと思ったんだ。痛みと混乱で身体は動かないし、離れた所で倒れる彼女は意識がなさそうだし……加えて自分たちがいるのは山道の外れで人が来そうな所じゃあない。正直なところ、終わりが見えてしまったんだよ。


 父さんが思いがけない物を見たのは丁度その時だった。ぼやけた視界に移ったソレを、まずスカイフィッシュだと思ったらしいんだ。濃紺の空を背景に、白銀に輝く軌道を見せながら飛んでいたからね。すぐ傍に舞い降りてきた時には猫みたいな獣に見えたらしいんだ。銀色の毛皮が所々金色に光っていて、瞳は翡翠みたいな色合いだったってね。

 だけど父さんの許に近付いてきたのはスカイフィッシュでも銀色の猫でもなかったんだ――子供の姿をしたナニカだったらしいんだ。人間で言えば十一、二歳くらいの男の子で、奇しくもみどりの目をしていたんだよね。

 その子供が単なる子供ではない事は父さんもすぐに悟ったんだ。昔とはいえ車が落ちているような山道に子供が一人でふらふら歩く訳なんて無いからね。倒木とか朽ちた枝や落ち葉が堆積しているその道を、その子供はスキップでもするような塩梅で歩いていたらしいんだ。しかも暗がりなのにうっすらと輝いていたって言うから、尚更普通の子供じゃないよ。ついでに言えば子供の周囲には大きな獣みたいなのが何匹も取り巻いていたからね。


「遊んでたらなんか派手な音がしたと思ったけど、こんな事になってたのかー」


 父さんたちを見て子供はそう言ったんだ。そう言った後に、子供の周囲の獣が蠢くのを感じたとも言ってたかな。獣の唸り声や物音も不気味だったけれど、その中心にいる子供はもっと得体が知れず薄気味悪かったんだよ。何せその子供の口調は、面白いおもちゃを見つけた子供のそれだったんだからね。悲惨な事故現場を見た人間の言動じゃない、人間とは違う何かだと父さんは確信したんだ。

 そうしているうちに、彼女の声が聞こえた。子供は父さんを見ていたんだけど、獣の一匹が彼女に近付いていたんだ。いつの間にか彼女は目を覚ましていて、何か言っていたんだって。助けを求めていると思ったんだけど、父さんは動けないからなす術もなかった。

 そんな父さんをあざ笑うかのように、全身に何がしかの液体がかけられたんだ。アルコールみたくツンとした香りで、傷口と言わず肌全体がピリピリする感覚に襲われてしまったんだよ。俺は確かに怪奇現象を見たいと思っていた。しかし、本当に目の当たりにした化け物が恐ろしいなんて……そう思いながら父さんは意識を失ったらしいんだ。


 目が覚めると、父さんと彼女は揃って病院のベッドに寝かされていた。医者によると、病院付近の大通りに二人とも並ぶように倒れていたらしいんだ。二人とも服はボロボロで血を流した痕はあったけど、肝心の傷は既に塞がりかけていたってね。

 不思議そうに彼女と顔を見合わせながら、父さんの脳裏にはあの奇妙な子供の姿が浮かんだらしいんだ――



「――とまぁ、この話はこれでおしまいだよ。父さんはスカイフィッシュの怪って言ってるかな。多分自分が遭遇したのはスカイフィッシュの化身だって言ってきかないんだ」

「ま、まぁ……お父様もお母様も無事で良かったじゃないか」


 島崎源吾郎は、高校時代の知人の怪談話に耳を傾けていたが、その面には渋い表情が浮かんでしまっていた。

 それを目ざとく見つけると、知人は少しバツの悪そうな表情を浮かべた。


「まぁ、入院する羽目になったから完全に無事とも言えないけどね……あれ島崎? 怖い顔をしてるけど大丈夫? やっぱり怖かった」

「別に大丈夫さ」


 大丈夫と言ったものの、それが嘘である事は源吾郎も知っていた。実の所、話を聞きながら胸の中が波打つのを感じていたのだから。

 話の一部始終を聞いていた源吾郎は、この話に妖怪が関与している事にすぐに気付いた。正直な所自分もに近い存在なのだが、それを今知人に話してもどうにもなるまい。


「まぁ確かに俺は怖い話は苦手だけどさ、姉がオカルトライターをやってるから、そのお陰でそうした不思議な話とかは割と平気なんだよ」

「そっか。それなら良かったよ」


 知人は源吾郎の弁明に安堵した様子を見せていた。源吾郎はそんな知人を眺めていたが、彼は「スカイフィッシュの怪」の言動について思いを馳せていた。容姿と言い特徴と言い源吾郎が知っている妖怪に恐ろしいほど合致する。さりとて、三十年も前の事だから、今更源吾郎が尋ねても詳しい事は向こうも覚えていないかもしれない。


「それにしてもさぁ、何でスカイフィッシュは父さんたちを助けたんだろうね」

「さぁ何でだろうな……それは俺にも解らないよ」


 国語の教科書のやり取りみたいだと思いつつも、源吾郎はそう答える他なかった。

 恐らく知人の両親を助けたのは、源吾郎が良く知るあの雷獣の少年であろう。彼の周囲に取り巻いていたのも、カマイタチだとかアライグマだのと言った手下の妖怪だったのかもしれない。

 彼が人間を襲わない妖怪である事は源吾郎も良く知っていた。しかし取り立てて人間に友好的ではなく、むしろ無関心な方である。そんな彼が何故わざわざ手下を使ってまで助けたのか。それは源吾郎にも解らない。

 まぁ、妖怪というのは身勝手で気まぐれな存在だからなのだろう。自身も妖怪の血を引く源吾郎は、そのようにフワッと考える程度にとどめたのだ。

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