宵闇メイロウ奇譚

@richokarasuva

それは空の赤い日だった

それは、その年初めて氷の張ったのを見た、その夕さりの時のこと。

人は誰しも、恋をするものである。その思いをこぼさぬよう、何よりも厳重に心に鍵を掛ける者も居れば、成就させることを目指して積極的に立ち回る者もいる。

俺は専ら、自分のことを前者だと思っていた。が、今回だけは後者のふりをすることにした。柄でなくおしゃれをして、会話が得意でもないというのに、冷や汗をかきながら、とにかく積極的に話しかけた。

きっと、彼女にも俺の好意は薄々勘付かれていたであろう。むしろそれを狙っていた。

恋に不慣れな人間がよくやる手段であろう。


俺は肉体的にも、精神的にも血を滲ませて、来たる一世一代の瞬間がため、自分を磨き続けたのだった。

そしてそれが彼女に伝わり、血と汗で肥やした果実は必ず実を結ぶと、俺は半ば盲信していた。


まぁ、盲信は所詮ただの盲信で終わったのだが。



俺は今、失意の中、運動部の連中からされるがままに雑用を押し付けられたのであった。

暇そうだからって面倒なことを押し付けんじゃねぇよ、という思いも伝わるはずもなく。人の考えなんて伝わるはずないんだよな…なんて俺は悟ったように思いつつ、ゴミ袋を収集所に投げ入れた。あとで何か奢るようにLINEしておこう。



 押し付けられた仕事を全部終わらせたのち、置いてきた荷物を取りに、俺は教室に戻った。今日は学校で定められた部活動中止の日なので、文化部ですら校内にはいない。

 もしも彼女と鉢合わせたら、という心配は杞憂に終わった。がらんとした教室の隅───埃の溜まったそこに視線を落とせば、なぜか途端に目の奥が熱くなった。


「“今はそんな気分じゃない”って…どんな気分だよクソ。じゃあ、いつだったらよかったんだよ」


目を閉じた俺の視界が、ぼんやりとした赤に染まる。それすらも、俺の傷心を逆なでた。



 俺は目を開け、その夕陽に向き合う。彼女の、短く切り揃えた髪にその色が差し込むと、とても綺麗な紅葉色になる、ということを思い出した。

クソ、と毒を吐いて、俺はそれに背を向ける。頬が濡れた気がしたが、きっと気のせいだ。気のせいに決まっている。


 俺が玄関を出ても、まだ朱色の光は、俺の体を照らしていた。昨日まで夕日を阻んでいた廃工場は、昨夜燃料かなんかが引火したせいで半壊している。そこの断熱材がグラウンドに散乱したせいで、俺が駆り出されることになったわけだ。

どうやら世界はどこまでも俺をおちょくる気らしい───怒りに顔を歪ませるのもどこか惨めで、俺はできるだけ真顔でいることに努めた。


もう学校には俺以外、誰もいないというのに。


俺は半ば諦めたように、一歩を出した。夕日はもう、沈みかけていた。

失恋は失恋として、受け止めるほかあるまい。気に病んでいても、誰が得するわけでもない。


冷たい一陣の風が、俺の背中を押すように吹き付けた。それに押されるように、俺はもう一歩を踏み出し────


俺の記憶は、ここで途切れたのだった。

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