第40話

 炊事場に着くと、白澤がカレーに使う野菜を切っていた。皮を剥くのも野菜を切るのも、とても手際が良く見ていて感心するレベルだ。


 俺は思わず黒崎を見た。


「何かしら?」


「⋯⋯⋯⋯いや、別に」


 たぶん野菜とか上手く切れないんだろうなぁ、と哀れみの視線を向けていたのがバレたらしく、黒崎は険しい顔でこちらを睨んでいる。変なところが敏感なやつだ。

 白澤は俺たちに気付いたらしく、こちらに笑顔で手を振ってくる。⋯⋯包丁を持ったまま。


「あ、危ない危ない!包丁をまず置け!」


「えっ?⋯⋯うわあっ!」


 俺の注意を聞き、白澤は慌てて包丁をまな板の上に置いた。基本的にハイスペックなんだが、たまに致命的なポンコツっぷりを発揮するんだよな。これが常時起きているのが黒崎であり⋯⋯マジでどうやって生きてきたんだろう、こいつ。


 そんな黒崎は、腰に手をあてながら白澤に「やれやれ⋯⋯」とため息を吐いていた。お前だけは言うな。


「黒崎さんも飯盒係なんだね!」


「えぇ。自慢じゃないけれど、私に味に関する部分を任せるのは自殺行為よ。折角の思い出をぶち壊す趣味は無いから、自分から飯盒係を買って出たの」


「ホントに何の自慢でもないな⋯⋯。⋯⋯なんだよ?」


 訳の分からない黒崎の自慢に呆れていると、黒崎は持ち前の顔面偏差値をフル活用した上目遣いをこちらに向けていた。大変腹立たしいが、顔だけは本当に一級品なのだ。うぜぇ⋯⋯。


 何をして欲しいのか分からなかったので、しばし考える。黒崎がこうやって媚びる時はロクなことが無いので、出来れば無視したいところだが。


 それでも思い浮かばないでいると、白澤は何かに気付いたらしく、黒崎の頭に手をやって良い笑顔を向ける。


「黒崎さん偉い!偉いね〜!自分から動けて偉いね〜!」


「ふふん。⋯⋯はぁ、天城くんはまだまだね。白澤さんに弟子入りしなさいな。ふふ、白澤さんは本当に良い子ね。私の親友になっても良いわよ」


「そ、そう?えへへ」


 ⋯⋯⋯⋯アホらし。バカ二人をその場に残し、俺は飯盒用の米を取りに行く。美少女ふたりがきゃいきゃい騒いでいるのは絵になるが、俺には俺の仕事があるのだ。⋯⋯ただ、後であの光景の写真は買っておこう。写真部よ、お前らの本気を見せてくれ。




 食材が色々と置いてあるところに着くと、そこでは木崎が色々な食材を見て唸っていた。


「木崎?何してんの?」


「わっ!あ、天城くん!⋯⋯え、えとね。どうせなら良い食材を使おうと思ってたんだけど⋯⋯あ、あんまりこういうの分からなくって⋯⋯」


「ふーん。ちなみに、何の食材で悩んでるの?」


「お、お肉と玉ねぎ⋯⋯」


 なるほど。気にしすぎる性格の木崎らしい悩みだ。ちなみに、前の嘘告白の真相を知らないまま、木崎は健やかに学校生活を送っている。良かったね。


 とりあえず肉はどれでも一緒くらいの肉だ。正直どれでも変わらないだろう。

 なので、俺は玉ねぎの目利きを手伝うことにした。教師陣も、一々良いものを狙って食材を買ってはいないだろうからな。


「肉は全部同じくらいだからなんでもいいぞ。玉ねぎは、丸々太っていてこの先っぽが細くなってるやつ。硬くて重たいやつが良いらしいわ」


「そ、そうなの?天城くん、なんでも知ってるんだね⋯⋯!」


「恋愛相談の一環で、ダイエット弁当とか作ってやったりするから、スーパーとかで買い物するんだよね。新鮮な野菜の情報とかは、俺もネットで調べたのを使ってるだけだよ」


「す、凄い⋯⋯!お料理もで、出来るんだね!」


「そ、そう?へへ⋯⋯なんか照れるな」


 こんなに素直に、凄い凄いと褒められたのはいつぶりだろうか。周りを見渡してみれば、素直さとは対極にいるような奴らばかりだ。

 中々出来ない体験に、らしくなく素直に照れてしまった。へへ⋯⋯こそばゆいぜ。


 それから木崎と幾ばくか会話を交わした後、俺は目的だった米を持ち飯盒の所まで歩く。ぼちぼち米を炊かないと、カレーが出来るタイミングと合わなくなりそうだしな。


 戻ると、壁に背中を預けてスマホを弄る黒崎の姿が。あいつ、米を取りに来ないと思っていたが何してんだ?と思っていると、ビックリすることを宣う。


「あら?なんで私の分の米を持ってきてないのよ、天城くん!」


「自分で取ってこいや!!」


 こいつの目には俺が奴隷に見えているのだろうか?俺は黒崎の背中に怨念の視線をぶつけながら、本気で黒崎の将来が不安になるのだった。

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