第28話

「私は、諸田先輩に迷惑をかけたくなかった。だから、黙っておいたんです。でも、それからも諸田先輩が放送部で女の子たちにセクハラ紛いの事をしてるって聞いて、後悔してました⋯⋯。だから今日は良いきっかけだったと思います。諸田先輩、もう女の子を傷つけるのはやめてください!」


 水瀬先輩に抱き寄せられながら、木崎は諸田に忽然とした態度で立ち向かう。普通に考えて、上級生の異性にジャージを盗まれるというのは恐怖でしかないだろう。諸田が放送部で何をしているかは知らないが、これで変態行動が鳴りを潜めれば良いが。


 結局、諸田は嫌われているだけで漫研に入れなかったわけではない。木崎のジャージを盗むという罪を犯したから、漫研に入ることが出来なかったのだろう。慰めてもらった木崎より、それを聞いていた水瀬先輩の方が嫌悪感が高いのも頷ける話だな。人のために怒ってあげられる水瀬先輩は、今まで会った人間の中でもかなり出来た人間だと思う。


「ご、誤解なんだ姫華ちゃん!そ、それはそう!誰かが僕を陥れるために仕組んだ罠なんだ!信じちゃダメだ、そんな顔でしか見てない女の話なんか!」


 しかし、諸田は挫けない。水瀬先輩を悪者にして、この場を切り抜けようとしている。別に諸田が悪いやつじゃなければ、水瀬先輩とくっつけるのに協力しなくも無いかと思って⋯⋯ませんでした、すんません。あそこまで嫌われてると物理的に無理なので、お断りしてました。

 とにかく、ここまで諸田が正真正銘のクズ野郎だとは思いもしなかった⋯⋯。本当、呆れ返るほどのゴミ男である。曽根山って良いやつだったのかもしれん。


 俺は諸田の関節をより痛めつけるよう、腕に力を込める。痛がっているが、自業自得だこのアホが。


「流石に苦しいんじゃないか、諸田」


「お、お前ぇ!僕は先輩だぞ!!水瀬さんを誑かした男が!!敬語使えよ!」


「何言ってんだ、お前に敬う価値なんか1ミリも無いだろ。よいか?お前のやった事はれっきとした窃盗罪だ。その上で、木崎さんの心も傷つけた。控えめに言ってゴミだぞ、お前」


 諸田を掴む力をさらに強める。俺の言葉と痛みに怯えながらも、ここで素直に認めれば最悪学校生活が終わりを迎えてしまうためか、どこまでも強情な態度を崩さない。初対面の時から、たぶん俺には怯えの感情があるのだ。同性で、どう見ても俺の方が強そうだから。

 諸田は、今までもそうやって力のありそうな男には媚びへつらってきたのだろう。代わりに、非力で黙らせられそうな女相手には強気になる。でも女に相手にされるはずもないので、結果的に女の中でもとびきり弱そうな木崎のジャージを盗んで性的欲求を満たしたのだろうか。男としても、人間としてもゴミのような人間だ。


 この期に及んで俺にキレたり、水瀬先輩にキレたり、逆にすごいなこいつ。初対面の相手にこんなにドン引きしたのは、生まれて初めてだよ。


「諸田先輩⋯⋯もう、私たちの前に現れないでください。もし、これからまた放送部での悪い噂を聞いたら⋯⋯この映像を、生徒指導の武田先生に見せます!」


「なっ⋯⋯!⋯⋯⋯⋯なんだよ、結局姫華ちゃんも顔なのかよ⋯⋯!お前だって陰キャのくせに、一丁前に陽キャのイケメンと付き合いたいのかよ!!」


 今度は木崎に逆ギレする諸田。何を見当違いのことを口走ってるんだ?今はお前の顔とか俺の顔なんてのは関係なく、お前が木崎のジャージを盗んだからこんな話になってるんだろうが。


 しかし、諸田はそんな事お構い無しだ。俺に身動きを封じられたまま、必死な顔で俺たち全員を睨みつける。まるで、俺らが悪いかのように。


「だいたい、お前から誘ってきたんだろうが姫華ぁ!お前が僕に色香を使ってきたから、僕はおかしくなっちゃったんだよ!!先輩先輩って、僕に笑顔を向けてきたのは姫華の方じゃないか!名前で呼んで良いって、認めてくれただろ!?お前は俺のことが好きだったはずだ!!

 水瀬もそうだ!!僕に触ったり、話しかけたり、笑ったり!僕が好きなんだろ!?そうなんだろ!?僕が嫌いなら、なんでそんな事するんだよ!!このビッチどもが!!」


 うわぁ⋯⋯。見事なまでの責任転嫁。自分は悪くない、全部その気にさせた水瀬先輩と木崎が悪い。ジャージを盗んだのも、木崎が自分をムラムラさせたからだ⋯⋯。そう言いたいのだろう。


 昨今、こんなこと王様が言ったとしても炎上不可避だろう。それを、ただのデブス勘違いキモオタの諸田が?


 仕方あるまい、こいつのこの性根と存在は今後の活動に支障をきたす。男が嫌いになって、恋愛したがらない女子生徒が増えては困るのだ。


 悪いが、俺のため金のため⋯⋯ついでに、コケにされた水瀬先輩と木崎のために。このクズ野郎を徹底的に叩きのめす。

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