第23話
我が家の最寄駅である城家駅から中々離れた位置にある海岸沿いの駅、文字海駅で俺たち兄弟は電車を降りた。なお電車賃は兄(姉)の奢りである。
俺は軽く絶望した気分になりながら、兄(姉)とケーキ屋に並ぶ。誰も俺たちをカップルだと判断し疑わない。
なんでだろうな〜⋯⋯女体化した兄と俺があんまり似てないからかな?それとも、兄が俺の腕に抱きついているからかな?なんでこの状況で胸が俺の腕に当たらないの?当ててんのよ、っておっぱいの感触くらい味わってもバチ当たらないよね?
並ぶこと約30分。ついに俺たちはケーキの購入に成功。女体化した兄とデートに付き合わされ、ケーキ屋の行列に30分並び、その褒美は何も無い⋯⋯。このケーキも、ちゃんと割り勘だったし。「割り勘でいいか?」じゃねーよ。どこの宇宙人だよ。割り勘、私の苦手な言葉です。
ちなみに、ケーキは良くあるショートケーキサイズだ。これで750円⋯⋯⋯⋯。いや、何も言うまい。何もな。
というわけで、ケーキを買った俺たちは空いてる席を探している⋯⋯わけなのだが。
「あれ!?天城くんじゃん!どうしたのこんな所で!」
「うお、水瀬先輩」
オーマイガー。まさかこの状況で知り合いに会うとは⋯⋯。そう、俺は漫研の先輩である水瀬絢香先輩と出会ってしまったのである。最悪極まりない。
外行きの水瀬先輩は、全体的に暖色でまとめられたふんわりコーデになっている。うちの兄(姉)が見た目重視の結構キツい見た目をしているので、一周まわって水瀬先輩の服装は眼福だ。なんか目に良さそうだしね、うん。
それに、姫カットの黒髪を軽く巻いてよりふんわりさせている。ゆるふわガールって感じで、水瀬先輩の魅力をさらに惹き立てているようだ。眼鏡も赤い太ぶち眼鏡から、大きな丸眼鏡に変えている。
水瀬先輩は、驚き半分ニヤニヤ半分、という表情でこちらを見ていた。はぁ⋯⋯。
「もしかして、彼女さん!?デート!?」
「そーでーっす!ゆーくんの彼女、葵だよ〜!」
「違います。これは姉です。姉さんに頼まれて、このカップル限定ケーキを買うための彼氏役として連れて来られただけっす⋯⋯」
「もー!なんですぐバラすの〜!?つまんないじゃん!」
相変わらずおっぱいが俺に当たらないよう、器用に抱きついてくる兄(姉)。女体化兄のバストカップは、目算Dカップ。抱きついたのに、胸が空を切るほどちっぱいという訳では無い。
水瀬先輩は、兄(姉)を見て呆気に取られているようだ。まあどっからどう見ても、奇天烈人間だもんな。初見は驚きドン引きするものだ。
しかし、どうやら水瀬先輩は別のところで驚いていたらしい。
「やっぱり天城くんのお姉さんだからか、めちゃくちゃ可愛いね⋯⋯」
そっちか〜と思いつつ、俺は揶揄うチャンスが出来たことにほくそ笑んだ。
「え?それって、遠回しに俺の事カッコイイって言ってます?」
「えぇっ!?い、いや!そ、そういう意味で言ったんじゃ⋯⋯なく、ないけど⋯⋯」
指と指を突き合わせ、顔を赤くしながら俯く水瀬先輩。ちょっとからかっただけでこの反応⋯⋯。めちゃくちゃ可愛いなぁ。良いか、兄よ。これが本物だ。これが真のKAWAIIなのだ。兄のあれは、作られた可愛いなのである。
さすが兄弟、俺が可愛いと思ったことは兄も可愛いと思ったようで。鼻息荒くこちらに詰め寄ってくる。
「わ〜!可愛い!ねえねえゆーくん、この子私が貰っちゃダメ?」
「いやダメでしょ、倫理的に。あんた彼女おるやんけ⋯⋯」
「えぇっ!?お、お姉さん彼女さんがいるんですかぁ!?」
「うーん、まぁ厳密には違うんだけど〜?もう、ゆーくん余計なこと言わないでよ!」
「同好会の先輩が身内に二股かけられそうになったら、止めるでしょ普通⋯⋯」
いくら兄のセンサーに触れるほど可愛くても、水瀬先輩のような御しやすそうな年下の女の子では、良くても兄(姉)のセフレが関の山だろう。自分で言ってて兄のクズさに辟易してきた。ホントなんでこんなのがうちの兄なんですか?
水瀬先輩は、兄(姉)に彼女がいると知り、たぶん初めて女の子がイける女の子を見たのだろう反応を示した。まあ普通カミングアウトしないからね。あと、コイツは元の性別男だからね。気にしないでね。
しばらく水瀬先輩をからかっても楽しそうだが、それでは話が進まずケーキを食べられない。水瀬先輩と離れるだけで済むのだが、なんとなくここで出会ったのは、何かしら理由があるのではないかと俺は思った。
「こほん。それで、先輩はなんで文字海駅に?正直ここ、歴史資料館か水族館くらいしか無くないですか?」
そう、ここ文字海駅は臨海部に位置する駅ではあるが、まだ海水浴シーズンでも無いため、あまり観光するような所ではない。駅も大倉駅の方がよっぽど大きく、買い物目的なら微妙なところだ。前に水瀬先輩に聞いた時は、最寄りは文字海では無かったはずだし。
俺の質問に対して、水瀬先輩は困ったような笑顔を浮かべながら頬をかいた。
「いやー、実は私も天城くんたちが買ったケーキ目当てで来たんだけど、来てからカップル限定だって知ってさぁ⋯⋯途方に暮れてたんだよねぇ⋯⋯」
「そ、そうなんすか⋯⋯。今から彼氏さん呼ぶとかは⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯ごめんね、私彼氏いないんだ⋯⋯」
見るからに落ち込む水瀬先輩。水瀬先輩のような可愛い人に彼女がいないとは、3年生男どもの目はどうなっているんだ?
黒崎と白澤は可愛すぎて高嶺の花化した結果、彼氏がいないのはまだ分かる。しかし、水瀬先輩は言い方は悪いが手の届きそうな丁度いい範囲で可愛いの最大値を持つような人だ。正直、こういうタイプがこの世で最もモテる。故に彼氏がいないのはおかしい。もちろん、水瀬先輩のお眼鏡にかなう人物がいないケースもあるだろうが。
とても悲しそうな表情を浮かべている先輩を見てられなかった俺は、先輩と兄(姉)を引き連れて飲食スペースに腰掛けた。俺と兄が隣同士、俺の前に水瀬先輩が座る形である。
「どうぞ、そのケーキあげますよ。俺は姉さんから半分分けてもらうので」
「えぇっ!?わ、悪いよそんなの!それにほら、お姉さんめちゃ怒ってない?」
「え?」
そう言われて隣を見ると、決してケーキを分け与えないぞ、という表情を浮かべた兄(姉)の姿が。食い意地汚いんだよなぁ、この人。
仕方ない、なら俺のを半分にしよう⋯⋯。俺が食う量は、どっちにしろ変わらないわけだし。
「すんません、なら俺のを半分どうぞ」
「えぇっ!こ、これ天城くんがあの行列を並んで買ったものでしょ?」
「良いんすよ。むしろ1個あげるつもりだったのに半分になっちゃって、すみません」
「全然全然!!ほ、本当にいいの⋯⋯?」
「ここで会ったのも何かの縁っすよ。ほら、早くしないとケーキが温くなって微妙になっちゃうんで!」
「そ、それなら⋯⋯えへへ、ありがと」
そう言って、水瀬先輩はフォークでケーキを半分に分けると、片方を更に半分に分けてパクリと食べた。美味しそうに頬に手を当てる姿が、低身長と相まって子供っぽくて可愛い。これが父性なのだろうか?
一応姉を見ると、パシャパシャと写真を撮っていた。コイツは早く食えよ⋯⋯あんだけ食べたくて仕方ない感じ出てたんだからさぁ⋯⋯。
兄(姉)の姿に呆れていると、ちょんちょんと手を突かれる。どうしたのだろうと水瀬先輩を見ると、そこにはフォークにケーキを刺してこちらに向ける先輩の姿があった。
「はい、天城くんのぶん!」
「えっ⋯⋯あ、あざす」
物凄いナチュラルにあーんしてくる水瀬先輩の秘めたる魔性力に震えつつ、俺は水瀬先輩が差し出したケーキを口に入れた。流石に童貞臭く狼狽えなどしない。⋯⋯ちゃんと狼狽えてなかったよね?え?狼狽えてた?————黙れ!ドン!
ちなみにケーキの味だが⋯⋯まぁ、美味しかったんじゃないですか?高いとは思いましたけどね!これで750円か〜って思いましたけどね!!
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