恋愛斡旋人の天城くん

百香スフレ

第1話

「良いか曽根山そねやま、人間まず第一印象は外見が全てだ。とにかく痩せろ」


「あ、天城あまぎくぅ〜ん!もうちょっと優しく言ってよぉ〜!な、なんとか痩せなくても付き合える方法無いのぉ?」


「あいつがデブ専の可能性より、お前が痩せる方が確率高いだろ。だいたい、自分が痩せる努力もしないで彼女欲しいとかイケメン憎いとか失礼にも程があるから」


「ぐはぁっ!!い、今のはキいたよぉ⋯⋯!」


 放課後、とある空き教室。俺は目の前にいる曽根山そねやま慎二しんじに彼女を作る指南をしていた。ここは恋に悩む学生を導く救いの部屋⋯⋯として勝手に俺が使っている。


 俺の名前は天城あまぎ裕貴ゆうき。細かい説明は省くが、俺の仕事は恋愛を指南し、恋人を斡旋することである。


 ⋯⋯なに?ふざけてなどいない。真面目に、俺の仕事は男と女⋯⋯まぁ男と男でも女と女でも良いが、とにかくカップルを作ることにある。1組カップルが出来ると、恋愛の神様が10万円を俺に手渡してくれる。宗教系として扱われ、なんと納税義務は無い。ハッピー!


 ⋯⋯いや、だからふざけてない。この少子化を憂う日本国と契約した恋愛の神様が、恋のキューピッドを祖先に持つ俺に恋愛斡旋人の仕事を与えたのだ。同じように、恋のキューピッドを祖先にもつ者たちは恋愛斡旋人として動き出している。


 ⋯⋯ふふ、どうやらそろそろ受け入れてきたようだな。ここは「そういう世界」なのだ。ラブ『コメディ』なのだ。ふふふ。


 さてと。いたいけな読者諸君に説明が終わったところで、目の前でおんおん泣いているデブ⋯⋯曽根山に意識を戻すとするか。


「曽根山、お前は顔のパーツは悪くない。あとはその醜い脂肪を削ぎ落として、清潔感のある格好をすれば見た目問題は完璧だ。お前の好きな頭の悪い女のタイプは、とりあえず見た目だけ整えときゃアホみたいに食いつく。適当にセンターパートにしとけ」


高木たかぎさんのこと頭の悪い女って呼ぶのやめてくれない!!?こ、こんな僕にも優しくしてくれる天使のようなギャルなんだから!」


「違う。お前に優しいんじゃなくて、誰にでも優しいんだ、ああいう女は。優しさと好意を履き違えるな。それに、俺が高木に好きなタイプを聞いたところ『ビジュが全て!イケメンしか勝たん!』と言っていたぞ」


「ぐはぁっ!!ビジュ底辺の肉団子ですみませんッ⋯⋯!」


 はぁ、まったく。本当に困ったデブだ。


 俺たち恋愛斡旋人は、神から『愛の神業ラブ・スキル』という超能力的な技を与えられている。俺の愛の神業ラブ・スキル好感度看破ラブラブ・ジャッジだ。効果は、特定の対象が別の対象へ抱いている好感度を数値化するという能力であり、マイナス100からプラス100まで範囲がある。


 ちなみに、高木の曽根山への好感度は0。その辺の背景としてしか認識していないという事だ。これは嫌われているより芽がない。

 なお、愛の神業ラブ・スキルは俺たちキューピッドには効果を発揮しない。つまり、俺から相手への好感度と、相手から俺への好感度は分からないのだ。まぁ、数値化できずとも曽根山から俺への好感度はマイナスだろう。たぶん悪口言いすぎて本当に傷ついてる。しかし!俺は恋愛成就が仕事なのだ!天使の末裔も、時には鬼となり悪魔となろう!


 曽根山は身長158センチ、体重78キロ。顔のパーツは悪くないがデブな事で全て台無しにしている。それも中途半端なデブで、可愛い路線でいける可能性も無い。肌が女並みに白いのも、なんとなく不潔感があって良くないだろう。髪もなんか脂ぎってるし。


 やはり男は清潔感だ。昨今は塩顔が流行っているし、そこそこの顔なら髪と肌に気をつけて、身に纏うものをきっちりしとけば勝手に雰囲気イケメンが出来上がる。内面ももちろん大事だが、まずは外面が命である。


「天城くんは良いよね⋯⋯顔はかっこいいし、身長高くて脚も長いし、痩せてるのに筋肉もあって⋯⋯。目だけは、この世の闇を濃縮したみたいな死んだ目をしてるけど」


「人の目をブラックホールみたいに例えるな。あと、俺は人並みに食べて、人並みに運動をしている。毎日寝て食べてを繰り返す曽根山と違ってな」


「僕だって人並みに動いてるし、人並みにしか食べてないよ!それなら僕が痩せてないのはおかしい!この世界は理不尽だぁ!」


 悪いな、曽根山。俺は腐っても恋のキューピッドの末裔だ。神から与えられた究極の肉体パーフェクト・ボディなのだ。君たち普通の人間とは、作りが違うんだよ。悪いね、くっくっく。


 アホなことを考えてないで、10万円のためにも曽根山には頑張ってもらおう。かなり可能性は低そうだが、そこは恋のキューピッドとしてのプライドが許さない。この無謀な恋愛を叶えてやるぞ!


 そうと決まればまずは実行だ。曽根山をジャージに着替えさせ、俺も同様にジャージに着替える。


「よーし!まずは筋トレだ!甘々コースと鬼教官コース、どっちが好みだ?」


「⋯⋯普通のとかは選べ⋯⋯ナイッスヨネ、ハイ。じゃ、じゃあとりあえず甘々コースで⋯⋯」


「うぉっほん!ええっ!げえっ!あっ!あああっ!おっほん!」


 まったく仕方ないやつだ。この弛みきった脂肪と精神を叩き直すためには、まず鬼教官コースで始めてやろうかと思ったが⋯⋯。仕方ない。


 咳払いをひとつすると、喉仏を引っ込めて高い声を出すように声帯の準備を始める。よし、こんなもんか。腹筋の体勢で待機している曽根山は、何事だと驚きの表情を浮かべていた。


「じゃあ曽根山くん☆まずは腹筋10回頑張ってみよっか!☆」


「うわあああっ!?目の死んだイケメンから、アニメの美少女みたいな声が聞こえるぅ!?何これぇっ!?」


「おい☆さっさと腹筋しろ☆」


「あっ、これ完全に天城くんだ⋯⋯うっす」


 これは恋の神業ラブ・スキルでは無い。普通に俺が女声を出しているだけだ。まるで人気アニメのヒロインみたいな声が出ると評判であり、こういう童貞のオタクっぽいやつには効くことが多い。


「はい!いち☆に☆さん☆」


「うおおおおおっ!?な、何故か腹筋に力が漲ってくる!!」


「その調子だぞ〜☆よーん☆ご☆ろく☆」


 ふっ、童貞チョロ。せいぜい俺の可愛いボイスを原動力に腹筋を鍛えるんだな!


 それから約10分後、腹筋に力を込めて立ち上がれなくなるまで追い込んだ俺は、声を普通にして曽根山を支える体勢から普通に立ち上がった。


「よし、ひとまず腹筋はこんなもんだろ」


「あ、あれれれ⋯⋯?お、お〜い天使ちゃ〜ん!天使ちゃんのエンジェルボイスは⋯⋯どこ〜⋯⋯?」


「キモいこと言ってないで立ち上がれ、曽根山。次は鬼教官モードで走り込みだ!」


 まったく、曽根山はすぐ甘えたことを言いやがる。俺はどこからともなく(剣道部から借りた)竹刀を取り出すと、般若の顔に怒気をはらませ曽根山を追いかける。


「うわあああああ!般若だ!般若が見える!!」


「走れ゛え゛え゛え゛え゛え゛!追いついたが最後、ぶち殺すぞお゛お゛お゛お゛お゛!!」


「ひいいいいい!!」


 これも俺の特技、威圧だ。鬼教官コースでは、俺の秘めたる威圧感で相手の心を震え上がらせ、やる気を出させるのだ。これも勿論恋の神業ラブ・スキルではない。恋の神業ラブ・スキルは一人一つと決まっているのだ。


 走る!走る!走る!曽根山の足が止まれば、竹刀でケツを叩き無理やり走らせる。死ぬまで動き、死ぬまで動き、死ぬまで動かす!これが俺のダイエットだ。


 全力疾走を続けること5分。ヘトヘトになった曽根山はその場に倒れ込んだ


「こ、こひゅーっ!こひゅーっ!し、ししし、死ぬ!!」


「チッ、童貞ザコデブ野郎が。仕方ねえ、あと一撃そのデカッ腹に竹刀ぶち込んで終わりにしてやるよ」


「ねえそれ普通に暴力だよ!?今どき部活動の顧問でもやらないよ!!」


「うるっせえ!俺は今、鬼教官だ!返事は『はい』か『承知しました』だ!この肉団子が!!」


「ふえええええええん!!!」

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