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SEXtasyの投与で兵士を凶暴化させたとしても、特攻作戦などには使えるかもしえないが、野性的な本能に駆られた奴らに、細かい作戦を実行させるのはまずムリだ。だが、俺のように「通常の生活」を維持できていれば、それも可能になり得る。俺はその貴重なサンプルとして、生かされ続けてるってことだな……。
しかし、俺と似た状況ってのを、どうやって「作り出す」つもりだ? 俺の遺伝子でクローンを作ったとしても、そう上手くはいかないだろうし、時間もかかる。意図的に「二重人格の人間」でも作り上げるつもりか……?
「そうか。ではその実験結果については、大いに期待しながら報告を待つとしよう。何より今日は、私がこの目で見た片山君が、『正気を保っている』ことがわかったのが収穫だ。加えて、酷い薬物中毒に陥ったような、憔悴した様子も見受けられない。これは非常に重要なことだよ、橋本さん。今後も引き続き、研究に力を注いでくれたまえ」
橋本はご丁寧に、イスから立ち上がって「ありがとうございます!」と頭を下げた。俺の正気を確認するのが、この「面会」の目的だったわけか。こいつが俺のいる監禁部屋まで見に来るには、SPや護衛もそこまで引き連れてかなきゃならないし、そこで「極秘の話」をするわけにはいかないからな。俺と似た状態の兵士を作る話、ましてやそれがすでに実験段階に入っていることなど、易々と口に出来るものじゃないだろうしな。
橋本は立ち上がったついでに、「それでは……」と言い出し、この面会を終わらせようという雰囲気が漂い始めたので。俺はそこで、「ちょっといいか?」と、橋本と、そして目の前にいる「お偉いさん」に語りかけた。
「なんだね? 君も何か、言っておきたいことがあるのかね?」
目の前のお偉いさんは、「おやおや、これは意外だ」みたいな感じでそう問いかけてきたが、わざわざここまで連れて来ておいて、ただのサンプルとして見せるだけじゃ物足りないだろう。せっかく「正気である」ことを認識してもらったんだから、思考力もあるんだってことをわかってもらわなくっちゃな。
「すいません、片山さんに何か語ってもらう予定はなかったのですが……」
お偉いさんとの面会時間にケツがあるからか、橋本はあわよくば俺を黙らせようと、そんな風に切り出したが。逆にお偉いさんの方が面白がって、「まあいいじゃないか、まだ少し時間はある。何か言いたいことがあるなら、聞かせてもらうよ?」と、俺が話すことを許可してくれた。
ならば遠慮はいらない、ここは「言いたいこと」を言わせてもらおう。
「実は、ね。俺がこんな風に取っ捕まる前に、政府関係者とコネのある知り合いに、あんたみたいな人とコンタクトを取ってもらおうとしてたんだが。残念ながらその知り合いは、『不慮の事故』による死を遂げてね……ひょっとしたら、あんたもそのことを知ってるかな? とも思ってね。ぜひこの機会に、聞いてみたいと思ってたんだ」
お偉いさんはビックリしたような顔で俺を見つめ、橋本に至っては顔色が「さっ」と青くなったようにも見えた。
「す、すいません、失礼な口を聞いて……」
橋本は慌てて、お偉いさんに詫びながら、俺にそれ以上喋らせまいと必死だった。俺の背後に回って、両手で俺の口を塞ごうとしたところで、「まあまあ、橋本さん」と、お偉いさんが橋本を諫めた。
「片山君は確か、薬物法の施行後に、色々と『活躍』してたんだったね? 私もあの頃、裏でコソコソと動いている輩がいたことは覚えているよ。まあそれも、施行後の混乱期に大量発生した、期間限定の害虫みたいなものだと思っていたからね。放っておけばそのうち消えるだろうと、それに関する規制にまでは至らなかったな。そんな時代から今に至るまで、しぶとく生き延びて来たというわけだ。そのタフさ、したたかさは称賛に値するが。逆にここまで生き延びられた幸運に、もっと感謝すべきだな。自分の命を縮めるような発言をするのは、慎んだ方がいいよ。特に、私みたいな立場の者の前ではね」
「放っておけば消える、期間限定の害虫」などと言っていながら、そうやって俺を脅してまで話を逸らそうとしているのは、それだけこいつにとってこの件は、ヘタをしたら致命傷にもなりうるということだな。俺はこのお偉いさんが、恐らくは岩城を処分するよう指示を下した「当事者」であろうと、考え始めていた。
「まあ、ここまで生きて来れたことに関しては、大いに感謝してるよ。ならばその幸運を、存分に生かすべきだろうと思ってね。生き延びて来た幸運を、危ない橋を渡らないよう細心の注意を払いながら、細々と延ばしていくか。もしくは、運が悪かったら元々なかったもの、つまり『とっくの昔に死んでいたはず』だからと開き直り、自分の思うように生きるか。
正直俺は、SEXtasyの件で橋本さんにけしかけられるまでは、圧倒的に『前者』だったんだけどね。ここまで来たら、迷いはない。やりたいように、やらせてもらう。だから、改めてもう一度聞く。不慮の死を遂げた俺の知り合い、岩城のことを。あんたは知ってるな? その死に関わってるな……?」
橋本は「なんてことを」という顔をして、思わずのけ反り。お偉いさんは、刺すような俺の視線を受けとめながら、「ふふふ……」と笑った。
「どうしてもそれを聞きたいと言うのなら、教えてあげよう。ここでの話は監視カメラも盗聴器も仕掛けられてない、完全な『ここだけの話』だからね。君の言う通り、あの岩城という男とは、薬物法が施行された頃から面識があってね。もう何年も音沙汰がなかったんだが、久しぶりに連絡が来た。カインという珍しい薬物を手に入れたから、出来たらいつも自分がクスリを売っているマーケットより、高い金額を出しくれる買い手が欲しいとね。最初は今頃なんの用かと思っていたが、私もカインのことは知っていたらから、それならと話を聞くことにしたんだ。
カインはSEXtasyと同じく、元はと言えばMDMA系の薬物だからね。この施設で続けているSEXtasyの開発及び研究に用いる原材料を用いれば、カインの製造も可能になると考えた。そうなれば、SEXtasyは軍事・戦略用の取引しか出来なかったが、一般のマーケットに販売する、『目玉』の薬物が出来ることになる。悪い話じゃないと思ったんだがね、そこで岩城はSEXtasyのことを聞いて来た。ウワサばかりが先行する『幻の薬物』だが、私が見たことはあるのか? とね……。
あえて私に連絡してきて『それ』を聞いて来るということは、岩城はこの施設に関する情報も掴んでいるのではないかと考えたんだ。カインは私の気を引くための『きっかけ』に過ぎず、岩城の目的の本丸はSEXtasyなのだろうと。入手困難なカインの純正品を持ってきて、私に接触してくるという行動が、それを裏付けていると思えた。後から橋本さんに聞いて、それらは全て、橋本さんと片山君が仕掛けたことだったと知ったのだけどね、その時はそこまで考えが及ばなかった。
そこで私は岩城を、SEXtasyの『食のイベント』に招待したんだ。もう一方の『愛のイベント』……捕食本能が出ない、男女が交わるだけのイベントでは、SEXtasyについて調べていた者が見るには、インパクトが弱いかと思ってね。出来れば岩城を通じてカインを入手するのではなく、その製造元を知りたいと考えていたからね。それを前提とした、私なりの『誠意』のつもりだったんだが……そこで、個室内で電波を感知したという報告を受けた。もちろん『参加者』には個室に入る前に、撮影や録音などはお断りしているのだが。眼鏡に仕掛けた盗撮用カメラという昔ながらの方法は、逆に盲点だったよ。岩城が個室を出たところで捕まえ、眼鏡とスマホは回収させてもらったというわけだ……」
岩城が処分されるに至った経緯は、ほとんど俺の想像していたものと一緒だった。そして目の前にいるお偉いさんが、岩城の死に深く関わっているということも……。俺は自分の中の「決意」を更に確かなものにしながら、お偉いさんの話をじっと聞き続けていた。
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