28
俺の監禁部屋での「とりあえず待機」が始まってから、3日後。予想よりも随分と早く、「面会の日」がやって来た。
「実はですね、日野さんのデータをここの研究者に渡していて、データの解析とカインの開発を始めていたのですが。それがなんとか形になり、試作品を作るところまで来たそうです。それで、政府関係者の方にもぜひご覧頂きたい旨を昨日お伝えしたところ、予定を変更して本日、急遽いらっしゃることになりました。来るついでに施設内の設備を視察されていくそうで、その中で30分だけ時間を取ることに成功したんです。先方も、『唯一無二の存在』である片山さんには、たいそう興味を抱いてましたので」
先方の事情とやらはともかく、カインの試作品を見に来るついでに、その他の用事も済ませておこうってことか。まあ色々とお忙しいんだろうし、ここに来る頻度も高くはないだろうから、やれることは一度にやっておこうってことだろうな。
「ただ、これは本当に申し訳ないんですが……片山さんが唯一無二の存在であることは間違いありませんが、同時に『極めて稀なケース』でもありますので、安全面を確保するため、今日の面会も両腕を拘束した状態で行わせて頂きます。なんせ先方は、与党の大事な方ですので、それは、ご了解頂ければと……」
まあ、それも仕方ないだろうなと、俺は黙って受け入れることにした。それだけのお偉いさんである責任者が視察に来るとなれば、警備体制も整えなければならないだろうし、ましてやそれが予定変更に伴い急遽決まったことであれば、最悪の事態を想定して、「凶暴化する恐れがある者」を拘束するのは当然の措置だろう。
「時間になったらまた呼びにきますので、それまでまた、しばらく待機していてください」と言い残し、橋本は足早に監禁部屋を去って行った。橋本も、滅多にその「お偉いさん」と会うことはないだろうから、このチャンスに自分を出来るだけアピールしておきたいと考えてるんだろうな。なんせこないだは「この国を牛耳る立場に近づけるかもしれない」なんて、妄想めいた野望を口走ってたくらいだからな……。
そして1時間ほどが経過した頃、橋本が再び足早に戻って来た。
「それでは片山さん、参りましょう。すいません、お願いします」
俺を両腕を拘束するのは、いつもやり慣れている「見張り番」が請け負った。いつもなら、そこから見張り番が俺の腕を「ぐいっ」と引っ張って「引率」を始めるのだが、今日は見張り番が一緒についてくるとはいえ、案内役はあくまで橋本の役目だった。
俺は橋本と共に、前にも一度通った「渡り廊下」を抜けて、別棟の建物へ入った。例の「兵士工場」などがある建物だ。他にも幾つか区切られたスペースがあるが、橋本の言った「デモンストレーション会場」がどこで、その他が何のためのものかまではわからない。その中で、兵士工場のスペースはここだったなと、俺は記憶の糸をたぐりながら、尚も奥へと進んでいった。
その先は初めて来る「未知の場所」で、突き当りにあったエレベーター前で、見張り番は「お役御免」となり。橋本と2人で、内側の壁が鏡のように綺麗に磨かれた、ちょっと豪華仕様のエレベーターに乗って上の階に着くと。そこは会議場のようなフロアになっていて、エレベーターを降りた両側には、銃を持った兵士が待機していた。それだけ、この階に「VIP」が来ていらっしゃるってことだな……。俺は内心わくわくするような胸の高まりを感じながら、橋本の後をついていった。
お偉いさんがいるらしい会議室の前には、おそらく専属と思われる黒服のSPが2人、ドアの前に立っていた。さすがは与党の重要人物だな。橋本が黒服に面会の旨を告げると、1人がドアを開け、中に入るよう手で指図をした。もう1人は、何か少しでもおかしな動きがあったら見逃さないとでも言うように、じっと俺と橋本の挙動を注視している。まあ、両腕を拘束されている状態で、おかしなマネが出来るはずもないのだが。
俺と橋本が中に入ると、SPも中に入って来るのかと思ったが、会議室には入らずにそのままドアを閉めた。ここでの話は、SPにも聞かせられない「機密事項」だということなのだろう。そして部屋の奥にあるテーブルの向こう側に、でっぷりとした体格の男が座っていた。
「やあ、橋本さん。それから……片山史郎くん、だったね? 君に会えるのを、楽しみにしていたよ」
イスに背を持たれながら、美味そうに葉巻をふかすその男の顔には、俺も見覚えがあった。首相の経験こそないが、与党では幹事長から政調会長、国会の議長まで務めたこともある、歴代の重要なポストにずっと就いている人物だ。最大派閥を裏で操る「影の
「今日はわざわざ時間を割いて頂いて、ありがとうございます。ぜひ一度、片山さんと直にお会いして頂ければと思い、こうしてお伺いしました」
そう言って橋本は、深々と頭を下げた。俺はそのままの体勢でいたが、両手を拘束された状態でお辞儀をするのもシンドいので、そこは大目に見て欲しいところだ。
そんな俺の様子を見ながら、そいつは「不自由な恰好で済まないね、どうぞ掛けてくれ」と、テーブルの前にあるイスを手で指し示した。俺と橋本は2つのイスに並んで座り、そいつと向かい合うような体勢になった。
「SEXtasyを投与されていながら、通常の生活を送ることが出来ている。更に、投与した量が本能を表出する相当量には至っていないのにもかかわらず、その兆しが伺える。加えて、個人の意思で本能の表出を抑えることが出来ている……か。これが本当だとしたら、片山くん、君は本当に『得難い存在』だ。私自身だけでなく、我が国にとってもね」
そいつは橋本が提出したのであろう資料に目を通しながら、満足げに頷いた。橋本はそれに応えて、身を乗り出すようにして語り始めた。
「はい、私もそう思っています。そしてこれは多分に、片山さんの突出した個性が影響しているのではないかと思います。ですので、片山さんのような症例を増やすというのは難しいかもしれませんが、『似た状況』を作り出すことは可能だと私は考えています。今はその仮定に基づき、実験を始めたばかりのところですので、その結果についてはもう少々お待ち下さい。しかし、きっとご期待に沿う結果を出せるものと、私は確信しております」
……俺に「似た状況」を作り出す、だと?!
そうか、そういう意味での「存在価値」か……。俺は改めて、橋本の野望が「目指すもの」を悟った気がした。SEXtasyの投与により凶暴性を増し、更にコントロール可能な「自我」を残した兵士。それが軍隊の確実な強化に繋がり、そのノウハウを「輸出する」ことで、多大な利益を得るという算段か……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます