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そう、なぜもっと早く、「それ」に気付かなかったのか。俺が見ていたカオリが、性欲を極限まで解放され、男たちと交わっていたのなら。それは当然、「俺自身のこと」であり。つまり、カオリに投与されたSEXtasyは、そっくりそのまま俺に投与されていることになる。
ならば……カオリが最後にチラッと見せた、「本能の表出」。あれが、俺にも「出かかっている」ということか……?
俺の顔に、かすかに不安な表情が浮かんでいたのだろう、橋本は俺をなだめるように、「心配はいりませんよ、片山さん。今のところは、ですが」と語りかけてきた。
「片山さんは、重度の薬物中毒症に陥った時に、その中毒症状を別人格のものと認識することで自我を保ち、立ち直ることが出来た。今回も同様です。片山さんにSEXtasyを投与したことは間違いありませんが、片山さんの中でそれは、『山下カオリが投与されたもの』と認識されている。なので、片山さんが中毒症に陥り、本能を表出するようなことになる可能性は、極めて低いと思われます。
その反面、別人格である山下さんは、本能を表出するギリギリのラインまで到達しています。片山さんも確認されたかと思いますが、今日の『イベント』の最後に、山下さんにはそんな気配がわずかに伺えました。これは私たちにも予想外で、これまでのケースから、投与して3日目の今日はまだ『安全圏』だと考えていました。これが別人格という特殊なケースによるものなのか、それとも片山さん自身が持つ特色なのか……そこまではまだわかりません。ともあれ、山下さんの症状が予想以上に進んでいることは、間違いないでしょう。
つまりですね。片山さんは、SEXtasyを投与されていながらその影響が出ていない、極めて稀なケースであり。しかも別人格の山下さんには、はっきりとその影響が見て取れるだけでなく、中毒症の進行に通常とは違う特徴がある。こんなケースは、今まで見たことがなかった。正直に申し上げましょう。片山さんは、これまでSEXtasyを投与した人間の中で、唯一無二の存在なのです。それこそが、あなたの持つ『本当の価値』なんです……!」
……俺が、唯一無二の存在か……。
何も望んでそうなったわけではないが、SEXtasyを投与されたことが間違いなのなら、こうして橋本と普通に会話出来ていること自体が、「稀なケース」ということなのだろう。SEXtasyの影響により、本能を表出させる危険を含みながらも、通常の生活を送ることが出来る。それが、「俺の利用価値」というわけか……。
「ここでマッドなサイエンティストがいたら、片山さんを解剖でもして、こうなった原因を体の隅々まで徹底的に調べ尽くすかもしれませんが。私はそんな、勿体ないことはしません。唯一無二の存在に、生命活動が出来なくなるようなことをしてどうするのかと。片山さんが今の状態で存在していること自体が、奇跡なんですよ。であれば、それを最大限に有効活用すべきではないかと。私は、そう考えています」
最大限に、有効活用ね。その「活用の方法」は、間違いなく橋本自身の野望に乗っ取ったものだろうなと、俺は予想していた。これまでずっとそうしてきたのだから、ここで路線を変更するということはあるまい。そう考えると、俺の今の状態も、橋本はある程度の予測をしていたのかもしれないと思えて来た。
俺がジャンキー状態に陥った時に、カオリという別人格を産み出すことでその危機を乗り切ったことを、橋本は知っていた。ならば、俺にSEXtasyを投与すれば、その時と同じ状態になるのではないか。SEXtasyを投与されたカオリを「客観的に見る、片山史郎」が誕生するのではないかと、橋本はそこまで予測していたのかもな……。
もちろん思い通りに上手くはいかない可能性もあったが、俺を捕らえた「奴ら」にとって、頑なな態度を取り続けてる俺は、いずれ処分すべき存在だった。だったら、そんな「実験対象」に使ってみるのも面白いと考えたのかもな。そう、唯一無二の存在だなどと、やたらと俺を持ち上げてはいるが。結局俺は橋本にとって、野望を叶えるための実験対象だったってことだ……!
「ご自分の持つ、類稀なる素晴らしき価値を、ご理解頂けましたでしょうか? もし宜しければ、その上で『ある方』に会って頂きたいと思います。あなたが『奴ら』と呼んでいる方……この施設の、事実上の責任者でもある方。薬物合法化施行直後の混乱期に、SEXtasyの開発を製薬会社に依頼し。その完成と衝撃的な効果を目の当たりにして、情報の隠蔽を試み。その一方で、ここまでSEXtasyの『有効活用』の場を広げて来た『政府関係者』の方に、片山さんをご紹介したいと思っています……!」
俺は内心、「遂に来たな……」と考えていた。こんな展開になった以上、遅かれ早かれそうなるだろうという予感がしていたのだ。そのことに対し、俺は何か運命的なものを感じてもいた。岩城が「昔のコネ」で接触し、SEXtasyの恐るべき効果を知られたために、「処分」という判断を下した奴。言い換えれば、岩城を死に至らしめた奴と言ってもいいだろう。橋本が言った「責任者の方」が、その当事者かどうかはわからないが。深く関わり合っていることは間違いない。これから俺が、どう動くにしても。そいつと一度、面と向かって話さないことには、先に進めないからな……!
俺はその「確たる思い」を、胸の内に伏せ。努めて「今まで通り」を装って、橋本にボソリと話しかけた。
「まあ、あんたの言いたいことは、だいたいわかったよ。まさか、こんな展開になるとはね……予想外にも程があるが、これが現実なんだと、認めなきゃならないんだろうな。俺にはまだ理解不可能な点もあるから、とりあえずはあんたに従うよ。だが、その前に……」
俺は橋本をチラリと見て、「ニヤリ」と笑った。
「……ここでちょいと、『一服』してもいいかな? カオリは別として、俺自身はここに来てからずっと『ヤクを断っている』感覚でね。ヤバい薬物を投与されてる身で、それは避けた方がいいのかな……?」
俺の問いかけに、橋本はここでも見事な営業スマイルを浮かべ、「はい、本来は避けた方がいいのですが……」と言いながら、懐から何かを取り出した。
「申し上げましたように、SEXtasyを投与した方の中毒症については、こちらで厳正な管理を行っています。ですので、今の片山さんが摂取できるギリギリの範囲内で宜しければ……物足りなさもあるでしょうけども、そこは了承して頂ければと思います」
俺がそういう要求をしてくるだろうと考えて、予め用意してたってことか。さすがに「やり手」だな。俺は橋本が差し出した小さなビニールの袋を受け取り、「わかってる。もらえるだけ有難いと思わなくちゃな」と、中に入っていた錠剤のカケラのようなものを、舌の先に乗せた。
「それでは、『その方』に会って頂くことも、ご承知頂いたということで宜しいですね?」
先に「エサ」を与えておいて、言いだした件の了承を取る。この辺りも、さすがと言えるやり方だ。この巧みな話術と戦術で、「奴ら」にも上手く取り入ったんだろうな……。俺はそれこそが、橋本の「存在価値」だと認めていた。それじゃあ俺も、その才能を存分に「有効利用」させてもらうとするか……。
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