25
俺が見ていたカオリは、俺自身の姿だった。
その言葉は、とてつもない衝撃となって俺の胸に突き刺さった。それまで、カオリが俺の別人格だなんて……と戸惑いながら考えていた俺にとって、「決定的」とも言える内容だった。
「そ、そんな馬鹿な。俺は確かに個室から、カオリを見ていた。そのはずだ……!!」
俺はテーブルに突っ伏して、額をテーブルの上にこすりつけるようにしながら、首を横に振り続けた。そんな俺に向かって橋本は、極めて冷静に、静かな口調で語りかけてきた。
「もちろん、個室から山下さんを見ている片山さんと、部屋の中にいる山下さんが、同時に存在出来るはずはないですから。片山さんは、個室に案内された自分と、部屋にいる『山下カオリ』を、記憶の中で整合性の取れるように『結合』していたんでしょうね。どういった思考経路でそう結びつけたのか、そこまで専門的なことは私にはわかりませんが。男たちに蹂躙され続ける山下さんを、自分自身とは認めたくないという思いが、自然と働いたのでしょう。そしてそれこそが、私たちの狙いでもあったわけですが。
山下さんを『白い部屋のイベント』に出演させることで、片山さんも相当にダメージを受けるだろうと予想出来ました。2日目の片山さんの様子を見て、これはいけると確信し。それで3日目の今日、鏡が透明なガラスになるという『芝居』を打ったのです。そのことにより、山下さんを一方的に見ている立場だった片山さんが、山下さんと『通じ合う』ことになる。それは恐らく、更に強烈なダメージになり得るだろうと……。
こう言ってはなんですが、全ては片山さんのためにしたことです。多少強引ではありましたが、そうでもしなければ、片山さんは『奴ら』と繋がることを頑なに拒否し続けたでしょう。しかしそれは、『奴ら』が片山さんに利用価値はないと判断し、岩城さんのように『処分』することにもなりかねない。私は、それだけは避けたいと思いました。ただ、片山さんがこの段階で、私の『目的』まで見抜くことは想定外でしたが。
精神的ダメージを受け、山下カオリとして肉体的ダメージを受けながらも、そんな思考を働かせることの出来る片山さんには、感服するしかありません。私としては、片山さんを『こちら側』に引き込んだ上で、山下さんが別人格であることは明かさずに、しばらくは『そのままの状態』を保ったままにするつもりでしたから。こんな形で『真相』をお話するのは、不本意ではありましたが。片山さんに色々と見破られてしまった以上、仕方ないでしょうね……」
俺は橋本の話を、何か遠くで聞えて来るかのように、ぼんやりと感じながら。「これまでのこと」を、少しずつ思い返していた。
……カオリはいつも、「気が付いたら、そこにいた」。日野の研究室でも、岩城のアパートに行った時も、俺の傍に、さりげなく。それはカオリの持つ、「不思議な魅力のひとつ」だと思っていたが。ようするに、俺がいる場所にカオリがいることは、「至極当然」だったわけか。岩城をペントハウスに連れて来る時に、カオリが「史郎の部屋よ」と言うと、岩城は「きょとん」とした顔をしていた。俺が急に「別人格」になったので、岩城も虚を突かれたのだろう。その後に橋本が、上手く説明しておいたんだろうな……。
そして俺は、カオリも俺と同様に、「優れた嗅覚の持主」だと思っていた。カオリが俺の別人格であったなら、それも当たり前ということだ。俺は日野の研究室で、岩城の映像を再生し。自分は一度見たものだからと、研究室を出て「一服」したんだな。そして、建物の外でコソコソしてる奴に気付いた……。
俺の胸の奥底から、『ようやく理解したかい?』と、勝ち誇ったような声が聞えて来た。心の奥に封印し続けていた、「真実を知る俺」が、橋本の解説によって解放されたのだろう。さっきまで、『そんなはずはない!』と反論していた「真実を封印したい俺」は、どこかへ消え去ってしまっていた。
そこで俺の頭に、「カオリ」としての記憶が、如実に蘇って来た。そう、「俺が見ていたカオリ」は、10名もの男に取り囲まれ、いきり立った性器を、無理やり口に押し込まれ……。
「うげえっっ!!」
俺はたまらずテーブルから顔を上げると、床の上に嘔吐した。記憶が蘇るのと同時に、口の中に出された「白濁色の液体」の感触も、鮮明に蘇って来たのだ。橋本はそんな俺を、何か同情するような目付きで、じっと見つめていた。……何が、「全ては俺のためにしたこと」だ。てめぇの野望を果たすために、決まってるだろうが。俺をとことん追い込んで、言いなりにしようっていう魂胆だろう。だが、俺が奴らに処分されずにいるのも、橋本のおかげなことは間違いないだろうがな。だからといって、橋本の言いなりになるつもりなど、更々ない。
橋本は、俺の敵意を込めた視線をさらっと受け流し。ここまで「真相」を明かしたからか、自分の「真の目的」を語り始めた。
「片山さんをそんな状況に追い込んだのは、申しわけなく思っています。しかしこれも、必要だったからこそなんです。あなたの『本当の価値』を、生かすためにも……」
俺の、本当の価値だと……?
そこで俺は、「はっ」と思い立った。カオリのことを指摘され、動揺するあまりに、ここまで考えが及ばなかったが。俺自身に関する、更に重要な事項を。俺は即座に、その疑問を橋本に問いかけた。
「カオリが、俺の別人格だったなら。俺は……俺自身の体にも、すでに『SEXtasyが投与されている』ってことか?!」
橋本は、我が意を得たりと言わんばかりに、「ニヤリ」と笑った。
「その通りです。あなたはすでに、SEXtasyを投与されている。それが、あなたの『本当の価値』に繋がるんです」
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