平和編

殺戮刑事の休日

【殺死杉の免許更新】


「しまった、この時期だったのを忘れていましたねェ~ッ」

 殺死杉は免許更新の連絡はがきを見やって言った。

 殺死杉は殺戮刑事――殺しのライセンスを持った公務員だ。

 しかし殺戮刑事といえど運転免許の所持者、であれば免許更新は避けられないイベントである。

 運転者講習は違反の有無によって時間や場所が異なる。

 運転に関する罪がなければ、優良運転者講習。

 運転に関する罪が軽微ならば、一般運転者講習。

 免許を没収されていないだけのカスならば、違反運転者講習に参加する。


 軽微な罪を抱えて生きるのが一般人か――殺死杉は心の中で独り言ちながら、自身の免許証を確認する。

 優良運転者か一般運転者か違反運転者か、もっとも簡単に確認する方法は自身の免許証の帯の色と有効期間を確認することである。


 帯の色は初心者ならば緑。

 優良運転者は金。

 それ以外の運転者は違反運転者も含め青色である。


 そして殺死杉はどす黒く変色した赤であった。

 血がべっとりとこびりついて顔写真すら確認することが出来ない。


「……金、か」

 殺死杉は自動車のことを交通手段である以上に、高速で相手を轢き潰す自走する鉄の槌として扱っている。

 だが、それ以外ではシートベルトを締め、法定速度の厳守を心がけ、標識に従っている。

 違反切符を切られたことが無い以上、自身のことは優良運転者と判断するべきだろう。


 殺死杉は運転免許証の形をした血の塊を財布に放り込むと、最寄り駅まで自転車を走らせる。電車で免許更新が可能な警察署に行けるのは良いことだ、殺死杉は心の中で思う。殺死杉の地元では免許の取得も更新も陸の孤島にあり、車を手に入れるために車が必要――という狂った状況にあった。

 駅に着くと同時に電車がホームに停まる。

 殺死杉はそれを見過ごして、自販機でジュースを買い、棘付きショルダーで駅利用者にタックルして回る迷惑客を射殺する。

 電車は五分間隔、目的の駅までは十五分。次の電車はすぐに来る、焦る必要はない。

(うん、あっという間です)

 空き缶と死体をゴミ箱に放り捨て、殺死杉は電車に乗り込む。

 殺戮刑事になるために上京してきたが、人混みと浪費を避ければ日々の生活は地元にいた時よりもかなり楽だな、殺死杉は痴漢の腕を折りながら思う。

「グェェェェ~~~~ッ!!!!!」

「ちょっと、車内で大声はやめてくださいよ!」

「あ、すいません」

 車内での拷問は迷惑になる、顔を赤らめて殺死杉は頭を下げた。

 そして痴漢の喉を破壊し、窓から放り投げる。

 乗り過ごすこともなく(もっとも乗り過ごしたところで大した問題ではないが)殺死杉は電車を降り、目的の警察署へと向かう。


「すいません、免許更新に来たんですが」

「うわあああああああああああああ!!!!殺戮刑事だあああああああああああああ!!!!!」

「あああああああああああああ!!!!!!殺人鬼!!!!殺人鬼が出たぞおおおお!!!!!!」

「きゃああああああああああああああああ!!!!!!!」

 血で汚れきった運転免許証を提出すれば、これである。

(こういう時には便利なんですよね、バッドリくんは)

 裁く法律が無いだけの犯罪者である同僚のことを思いながら、殺死杉はなんとか受付を落ち着かせ、各種手続きを済ませる。


「では、講習は十一時から開始ですので、遅れないようにお越し下さい」

「はい」

 時間までなにかやることがあるわけでもない、殺死杉は講習室に向かう。


「功徳!功徳!功徳!功徳!我はトラックで憐れな人間に轢殺百コンボ決め!異世界転生にて救済する優良運転者!!!」

「俺の愛車は光速を超え、誰も俺のドライブを目に映すことは出来ない!時を止まる世界を走っているも同然!!故に我がスピード違反も轢殺も無罪!優良運転者!!」

「運転講習を受けるたびに思うんです、僕らの運転しているものは所詮人を殺傷する鉄の塊、人が扱いこなせるものなんかじゃないって……だから運転者は全員ぶっ殺すぜぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

 ドロドロ煮込んだカスだけ集めたドス黒赤免許講習。


 入室した殺死杉は薄く笑い、銃とナイフを構えた。

 休日だというのに、犯罪者の方は殺戮刑事を待ってくれないらしい。


「ケヒャヒャァ~~~ッ!!!運転免許更新の前に殺戮刑事の生存免許更新の時間ですよォ~~~ッ!!!!全員不受理!!!死になさぁーいッ!!!!」


【終わり】


【バッドリくんのしりとり】


「運転中は暇だなぁ、しりとりでもしません?

 いいですよ」

 パトロール中のパトカーの狭い車内にバッドリ惨状の声が響き渡る。

 助手席の殺死杉はイヤホンを深く耳に差し込み、石鹸を削るASMRに聴覚を集中させる。


「じゃ、コカインのンから

 ちょっと~!ンがついちゃ、いきなりバッドリくんの負けですよ!

 あ~!しまったなぁ!

 んも~!

 じゃ、ヘロインのン……あっ!

 また、ン……やっちゃいました

 バッドリくんの法的に許されないけど効き目が強く愛しているものはンで終わるものが多いですからね!

 じゃあ、アヘン……駄目だ、ヒロポン……これも駄目だ……エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン、エンドルフィン」

 泡を吹き白目を剥きながらエンドルフィンを連呼するバッドリ。

 殺死杉は助手席からブレーキを踏み込むと、停車してからバッドリを後部座席に運び、自身が運転席に移った。


「……バッドリくんを運転させると、たまに一人でしりとりを始めた挙げ句にしりとりを成立させないまま無限ループに突入するから厭なんですよねェ~~~~ッ!!!」


【終わり】


【殺死杉のランチ】


「さて、そろそろ昼食にしましょうか、何か食べたいものはありますか?」

 パトカーから出た殺死杉が伸びをしながら、バッドリに尋ねる。

「奢ってくれるんですか?」

「いえ、今自分は何を食べたいのかわからない感じなので人のを参考にしたいんです」

「チェーッ、あっ、でも、めちゃくちゃ美味しい料理を紹介したら殺死杉さんが感謝して、僕に奢ってくれたりするかもしれないですよね?」

「可能性はゼロじゃありませんが、パーセンテージはほとんど奇跡と同じですねェ」

「じゃ奇跡を信じますよ、僕。今日は世界中から神様の声も聞こえてるので」

「聞こえちゃいけない声で奇跡を一枠消費しちゃいましたねェ」

「殺死杉さん、僕は大麻に似た成分のクスリをキメてからファーストフードが食べたいです」

「そうですよね、バッドリくんを参考にしようと思った私がバカだったんです」

「待って下さい!大麻をキメると空腹感が刺激されて、異様にお腹が空く上に何食べても美味しいボーナス状態に突入するんです!殺死杉さんなんか初めてだから、雑巾食べても美味しく感じるんじゃないで――」

 バッドリは言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。

 その口いっぱいにハンカチが詰め込まれている。


「ハンカチ美味しいですか?」

「んん……めちゃくちゃ美味しい!殺死杉さんもどう!?」

 殺死杉はバッドリをパトカーの後部座席に蹴り入れると、飲食店を探して歩き始める。


 まず目に止まったのはラーメン屋の看板だった。

 店先からはとんこつラーメンの濃厚な香りが漂う。

(ラーメン……ラーメンは大体どんな店でも間違いはないんですし、私もとんこつラーメンは好きなんですが、そういう気分でもないんですよねェ)


 次に焼肉屋。

 これも店から流れ出る焼肉の香りが殺死杉の食欲を煽る。

(仕事中にビールは飲めませんが、焼肉と白米を口いっぱいにかっこむというのも良いんですが……やっぱり、そういう気分でもないんですよねェ)


 そして回転寿司。

 百円寿司は昼時ならば大抵は混んでいるが、今ならば並ばずに入れそうである。

(百円の寿司、私は嫌いじゃありませんし、サーモンととびっこ連打してれば、それだけで満足できるんですけど……やっぱり気分じゃないんですよねェ)


 ラーメンと焼肉と寿司はどのような状況でも満足できるし、実際入ってみれば殺死杉も満足できるのだろう。

 だが、脳の空腹感は完全なる正解を求めて殺死杉を彷徨わせる。


(中華料理……洋食……ケバブ……カレー……ビュッフェ……カツ丼……実際に食べれば、満足すると思います……しかし、どれも何かが違う気がする)


 いい加減に店を決めなければ彷徨うだけで昼休みが終わってしまう。

 とにかく腹に収めてしまえば、脳は満足するはずなのだ。

 それがわかっていて、決めかねている。

 

(警察っぽいもの……私の食べたいものは……多分そんな感じのものだ……だが、警察っぽいものとは……?カツ丼じゃ駄目なのか……?)

 

 その時、殺死杉の進行方向から大声が聞こえた。


「聞こえるかクズども!!!俺は弁護士試験に落ちること数十年……ようやく気づいた!!法律というのは実際に犯ってこそわかると!俺はそうやって刑法を全てコンプリートするところからはじめ、今、異界の門を開き外患誘致ざ……ブェッ!!!」

 殺死杉は男を射殺した。

 殺死杉は男の穴の空いた死体を見ながら思わず口に出して言った。


「ドーナッツかぁ~」

 殺死杉は昼食にアメリカの警官が食べているようなドーナッツを食べた。


【終わり】


【殺戮刑事のロシアンルーレット】


「……一、二、三、四、五」

 引き金が五回引かれ、バッドリは安堵の息を吐く。


「やっぱり、ロシアンルーレットは緊張しますね」

「そうですねェ」

 そして殺死杉はバッドリから拳銃を受け取るとシリンダーを回し、バッドリと同じように犯人の頭に銃口を突きつけて五連続で引き金を引いた。


「お前らのロシアンルーレット、大体全部違ってるからな!!??」

「じゃ、六回連続で引き金を引きますか」


【終わり】


【バッドリのランチ】


 バッドリは規制する法律のない煙を口いっぱいに頬張ると恍惚の笑みを浮かべた。

「何やってるんですか?バッドリくん?」

「……もう、空気さえ美味しいんですよ」

「食事代浮いてよかったですね」

「フフ……ま、その分クスリ代がかかるんですけどね」

 腹をクスリと空気で膨らませながら、バッドリはとろんとした甘ったるい笑みを浮かべた。


【終わり】

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