鎖良御呼出【チェーンヨーオコール】駅の怪(後編)

◆◆◆


――思う存分、人を轢き殺したい。


 つまるところ、崩崩屋ぽっぽやの願いとはそれに尽きる。

 崩崩屋は電車の運転士である。

 子供の頃から、強く、速く、大きい電車に憧れていた。

 そして、いざ自身が運転出来るようになると――気づく。

 仕事であることを除いても、電車の運転というものは存外楽しいものではない。

 電車は巨大な力を秘めているというのに、安全で正確な運転という目的のためにその全力を発揮することが出来ない。

 退屈な運行の日々、そんな中彼は――運命の出会いを果たす。

 線路上に転がる人間、間に合わぬブレーキ、線路上にばら撒かれたマグロ。

 彼は気づいた――脆弱な人間の身体に対してならば、電車はフルパワーを発揮しなくても相対的に大暴れが出来る。


 そして、崩崩屋は自殺者を轢き殺す方法を考え続け――そして至った。


◆◆◆


「七万トンのマグロを用意したのは、アナタですかねェ……?崩崩屋さァーン!!」

 突然の乱入者に崩崩屋の思考が中断される。

 山手線を周回するドリル掃除機電車、その運転席に乗り込んできたのは殺死杉である。その手には七万トンもの人造人間肉の請求書を持っており、請求先にはしっかりと崩崩屋の名前が記載されている。

 それを見た崩崩屋は薄く笑って言ってのける。


「お客様……運転席は関係者以外立入禁止ですよ」

「じゃあ、すぐに元関係者になる貴方の方を運転席から追い出しますかねェーッ……!?」

 殺死杉はそう言うと請求書を懐にしまい、崩崩屋の隣の床に腰を下ろした。


「殺戮刑事といえど、分別ってものがありますからねェーッ……今すぐにアナタを殺したいところですが、そうするわけにもいきません」

「……殺戮刑事、ああ、アナタ、あの異常暴力殺戮集団の一人だったんですか」

「暴力を使えるかどうかはアナタ次第ですがねェーッ……さて」

 殺死杉は崩崩屋に向き直り、冷酷な視線を彼に向けた。


「アナタ、七万トンの人造人間肉を購入しましたね」

「……カニバリズムが趣味なものでしてね」

「いえ、アナタは人造人間肉を食べるためではなく、線路にばら撒くために使ったんじゃないですかねェーッ?」

「何故、そのようなことをする必要が?」

「……目的は二つ、鎖良御呼出駅で自殺を流行させるため、そして殺人許可証の入手です」

「何言ってるんですか?」

「百万人……まぁ、七万トン分のマグロですが、それだけの人間が死ねば、理想の死に場所を探す他の自殺志願者も、この駅はそんなに死ぬのに良いところなのかしらん、と思って自殺するでしょうね」

「人間はそんなに単純なものではないと思いますが……」

「若きウェルテルの例もあります、人間というのは結構影響されて死ぬものです」

「……で、ドリルを装備させるためというのは?」

「常識的に考えると百万人も自殺すれば線路が人間で埋まって運行は不可能です、しかし永遠に電車を止めておくわけにもいかない……そしてそんな状況下で定刻通りに電車を運行させようとするのならば……線路上の人間相手にブレーキを踏まないで良い権利と、死体の処理を無視して運転し続ける権利、そして電車に装備するドリルhは必須……つまりは事実上の殺人許可証です」

「自分がどれだけ無茶苦茶なこと言ってるかわかります?」

「そんなもん、無茶苦茶なことやった側に言われたくないですよ」


 殺死杉の口から語られる推理は恐るべきものであった。

 七万トン分の死体を用意し、自殺ブームを巻き起こすと同時に定刻通りの運行のために電車にドリルを装備させ、事実上の殺人許可証を入手する――ミステリージャンルならば永久追放は避けられないだろう。

 だが、現代ファンタジーならばそのようなことは十分に有り得る。


「殺戮刑事さん……証拠はあるんですか?私が七万トンの肉を用意した以外の証拠ですよ?殺戮刑事さんの言っていることは全てただの妄想です」

「確かに証拠はありません……監視カメラはハッキングされ、目撃者になりうる人間は全員UFOで記憶を消されました……恐るべき知能犯と言わざるをいませんねェーッ……」

「殺戮刑事さんにそう言ってもらえれば、その犯人も喜ぶでしょうね……もっとも、それは私のコトではありませんが」

 会話の間も電車は進み続ける、その先端のドリルを回転させながら。

 電車は大崎駅を出て、鎖良御呼出へと向かう。

 今まさに自殺志願者相手のドリル殺戮コンボを決めるために。


「……で、私もあまりやりたくはなかったんですがねェ」

 殺死杉は崩崩屋の頭部に銃口を押し当てた。

 冷たく重い感触は死神の鎌のそれによく似ている。


「……何のつもりですか?」

「アナタが自白すれば、大丈夫です。七万トンのマグロを線路にばら撒いたと言っても、あくまでも迷惑行為の範疇に収まるでしょう……一般的の部類に入る警察官のお世話になることでしょう」

「……自白するような罪などはない、そう言ったらどうしますか?」

「アナタを撃って、それ以降に他に犯人が出てくれば無罪……そういうことになりますねェーッ!」

「……やれやれ、無茶苦茶ですよ。殺戮刑事さん」

 崩崩屋は諦めたように笑って、両手を上げた。


「ということはアナタが百万人自殺事件の犯人だと認めるんですね」

「……いえ、正確に言うならば」

 瞬間、殺死杉の足元の床に仕込まれたバネが殺死杉を高く打ち上げた。

 運転席の屋根は開放され、線路上に殺死杉が投げ出される。


「殺戮刑事殺人事件の犯人を認めて差し上げるぜェェェェェェェェェェ!!!!!」

 電車が急加速し、ドリルが唸りをあげる。

 このような状況下に備えて、運転席にトラップを設置していたとは――犯人史上最強の知能犯と言っても過言ではないだろう。


「線路上では頭マナーモードにして、轢かれるのをぼーっと突っ立って待ってお待ちしなァァァァァァァァァッ!!!!ヒャァァァァァァッ!!!!」

「チィーッ!」

 舌打ちと共に殺死杉が運転席に向けて発砲するが、銃弾は防弾ガラスによって阻まれ、僅かな傷すら残すことは出来なかった。

 かつて十六トン大暴走超轢殺無免許飲酒運転武装トラックを相手取ったことがある殺死杉であるが、流石にドリルを装備した電車となれば分が悪い。

 電車一つ滅ぼす範囲の毒はあるが、おいそれと使うわけにもいかぬ。

 殺死杉はただの殺人鬼ではない、殺戮刑事である。

 罪のない人間はなるべく殺さないようにしようという日々の努力こそが殺戮刑事を殺戮刑事たらしめるのである。


 その時、殺死杉は声を聞いた。


「第一車両に乗り合わせた人間が偶然にも全員殺人鬼だったとはな……殺し合いでもするかああああああああああああああああ!!!!!!!!」

「へー、第二車両ってたまたま東京を爆破しようと思い立った爆弾魔しか乗ってねぇんだなぁ」

「第三車両!!痴漢専用列車!!」

「第四車両は田舎から都会にやって来た人食い熊一行が占拠してっから行かん方がいいど……ま、俺はこの犯罪電車の人間全員を生贄して破壊神の復活を企んでるんだども」


 電車から漏れ聞こえてくる会話――このような奇跡があっていいのだろうか。

 運転手から乗客に至るまで全十一車両、全員殺しても特に問題がないタイプの犯罪者。


「死になさァーいッ!!!!!!!!」

 殺死杉は開いた天井から毒の入った瓶を投げ入れた。

 電車一つを容易に滅ぼす猛毒である――困惑はやがて悲鳴に変わり、そして主を失った電車は爆発した。


 かくして、百万人の自殺という恐るべき事件の犯人は抹殺されたのである。


◆◆◆


 百万人の自殺は崩崩屋の用いたトリックによるもので、別に鎖良御呼出駅はラッキー自殺スポットではない。その発表を信じないものや、折角来たんだからここで自殺していこうという者たち、そんな歴戦の自殺志願者達を殺死杉は射殺していき、一週間の時間かけて、鎖良御呼出駅はようやく元の日常を取り戻した。


「なんやかんや、ありがとうございました」

「いえ、これが仕事ですからねェーッ!」

 駅長と殺死杉は固い握手を交わした。

 握った手に込めるのは握力ではない、万感の思いだ。

 言葉にすれば陳腐になるような沢山の思いを握る拳にこめる。


(出来れば二度と来ないでほしい……)


「では、お別れですねェ……お元気で駅長さん」

 扉が閉まり、ドリルを取り外された電車は新宿へと向かうが――しかし、途中で電車が止まった。


 殺死杉が耳をすませば、車内から聞こえる不平不満の声以外に、線路上から聞こえる声がある。


「ウォーッ!!!愛しい電車!!!お前の愛で俺を全身に包んで轢殺してくれ!!!」


――世に悪人の種は尽きまじ、か。


 次なる事件の予感に殺死杉は銃を構えた。


【終わり】

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