活人剣ブーム編

容疑者 殺々斬 虎餌狼

――殺人剣の時代も終わりか。


 自身の刀にべっとりと付着した血液を愛用のハンカチで拭いながら、殺々斬ササキル虎餌狼コジロウは独りごちる。

 殺々斬の前には、椅子に座ったままの二体の首なし死体と、床に倒れ伏した一体の首無し死体、株式会社『死』の面接官である。

 殺々斬は株式会社『死』の面接に訪れていたのである。


 何故、殺々斬は面接に来て、三人の面接官を斬り殺す羽目になったのか。

 殺々斬虎餌狼は三十二歳の無職の辻斬りである。

 正業に就いたことはない、斬り殺した相手から辻斬り代と称しては財布から金を抜き取って暮らしていた。

 だが、近年は電子マネー決済が活発となり、財布から金を抜き取ろうにも現金を所持していない人間が多く、殺々斬としても頭を悩ませていた。


――自身の辻斬りも電子決済に対応するか。


 浮かび上がった考えを、殺々斬は頭を振って追い出す。

 人間というものは素直ではない、これから辻斬りをするから辻斬り代を電子マネーもしくはクレジットカードで払えと言っても、はい、そうですか。と自身のQRコードを読み込んでくれる人間はそうはいないだろう。

 かといって殺した後の人間のスマートフォンを漁ったところで、決済が上手くいく未来は見えぬ。クレジットカードもそうだ。暗証番号がわからぬ。


――なれば就職か……


 涙が頬をつたう。

 殺々斬にとって辻斬りは人生そのものであった。

 それを生活のために諦めるなど――自分のこれまでの人生を否定するようなものである。

 辻斬りの範囲を広げれば衣食住は他人から奪って何とかすることが出来よう。

 しかし、保険料と年金は現物振込というわけにはいかぬ。

 殺々斬は辻斬りという不安定な収入ゆえに住民税を払ったことはないが、国民健康保険と国民年金に関してはしっかりと払うタイプの辻斬りである。

 保険料と年金を払い続けるためには就職もやむなし。

 かくして、殺々斬は自身のすべてとも言える辻斬りはあくまでも趣味にとどめ、株式会社『死』の面接に訪れたのである。


 株式会社『死』とはいかなる企業か。

 死の商人という言葉を一度は聞いたことがあるだろう。

 株式会社『死』とは、世間一般的には死の商人の極端なものであると噂されている。つまり間接的に死を売買するのではなく、直接的に死を売買する企業であると。

 これだ――殺々斬は思った。

 株式会社『死』ならば、自身の辻斬り経験を活かすことが出来る。

 給料も良いし、年間休日も百四十日である。福利厚生も充実している。

 矢も盾もたまらず、殺々斬は履歴書を書き上げた。

 書いたことはただの二つ、『連絡先』と『志望動機:仕事と生活上の殺人の両立』のみ。

 履歴書はしっかりと埋めた方がいい――勿論、殺々斬にもその程度の常識はある。

 しかし、これは就職活動という戦場における殺々斬の敢えての戦術であった。

 履歴書というものは書く側だって疲れるのだから、当然読む側も疲れるだろう。なれば、書く側が楽な履歴書を書けば、当然読む側も楽な履歴書ということになる。そうなれば、採用担当もこの履歴書から殺々斬の溢れんばかりの思いやりが伝わることになるだろう、殺々斬はそのように思ってほくそ笑んだ後、何を思ったか書き上げたばかりの履歴書をビリビリに破り捨てた。


「俺は何をしているッ!!!」

 顔を真赤にして殺々斬は叫んだ。その表情は自身への怒りに満ち満ちている。

 就職をすると決めても、自身は辻斬りである。

 そんな自分が紙の履歴書を出すなど――自身も許せぬし、株式会社『死』の採用担当も許さぬだろう。採用担当は紙の履歴書を見た瞬間に殺々斬をファッション辻斬り野郎と見なすに違いない。

 殺々斬は愛刀『惨殺剣』と脇差しを腰に帯び、靴も履かずに家を出た。

 韋駄天もかくやの俊足で目指す目的地は株式会社『死』の本社ビルである。


「頼もうッ!!!!御社の採用担当にお取次ぎ願おうかッ!!」

 自動ドアが開くよりも速く、殺々斬の腕が動いていた。

 千のガラス片となって崩れ落ちたそれを、元が自動ドアであったと認識できるものはいないだろう。

 監視カメラを含めエントランス中の視線が殺々斬の元に集まった。

 受付嬢がガトリングを構え、今まさに社屋を出ようとしていた営業部の複数名が光線銃の出力を『交渉用』から『手遅れ用』に引き上げる。

 そして、取引先の人間がお手並み拝見とばかりに壁にもたれかかり、ニヤリと笑う。


「アポイントメントはお持ちでしょうか」

 受付嬢が銃口を殺々斬に合わせたまま笑顔で尋ねる。

 株式会社『死』が取り扱う品目は死だけではない、売られれば喧嘩も買う。


「アポイントメントは無いが……これから俺に会いたくなるのだから、問題はない」

 刀の切っ先を銃口のように、受付嬢に向けながら殺々斬が言う。


「では……遺言はございますでしょうか」

 ガトリングガンが殺々斬の元に人間複数人を挽肉して余りあるほどの銃弾を吐き出し、それと同時に営業部の複数名が殺々斬が回避すると思われる方向に予測を付けて一斉に殺人光線を放った。

 株式会社『死』に喧嘩のセールスに来るのならば、当然――ガトリングガンによる攻撃は回避するであろう。故に逃げ道を無くす殺人光線との二段構えの攻撃なのである。


 だが、殺々斬はその場を一歩も動かず――飛来するガトリング弾を全て切り落とした。想像以上の手練――営業部の人間がそう判断するにはあまりにも遅すぎた。光線銃の照準を殺々斬に向けた瞬間――既に彼らの首は一様に宙を待っていた。

 ヒュウ、株式会社『死』の取引先が口笛を鳴らす。

 受付嬢が再び、殺々斬の元にガトリングガンの銃口を向けようとし、その笑顔が思わず崩れた。

 なんという早業だろう――銃口に脇差しが突き刺さっている。


 殺々斬は愛刀『惨殺剣』の切っ先に死んだ営業部の血を塗りたくり、エントランスの壁に字を書き付けた。

『志望動機:仕事と生活上の殺人の両立』

 小学校時代の硬筆の経験が生きたといえよう。


「遺言はないが言うべきことはある……御社に就職ずっ希望きゅん殺々斬ササキル虎餌狼コジロウ……改めて採用担当の人間にお取次ぎ願いたい」

 そう言い放って、殺々斬は営業部の死体を見やった。


「ちょうど、人手不足みたいだしな」

「……かしこまりました」

 受付嬢が再び笑顔を浮かべ、社内電話を人事部へと繋ぐ。

 一分ほどの通話の後、受付嬢が深々と頭を下げる。


「本日履歴書はお持ちでしょうか」

 受付嬢の言葉に殺々斬は志望動機を書き付けた壁を正方形に切り裂き、左肩に担ぎ上げた。そして右手に持った『惨殺剣』の切っ先を営業部の死体に向ける。

「職務経歴書が必要なら、そこの生首も持っていくが」

 僅かの沈黙の後、受付嬢が通話先の人間に判断を仰いだ。


「履歴書も職務経歴書も結構、これから面接を行うがよろしいか……とのことですが、如何なさいましょうか」

「望むところだ」

「では、エレベーターに乗り……四十二階の面接の間へとお進みください」

「うむ」

 切り裂いた正方形の壁を放り投げると、銃口から脇差しを引き抜き、殺々斬は意気揚々とエレベーターに乗り込んだ。

 上昇する空間の中で殺々斬は思う、正しかった、と。

 惰弱な履歴書など、書類選考の段階で落ちていたに違いない。

 これからの就職活動は、エントランスで実力を見せつけると同時に社員を殺すことで無理矢理に採用枠を増やす時代が来るだろう。

 新たなる時代を確信する内にエレベーターは四十二階へとたどり着く。

 エレベーターの扉が開くと同時に、死臭が殺々斬の鼻を突いた。

 むせ返るような死の香り――果たして、この階層でどれほどの人間が死んだというのか。

 一般就職希望者ならば、ここで引き返してハローワークに向かっていたことだろう、だが殺々斬は死臭を追うように通路を進んだ。


「これが……面接の間かッ!」

 殺々斬が思わず声を上げる。

 両開きの巨大な門、その両脇には就職希望者を射竦めんとする一対の仁王像。

 そして、鉄製の扉には面接の間の文字を描くように面接に敗れた就活生の死体が埋め込まれている。


「これが就職活動に敗れた者の死に様か……」

 他人事ではない、目の前の死体は自身の未来であるかもしれぬ。

 殺々斬は気を引き締め、未来を切り開くように門を切り裂いた。

 重々しい音を立てて、切り裂かれた門が倒れる。

 面接の間が揺れる。


「失礼します……内定を頂きに来たものですが」

 室内には三人の男がいた。

 玉座に座る面接王、その両脇で普通の椅子に座る面接左大臣と右大臣。


「……ノックが無かったが」

 面接王が威圧的な声で尋ねる。

 一般的な就職希望者ならば、圧迫感のあまりその声だけで嘔吐していただろう。


「飢えた猛獣がノックをして、部屋に入ってくるとでも?」

 だが、殺々斬は動じぬ。

 獰猛な笑みと共に言葉を返してのける


「活きの良いことだ、好きになりそうだぞ」

 面接王はくつくつと笑い、面接左大臣が手元のシートに何かしらの文言を書き込む。


「まぁ、座ってくれたまえ」

 面接王の言葉に殺々斬は室内を見回す。

 椅子は三つ、面接王の玉座、左大臣と右大臣の普通の椅子。

 椅子が隠されている様子もなく――つまり、殺々斬のための椅子はない。

 床に座るべきか、一瞬の逡巡の後、殺々斬は答えを出す。


「貴様の椅子を貰うぞ」

 面接右大臣の首が宙を舞った。

 殺々斬虎餌狼の神速の斬撃である。

 椅子に座ったままの首のない死体を蹴り落とすと、椅子を面接王の正面に置いて殺々斬は座る。


「何故、右大臣を殺した?」

「椅子に座りたかったんでな」

「良い答えだ」

 緊張感に包まれた面接の間の中で、面接左大臣の筆記音だけがやけにうるさく響く。

 殺々斬は納得する。

 なるほど、この面接――死人も出るだろう。


「……殺々斬くんと言ったか、単刀直入に聞こう。貴様には何が出来る?」

「斬殺だ」

「斬殺が出来るのか、それとも……斬殺しか出来ないのか、どちらだ?」

「それは……ぐっ!」

 瞬間、殺々斬の体がその場に沈み込んだ。

 突如として殺々斬を襲う、三十倍の重力。

 

(重力を操るタイプの圧迫面接かッ!)

 面接王がせせら笑い、面接左大臣が斬馬刀を構える。


「教えてくれ、殺々斬くん。俺は志望動機も学歴も職歴も興味がない……能力があるなら、赤ん坊だって入社させるとも、さぁ、君はどうなんだい?」

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 面接左大臣が雄叫びと共に斬馬刀を横薙ぎに振るう。

 もしも命中すれば、殺々斬の体は上半身と下半身に分かれ、令和のテケテケになることは避けられないだろう。


「舐めるなァッ!!!面接王オオオオ!!!!」

 三十倍の重力――それがどうした、なれば自分は三十倍の力を出すのみ。

 重力に抗って、殺々斬は跳んだ。

 横薙ぎの斬馬刀が背もたれを切断する、もしも跳んでいなければ――それは殺々斬の姿だっただろう。


「オオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 面接左大臣が狂戦士の雄叫びを上げる、これが圧迫面接の現実であるというのか。

 空中の殺々斬を仕留めんと、面接左大臣が斬馬刀を振らんとして気づく――斬馬刀が重すぎる。

「斬り捨て……」

 殺々斬が斬馬刀の刀身に乗り、面接左大臣の元へと走る。

 斬馬刀は圧迫面接装置ではなく、面接官処刑道へと化したのだ。

「オオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」

 面接左大臣、殺々斬を振り落とさんと斬馬刀を力強く振った。

 だが、殺々斬は既に二度目の跳躍。

 くす玉を割るように、面接左大臣の頭を切り裂いた。

 息を荒げながら、返す刀でその切っ先を面接王へと向ける。


「これが……俺の実力だッ!」

「なるほど……」

 面接王がおざなりな拍手を送る。

 その表情は期待外れの人間を見るそれである。


「期待外れ……そう言わざるをえないな」

「なにっ!?」

「弊社は株式会社『死』……確かに死を扱うが、必ずしも殺せば良いというものではない、殺すことも出来る人間は必要だが、殺すことしか出来ないのならば、必要ない」

「だが……殺さなければ、俺は殺されていたぞッ!」

「くく……それは君が殺人剣しか使えないからだ」

「殺人剣……しか……?」

「そうだ、斬って人を殺すことは誰にでもできる……だが、超一流ならば斬って人を活かすことも出来るだろう」

「斬って……人を活かす……」

「活人剣を身に着けていたのならば、弊社は君を歓迎したのだが……残念だ。お気をつけてお帰りください」

 より強い重力が殺々斬を襲った。

 重力百倍――全力の圧迫面接である。


「土にね」

「ぐわあああああああッ!!!!」

 思わず無様な悲鳴をあげる殺々斬。

 なんたる重力――就活生は日々このような圧迫感と戦っているというのか。

 それでも――殺々斬は思った。


 耐えられぬ程ではない、命の火を限界まで燃やせば面接王を殺すことは出来よう。

 しかし、それは御社の求める活人剣ではない。

 そうだ、今この場で活かす剣を振るうことが出来れば――面接王にも自分を認めさせることが出来る。

 土壇場でなるか活人剣――祈るように緩やかに、殺々斬は愛刀『惨殺剣』を振るった。


 かくして、殺々斬は面接官三人を斬り殺すこととなった。

 しかし、これは物語の終わりではない。


――殺人剣の時代も終わりか。


 活人剣を求める殺々斬の新たなる始まりであった。

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