第13話 初戦闘


 剛士とウサ助の初陣は、それからすぐの事だった。

 第一階層途中。

 十字路に分かれる道の真ん中に、そのモンスターは居た。


「ウサ助」


「プッ」


 短く剛士が呼ぶと、ウサ助はすんなりと肩から降りた。

 

「いいか。当然だが俺もお前も、まだ全然強くない。下手すれば怪我するし、死ぬかもしれない」


「ぷぅ」


「だから協力して倒そう。基本的に俺が盾の役割をするから、お前は隙を見て攻撃を加えてくれ」


「プププ???」


「ああ。難しいことは言わない、自由に頼むよ」


 十字路の手前の通路で、壁に隠れながら行った作戦会議。

 役割は、剛士が盾役。ウサ助が、攻撃手となる。

 剛士が盾役?

 そう疑問に思う事は正しい。

 めんどくさがり屋で、他人任せが多い剛士だ。

 当然の如くウサギ一匹に全てを任せると思われても仕方がないだろう。

 だが、そんな剛士だって自前の準備くらいしている。

 初心者テイマーがダンジョンに潜る場合のセオリーを調べ、ダンジョンモンスターの生息に合わせた道具類を用意する。

  

 その結果が先ほどの役割分担である。


「俺はモンスターを倒すと、そのモンスターの魔力の一部が吸収されて強くなるけど。お前達動物やモンスターは、相手の魔石を食べて力を増すんだそうだ」


「ぷっぷ?」


「そうだ。おやつみたいなもんだ」


 ウサ助に答えた剛士は、背負っていたリュックを降ろし道具を出し始める。


(まさに調査書通りだな。十字路から先が、モンスターの生息エリアってわけか)


 声に出す事なく呟く剛士。

 そんな彼がリュックから取り出したのは、「必要経費だ」と言って父からふんだくったお金で買った、カーボンナノファイバー製の軽くて、頑丈な盾と簡易な鎧だった。

 半透明なそれらをしっかり装備し、ゆっくり息を吐く。


「ふぅーーー」


 怖い。

 いくら予習してきたからと言っても、今から行うのは、忖度のない生存闘争だ。

 100%勝てる保証はない。

 でも99%勝てることは、知っている。

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 剛士はそう何度も心の中で繰り返し、相方であるウサ助に語り掛けた。


「だ、だ、だいじょうさ(大丈夫さ)。お、おらぁが、わんぱでしずめちゃ(俺がワンパンで鎮めてやるからよ)。じゆゆゆにやら(自由にやれ)」


「ぷぅ???」


 剛士のカミカミの言葉にウサ助は首を傾げたが、意思は伝わったと思いたい。

 伝わってくれていると良いなぁ。


「いってくる」


「ぷぅ!」


 がんばれ!!

 と相棒からの力強い声援を受けて、剛士は十字路手前の通路から歩きだすのだった。



 ★★★



「モゾモゾモゾモゾ」


 十字路の真ん中にいるモンスターは、体長100センチほどの大きさに灰色の体毛を纏い、特徴的な前歯を持つネズミ型モンスター___グレイラットだった。

 グレイラットの攻撃手段は大きく分けて二つ。

 四肢の先に着いた黒く鋭い爪でのひっかきか。

 鉄製の剣も弾くと言われる発達した前歯による噛みつきだ。

 

「よし」


 気合入魂。

 剛士は己の心を奮い立たせて、一歩十字路に足を踏み入れる。


「ギュッ」


 その瞬間、寝そべっていたグレイラットは起き上がり、濁った声で鳴いた。

 剛士を認識したのである。


「……ゴクリ」


 生唾を飲み込んだ剛士は、一歩一歩右手に持つ盾を前面に出し進む。進むたび、グレイラットの「ギュ!ギュ!」と言う威嚇声が大きくなった。

 背を向けて逃げ出したい!

 そんな気持ちに駆られそうになる。

 だが、それはできない。

 一度ダンジョンモンスターと相対してしまえば、例え逃げてもダンジョンを出るまで追いかけてくるのだから。

 ここで倒す他、安寧を得る手段はないのだ。


「やってやる……うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

  

「ギュッ!!」


 剛士は盾越しに叫び始め、グレイラットもそれに応戦した。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!」


「ギュギュギュ」


「はぁぁぁぁぁぁ!!! げっほ、ごっほ、ちょ、まっ」


「ギュギュギューーー!!!!」


「はぁはぁはぁ」


「ギュギュギュ!!!」


 唐突に始まった威嚇合戦。

 その勝者は、当然の如く体力のある方だった。

 息を切らせる剛士の様子に、グレイラットは短い声を上げ走り出す。

 

「ギュ!!!」

 

「うわぁッ来たッ」


 持っている盾に衝撃が走る。

 透明な盾の先では、自慢の前歯を剥き出しにしたグレイラットがいた。剛士は咄嗟にその衝撃を右へと受け流し、後ろに足を進める。

 

「ギュッッ!!」


「おっとっと、あ、いや、待って、早いからッ」


 態勢を立て直した時には、すでにグレイラットは走り出していた。

 今度は鋭い爪での攻撃らしい。

 ギリギリッ、と盾の表面が削られる音が響く。

 油断すれば、そのまま盾が弾き飛ばされていてもおかしくなかった。

 

「ギュッギュッギュッ」


「うッ、なっ、ひぇ」

 

 そんな情けない声を上げつつも剛士は必死にグレイラットの攻撃に食らいついた。

 爪を受け止め、突進を受け流し、また突進を受け流す。

 グレイラットの攻撃の在り方は酷く単調だ。

 冒険者初心者の剛士でも少し捌くことができれば、段々と慣れてくる。実際、慣れ始めていた。

 緊張で強張る手やバクバクなる心臓の音は、どうにもならないものの、未だ掠りすらグレイラットの攻撃を受けていない。

 イケる。

 剛士は、反撃することにした。


「よいっしょぉぉぉ!!」


「ギュェッ」


 グレイラットの突進に合わせて、盾を押し込む。

 唯一気を付けたことは、歯に当たらない事。拙いながら繰り出された一撃は、しっかりとグレイラットの側頭部を叩いた。

 

「よし、やれる」


 初心者の範囲で、中々様に成り始めた剛士の盾術。

 剛士は少しだけ自信を深め、それでも油断することだけはしなかった。何せ、これからがテイマー剛士としての戦いの始まりだったからだ。


「ウサ助!」


「ぷぅ!!!」


 剛士の呼び声に、十字路の手前の通路からピョンピョン呼ばれて出て来たウサ助。

 ウサ助は剛士の隣へと並ぶと、キラキラとした目で剛士を見上げた。


「ぷっぷ??」


 ウサ助は、敵?敵?と思念を剛士へと飛ばす。

 なんて好戦的なウサギだ。

 だが今はそれがとても頼もしい。

 剛士はゆっくり頷いた。


「ああ___敵だ。行くぞ、ウサ助」


「プゥッ!」


 ウサ助のそんな鳴き声と共に、初陣の第二ラウンドが幕を開ける。

 

「ギュギュギュッ」


 第二ラウンドのゴングは、グレイラットの突進からだった。

 狙いはウサ助。

 ガードの硬い剛士を避けて、弱い者であろうウサ助を狙う様は、一定の賢さが見受けられる。

 まぁ、それも一定の範囲を抜け出すことはないが。


「任せいッ!」


 剛士は鋭い声を上げ、素早くウサ助の前に立った。

 鋭い前歯を避け、強かにグレイラットの側頭部を叩く。


「ギュェッ」


 その迷いのない一撃により、濁った悲鳴が上がる。

 コロコロっと二転三転したところで、グレイラットは体を震わせながら立ち上がった。

 これまでは、グレイラットだけが攻撃手であった。 

 だからいくら突進を躱されようと、態勢を立て直すだけの時間があったのだ。


「ギュ……ギュgy!!」


 しかし、これからは違う。

 大きな隙を晒したグレイラットの前には、自分の体の半分ほどしかない生物が勢いよく迫ってきていたのだ。

  

「プゥッ!!!」


「ギュァッ!!!」


 ウサ助の見事なカチ挙げる様な突進がグレイラットの顎を強かに打つ。宙へと浮かぶグレイラット。

 このまま地面に転がるかと言うところで。


「おぉぉぉぉぉぉん!!!」


 良く分からない雄たけびを上げた剛士の拳が綺麗にグレイラットの腹部を撃ち抜いた。

 グレイラットは二転、三転して壁に激突。

 そのまま立ち上がることなく、黒い霧となり霧散した。

 残ったのは、コロンと転がるビー玉サイズの濃紫の魔石だけだ。 


「勝った?」


「ぷっぷぅっ!!」

 

 唖然と、呟く剛士。

 その隣では無邪気に、やったー、やったー、と喜びの思念を伝えるウサ助がリズムよくお尻を揺らしていた。

 ビバッ、勝利のダンスである。


 かくして、一人と一匹の戦いは___快勝。と言う形で幕を下ろし、剛士はヘナヘナと腰を抜かすのであった。

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