雨と音
瑠璃・深月
雨と音
サラサラという音を立てて、小雨が降る。
小さい音が木の葉や傘から集まってくる。そんな雨の日の日曜日に、彼女の心は踊っていた。雨は彼女を自由にした。彼女を縛る全てのものから。小さな雨粒がプツプツとかすかな音を立てて傘に乗ると、それだけで彼女は自由になれた。
今日は雨のために、家族で行くはずだった遊園地への予定がキャンセルされた。それがあまりに嬉しくて、彼女は心の中でダンスを踊った。くるくると雨の中を傘を持って踊りまわり、雨の遊園地で遊ぶ哀れな子供たちを見て笑っている。
彼女は、遊園地が嫌いだった。どこが面白いのか全くわからない。絶叫マシンもお化け屋敷もスリルを味わうものなのだが、彼女にとってはただ怖いだけのものだった。遊園地そのものに魅力を感じない。だったら近所のカフェでコーヒーをの皆がら漫画でも読んで時間を潰した方がよっぽどいい。だから、小雨でも遊園地の遊具で遊ぶのが中止になったのは喜ばしいことだった。
彼女の部屋は殺風景だった。彼女の年頃の子が、高校生くらいの女の子が好きなぬいぐるみや人形はひとつもない。好きなアイドルのポスターやグッズも何ひとつなかった。彼女は友達も少なかった。煩わしい人間関係に悩まされるくらいなら、いっそのこと邪魔な人間はいない方がいい、彼女はそう思っていた。
彼女は音楽を好んで聴いた。一日中、イヤホンをつけていたこともある。食事と入浴以外はほぼ音楽漬けだ。よく聞くのはロックミュージックだ。そんなことをしているから、親にも友人にも根暗だと思われている。だが、彼女はそれでよかった。無理に明るい性格を演じて無理に友達を作って、行きたくもない遊園地に行くのは苦痛だったからだ。
彼女は、心躍るロックの名曲を聴きながら、物思いに耽るのが好きだった。そんな時間を誰にも邪魔をされたくない。だから、休日くらいは雨音を聴きながら物思いに耽っていたかった。
嬉しい気持ちをなんとか抑えながら、屋根から地面の水溜まりに滴の落ちる音をリズムに指で窓枠を叩く。すると、下から母親の声が聞こえてきた。
「お昼は何を食べるの? 遊園地で食べる予定だったから何も用意していないわよ」
父親に対してかけた言葉だ。親も、彼女には聞いてこない。もう見放されているのだろう。
「適当に食べればいいだろう」
父親はそう返したが、声には少し、苛立ちが含まれていた。
「由美は何をしているの? 今日はあの子を遊園地に連れて行って、お日様の下でみんなで遊ぶことの楽しさを教えなきゃいけないのに」
彼女は、自分の父親と母親が自分の性質を理解していないことを再認識させられるのが嫌だった。母親の言葉の途中で、イヤホンを耳に挿して音楽をかける。音は大きめにしておいた。
どうせ、彼らのやることも、考えることも、そして、彼女が感じることもいつもと変わらない。そう思った。病気だと思われるかもしれないし、そのせいで医者に生かされるのは不愉快だったが、それでも彼女は今の彼女を止める気はなかった。
彼女は、そんなことを考えながら、ふと、窓の外を見た。
すると、庭にできた水たまりに滴が落ちると同時に、さまざまな水の輪が水溜りを巡っているのが見えた。そのリズムがまるで今聴いている音楽のようで、彼女の心は余計に踊った。リズミカルに動く太い輪の周りに、雨粒が落ちていく時にできる小さな輪が重なる。まるで何かの芸術作品を遠目で見ているような感覚に陥り、彼女はつい、今聴いている音楽のフレーズを口ずさんだ。
彼女は、音楽を止めて、イヤホンを外した。下ではいまだに父と母が自分のことで勝手に悩んでいる声が聞こえる。だがそんなものよりもいいものが目の前にあった。
雨だれの色、雨だれの匂い、雨だれの音。
全てが心地よく彼女の体に吸い込まれていく。全ての思考が浄化され、全ての感覚が研ぎ澄まされていく。自分を縛る全てから解放され、ひとつの事象に集中することで自由を得ていく。果てしない自由を。
彼女は目を閉じた。
父と母の声すら、聞こえない。無限の自由と快感に酔いしれて、彼女はひとつ、色気のある吐息を吐いた。
気分の良い彼女を抱くように音を響かせていた雨は、午前中に、止んだ。
雨と音 瑠璃・深月 @ruri-deepmoon
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