モノクロな愛情

 

 寂れたカフェに連れ出された。店名も見た事がないので当然だが、ここには一度も来た事がない。それもそのはず、この店はとっくに閉店している。閉店しながらも営業しており、だが客がいない。

 それはやはり閉店なのではと思うだろうが、カウンターの奥にゴスロリ服を着た女性が本を読みながら座っていた。

  店主だと思うが、足の爪先から頭のてっぺんまで精緻な造りの人形にしか見えない。胸の起伏だとか目の色だとか髪の色だとか、そういった彩りは全てそぎ落とされている。シワ一つ、傷一つ、汚れ一つない。白と黒だけで構成された、人体そのものの美しさを追求した人形。ページを進める手が動かなければ、人手が無さ過ぎて人形に店番を任せたのかと勘違いした程だ。

「私の事は気にしないで、どうぞご勝手に」

 そんな店員らしからぬ言葉を見もせずに呟いて、女性は本の世界に耽っている。俺は兎葵という少女と向かい合わせに席へ座ると、とっくに用意されていた水に口をつけた。

「やけに用意がいいな」

「元々話すつもりだったので。何があったんですか?」

「……」

 兎葵は他人だ。何を言った処でどうしようもない事は分かっているが、この気持ちをマキナでない誰かに吐き出したかったのはある(マキナに心配を掛けたくない)。ありのまま全てを語った。要約するのではなく、全て。元々俺は説明が下手だ。何があったかを知らせたかったら全部話した方がいい。その方が相手を混乱させない。

「……………酷い」

「……まだそんな感性を持ってる奴が居たんだな。ちょっと驚いたよ」

「当たり前じゃないですか! 有珠さんは何もしてないのに、何でそんな……そりゃ、人探しは善い事かもしれませんけど。助ける必要はないでしょう。誰しも助けられない存在の一つや二つくらいあります。それを咎めるなんて」

「…………今更だろ。そう言われるのは嬉しいけど、俺の扱いなんていつもこんなモンだ。将来の道も閉ざされたのはちょっと想定外だけどな。これからどう生きていけばいいかも分からない……学校、行く意味もなくなったな」

「これからどうするつもりなんですか?」

「…………さあ、な」

 マキナとの取引が終われば、この視界ともおさらばだ。俺は普通の世界で生きる事になるが、この世界でどう生きてしまおうか。アイツのいない世界など、果たして生きている意味があるのか。あらゆる彩りを焦がし、失わせる光輝を纏う綾羅錦繡の姫。もしくは絢爛豪華なキカイ。

 死んでしまえば、そこで全てが終わる。

 牧寧にさえ認識されないまま、俺はこのつまらない生を終えられる。良くない思考だ。だけれど、実際どうだろう。俺は己の矜持として、免罪符を使わない。それを使えば楽に生きていけると知った上で、同じ人間になりたくない。

「…………その、波園ってアイドルが見つかればどうにかなるかな」

「……探すのか?」

「そいつのせいで有珠さんが困ってるみたいだし、一応。見つかるかは分からないけど」

「ちょっと待ってくれ。そう言えば聞き忘れた。何で俺の名前を知ってるんだ? 嫌いな呼び方だけど……それに、俺の為に動くって」

「勘違いしないで下さい。有珠さんが困ってるから動くのは、別に有珠さんの為じゃないです。救世主扱いも感謝もしなくていいです。これはやって当然のこととして受け取っていただいて」

「……」

 俺の地雷を知っている。

 つまりシキミヤウズキという人間自体を、ある程度知っているという事だ。そうでなければ分からない。この世界の殆どは善人で構成されている。俺のようなどうしようもない人間は特異的で、個人的な面識や知識が無いとまあ地雷を踏まれて当然だ。

 そして個人的に知っているとしても、そもそも俺は有名人ではない。一方的に知っている関係というのは考えにくいとしても……俺は彼女の事を何も知らない。

「俺の為じゃないのに俺を助けないといけないってのは、どういう事なんだよ」

「知る必要はないです。ただ、有珠さんにはそこまで絶望しないで欲しいというか……私は敵じゃないですから」

「その割には、俺から逃げたけど」

「あれは…………どう考えても私、殺される流れでしたよね」

「……交渉次第だな。そうだ、因みにお前は何処でアイツの部品を拾ったんだ?」

「……? 拾った訳じゃないです。何の話をしてるのか私にはさっぱり」

「拾ってない……か」

 すると『存在』の規定よろしくまた貰ったのか。

 

 残りの部品もその謎の人物が持ってる可能性が高い所まで結論づけてもいいだろう。


「そいつとは何処で会えるんだ?」

「さ、さあ……? 一度会って以来、顔を見てないので」

 兎葵の困り顔に、妙な既視感がある。


 だが俺には、その正体が分からなかった。




















 午前十時半。

 兎葵と別れて、マキナの家に向かっていた。約束通り看病はしに行くのだが、果たしてこの精神状態で出会ったら俺はどういう顔をすればいいのだろう。アイツに心配は掛けたくない。俺が一番好きなのはアイツの笑顔で、それさえみられるなら今日はもう満足と言っても良い。

 マキナだけが俺を普通の人間として扱ってくれる。こんな異端者でも、世界の常識に則らない愚か者でも、社会に関与しないから偏見が無い。人間に興味が無いから救世主にもならない。

 

 その上で、アイツは俺の視界を治すと言ってくれた。


 それを言ってくれたのは後にも先にもアイツだけだ。今まで生きてきた中で理解を示してくれた人は居なかった。だから俺は全面的に信頼している。キカイが危ないだの関わるべきでないだの、全部ひっくるめて信じている。

  道中で購入した中身を確認しつつ、アイツの部屋へと一直線。部屋番号もきっちり覚えている。不用意にも鍵は開いたままで、誰であっても歓迎すると言わんばかりの態度を感じる。弱くなるって警戒心を薄くしろという意味で言った訳ではないのだが。



 ―――放課後じゃないけど、行っていいよな。




「…………学校が早めに終わったから、来てやったぞー!」


 



 ……反応が無い。ただの屍のようだ。


 寝室に向かうと、ベッドに敷かれた大きな布団が不自然に膨張している。かつて来た時と比較するとベッドも布団もシーツも横に伸びており、ダブルベッドのような大きさだ。『強度の規定』で弄ったのだろう。それに伴って部屋全体も拡大している。しかしマンションの外観に変化は無かったので、恐らく全体の強度に改定を加えたのだろう。

「……もしかして寝てるのか?」 

 看病されるという事は病人は大人しく眠っていなければならないという発想になっていても不思議はない。布団が少し膨らんでいるので、中に引き籠っていると見た。

「おーい、マキナ」

 布団を捲ると、そこには誰も居なかった。

「あれ……」





「ねえ、誰探してるの?」





 声が耳元で囁かれる。振り返ると、全身がモノクロに染まった(昔の映画みたいだ)マキナが俺の背中に組み付いて、子供っぽい笑顔を浮かべていた。

「トリックオアトリート! お菓子くれなきゃ、悪戯するわよ!」

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