剣呑な先輩

「な…………」

「これでもキカイについては君よりかなり詳しいんです。視界に映る何かが私の様な人間には解決出来ない……そしてキカイだったら解決出来る。そうでなくては協力関係など望めない? いやそれだと一方的……貴方は何を協力しているんですか?」


 ―――ま、ずい。


 それはマキナの根幹に関わる話だ。仮にここで殺されようとも口を割りたくない。そんな事をして信用を失ったらどうなるか? 取引中止で済むならまだ良い方だ。最悪、マキナから命を狙われるだろう。そうなったら勝てない。コイツ以上に勝ち目がない。

「し、知らない」

「…………口を割りませんね。そもそもあそこにキカイの部品があった時点で目的は明白。そもそも秩序たるキカイがわざわざ顕現しているのだから、その理由なんて二つに絞られますよ。だからこれは答え合わせです。それでも口を割りませんか?」

「…………そ、そうやって知った風な事ばっかり言うのはタダだからな! 俺は何も知らないけど、何も知らないから、今はアイツを信じてやりたい!」

「ではちゃんと教えましょうか。キカイの何たるか。そしてあれに肩入れする事がどれだけ愚かな事か」

 未礼紗那は追い詰めるのをやめて、少し大げさに距離を取った。これなら俺が糸に干渉する事も出来ないし、彼女から攻撃も……出来ないかは怪しい。あのマキナが警戒するなら、可能だと思う。

「これなら安心出来ますか?」

「……どうぞ」

「よろしい。では早速ですが式宮君。貴方はこの世界が作為的に回っているという事はご存じですか?」

 突拍子の無い質問。抽象的で具体性が無い事を尋ねられても返事に困った。陰謀論という奴だろうか。全く現実味がなくて困る話ばかりだが、俺から見える視界も、他人にとっては同じように、或いはそれ以上に信用ならないのだろう。

「この世界はとある一つの存在によって運営されている。私達がこうして会話している現実も、今日雨が降るのも、どこかの国で子供が餓死するのも、全てとある存在が運営した結果なんです。『自然』という言葉はその存在を認識出来ない人々が生んだ籠のようなもの。私達にとっては籠の中が世界の全てですから外の事なんて知りようがない。簡単に言ってしまえばそういう話です」

「―――籠」

 俺にとっては、この熾天の檻こそ正にそれだ。屋上に居ると実感出来る。世界はこんなにも狭くて、俺は糸に繋がらない代わりにずっとここに閉じ込められている。月も太陽も、ある日突然見えなくなった。

 もう一度見たい。

 普通の景色を望んでみたい。そう願ったから、マキナを頼った。

「これがキカイと言われています」

「……え、言われてる? 誰に?」

「詳しい事はこちらにも分かりません。教えてくれると思うなら本人に聞いてみてはいかがでしょう。まあ……何度でも言いますが、私はアレと交流を持つ事自体オススメしません。敵対が丁度いいくらいです。人と獣が時に心を通わせる事はあり得るかもしれませんが、自然災害と心が通じ合う事はないでしょう。同じです」

「……アイツが全部運営してるなんて信じられないな。かなりポンコツなのに」

「ポンコツ……? ポン、コツ……??? ま、まあとにかくアイツが、という訳ではないですね。アレはキカイの一部です。代表と言ってもいいかもしれませんね。式宮君はマキナという存在がどういう目的でここに来たのかはご存知ですか?」

「知らない」

「知らないのに協力している…………いや、知らないからこそ、ですね。失礼しました。聞いたりはしなかったんですか?」

「別に……アイツが何でも俺はアイツの味方だし。おかしな奴なのは元々だけど、楽しい奴だから」

 ありのままの印象を伝えているつもりだが、先程からどうも彼女の表情が怪しい。間違いなく同じキカイについて話しているのに要領を得ないというか、突然一致しなくなって首を傾げているというか。端的に言ってコイツは困っている。


 ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは、言わないでおこう。


「私に聞くより本人に聞いた方が一番早いんですけどね。でも今になって積極的に聞こうとしたらもしかしたら殺されるかも……となるとやっぱり私が教えるしか」

「や、それはない。アイツに人間の倫理なんてもう期待してないけど、そこまで見境の無い奴じゃないよ。だったら俺もついでに殺されてる。むしろアイツは俺を守ってくれてるんだ」

「それこそあり得ないです。冗談にしても笑えない、全くもって考えられない。アレが人を守る? それはきっとそう見えただけで、何か別の理由があったのでしょう。貴方は理由を知らないから何とでも言えますよ。キカイと言うだけあってアレに人間的な感情なんて求めてはいけません。存在しないんですから。キカイ……machineという訳ではないのですが、仮にそういう意味だったとしてもそれはそれで当たらずとも遠からず。世界全体の秩序を担うシステムの一部ですから。感情など不要です」

 嘘だ。感情が無いなら俺にあんな事はしてこない。わざわざ俺がよろこ……よろ…………人間っぽい振る舞いは、感情があるからこそ出来るのではないか。あの底にある感情が無機質な物なんて信じない。信じたくない。活力に満ちた振る舞いが、偽りであったなんて。

 それに、目的を知らないと言うが、最初からはっきりしている筈だ。俺達は取引をした。つまりそれが―――



 それが…………?



  違う。取引はあったが、それは最初ではない。思い出せ。俺がマキナと出会ったのはあの日の夜ではなくて。稔彦が一目惚れしたから告白したいと呼び出したあの時だ。取引が発生したのはあの時バラバラになったせいで失ってしまった部品を取り戻したいという思いから。それが予定調和であったなら取引なんて起こらない。だからあれは、アイツにとって想定外の出来事なのだ。


 


 隠している可能性は低い。俺の事情とは関係ないから聞かなかったし、マキナも必要ないと思ったから言わなかった。それだけの事だとは思う。

「一応聞いとくんだけど、そっちで推測出来ないのか?」

「幾らか考えられますが、主に二つの方向性ですね。一つ、キカイをキカイたらしめるこの世界の規定ルールを司る部品を落としてしまったか。ああ、キカイはその身体が規定で構成されているんです。一応ね。言い忘れていましたがキカイ―――特に顕現した部分は世界全体のバランスを保つ役割を与えられます。バランスを崩しかねない要因があればそれを排除する。その為の規定でもあるので、一つでも落とせば意地でも回収を試みるでしょう。ここまでは大丈夫ですか?」


・キカイとは世界全体のバランスを保つ運営機関であり、マキナはその実行部隊のようなもの。

・マキナのようにわざわざ顕現するのには理由があるって、部品を無くした場合が一つ。


 大体こんな感じだ。

 やはりマキナがここに来た理由は説明出来ない。


『貴方に首……貴方じゃない何かに首を切られた時に、血液に流されて部品が殆ど飛んでっちゃった』 

『キカイの部品はニンゲンには見えないのよ。でも足りないものは足りないから貴方のパーツで代用したの。役割としては一緒だから便宜上血液と心臓みたいに表現を揃えただけ。だから今の私が同じ様に殺されたらもう生き返れないし、血だって流れるわよ』

『貴方が私の部品探しを手伝うの。そしたら心臓と血液とか色々返してあげるし……ついでにその糸が見える問題も解決するわ』


 マキナが俺の身体から色々と奪ったのは、生き返る為だ。流されたあらゆるパーツの代用品として俺の内臓やら血液やらが使われた。だから今の理由では、アイツがここに来る説明にはならない。

「もう一つは?」

「単純に、仕事です。バランスを乱す存在を消し去る為にやってきた。主にこの理由が考慮されるから、君は特にアレに関わるべきじゃないと私は言いたい」

「意味が、分からないんだが」








「人を助けるのは正しい事。どんな理不尽があっても、どんな無理があっても助けるのが道徳的な在り方。そんな押しつけがましい善の認識がこの世界全体に蔓延る常識です。言い直すなら、キカイが従うべき規範ですね―――ほら、違反してるでしょ? 私も君も排除される理由は十分。そして貴方には誰にも視えない筈の何かが視えている。異端排除は秩序の仕事。それが真っ当なあり方というものです」 






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