SFseason
あべ
プロローグ
ある年の夏の、その終わり頃の夜。
畑に挟まれた、長い直線の道路に、一定の間隔で電柱の明かりが落ちていた。
そこをスピードを変えずに走っていく、黒い乗用車。
その助手席から……窓越しに一人の男児が、外の景色を眺めていた。
暗くてほとんど見えない田舎の風景を、じっと見つめている。
すると畑ばかりだった景色に、ぽつぽつと家の明かりが現れ始めた。
やがて車は、住宅街に入った。
「あっ……」
……小学校がある……。
ぼくが、来週から通う所だ。
周りには建物が少なくて、なんだか暗闇に、ぽつんと寂しく建っているふうに見えた。
……やっぱりぼくは、あんまり楽しみに思うことができなかった。
だって一緒のクラスになる子たちの中には、ぼくのことを知っている人は居ないから。
友達はみんな、山の向こうの町に居る。
ぼくが産まれて、お父さんお母さんと住んでいた町。
「ん、なんだ?不安かぁ?」
隣で運転しているおじさんが、ぼくに聞いてきた。
運転席を見ると、ハンドルを握ったまま、微笑んだ横顔がある。
「大丈夫だ。すぐに新しい友達ができる」
この人がぼくの、新しいお父さんになる人……。
「……ほんと……?」
「ああ、きっと大丈夫だ。この町の人達は皆フレンドリーだからな」
ふれ……?
「友達を作るのが好きってことだ。きっと、すぐに友達ができる」
「……でも、それでもやっぱり、友達できなかったら?」
つい不安でそう聞いてしまう。
それを聞いたおじさんは、「ふっ」と笑った。そしてぼくの目を見て、ニッと白い歯を見せて笑う。
「大丈夫だ。絶対に」
「……ぜったい……」
「おうっ」
……ぼくはその時。
ああ……これからは本当にこの人が、ぼくの新しいお父さんになるんだな。
と、やっとそう感じた。
山の向こうには友達と、お父さんお母さんがいる。
だけどあの二人はもう、ぼくのお父さんお母さんじゃない。直接誰かに言われたわけじゃないけど、もう分かっていた。
でも、何でそうなったのか分からない。
どうしてぼくは、二人の家族じゃなくなってしまったんだろう。
……もしかして。
ぼくは二人に、嫌われてしまったんだろうか。
嫌われたから、こうして離れて暮らすことになったんだろうか?
「ようし、着いたぞ」
車が止まって、おじさんが言った。
膝の上でぎゅっと握っていた手のひらをひらいて、ドアを開けて外に出た。
外の空気が冷たい。
「……ここが、俺達の家だ」
車は大きい一軒家の前に停まっていた。
壁は白で、でも少しすすけているように見えた。
玄関から二人の足元まで、平べったい石が何個も埋まっている。雑草の伸びた庭が家の周りに広がっていて、それをさらに木の板が囲っていた。
「すまんな、前の家よりは古いと思うが……かんべんしてくれ」
「ん……」
「ここは俺の親が住んでた家なんだがな。もう何年も空き家になってたから、庭も荒れてるし、中も結構汚れてるはず…………まずは掃除からだなぁ」
おじさんがそう言う傍ら、周りを見回してみる。
静まった家々の奥。住宅街から離れた所に、さっきとは違う学校があるのが見える。
遠くてよく見えないけど、小学校とは違うのが分かる。
「ねえ、あれなに?中学校?」
「ん?……ああ、あれは高校だな」
「こうこう?」
「うむ。中学校の、その次に行くとこだ」
「…………ぼくも行くの?」
「んまあ、それはその時の一樹(かずき)の気持ち次第だな。俺的には、行っといて損はない場所だが……」
「ふぅん……」
まだ小学校にも入ってないのに、そんな事言われてもよく分からないと思う。
小学校の、次の中学校。
そのまた次の……高校。
小学校の友達も出来るか分からないのに……なんだか、すっごく遠い話な気がする。
想像しようとしても、頭は真っ暗だった。
(ほんとうに……そんな日なんて、来るのかな)
嘘だと言われれば信じてしまいそうな、そんな気持ちだった。
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