03:侯爵家の場合




 次男が家を出て、騎士爵をたまわったと噂で聞いた。

 家を出たのはただ単に住居を移しただけだと思っていたのに、完全に侯爵家の籍から抜けていた。

 法律上は赤の他人になっていた。


 今回のように家に重大な欠陥があった場合、本人が成人していれば親の承諾は要らないのだと初めて知った。

 侯爵家と縁が切れているので、勿論妻の実家の公爵家とも縁が切れている。

 一代限りの騎士爵の方が、うちの侯爵家や妻の公爵家を後ろ盾にするよりも価値が有ると次男は判断したのか。



「父さん、どこかにあの女と消えてくれないか」

 取引相手との面談を終えて帰って来た長男に、いきなりそんな事を言われた。

「あの、女、とは?」

 答えが解っていたが、信じたくなくて質問をした。

「アンタの妻で、全ての元凶の女だよ」

 長男は自分の母親を「あの女」と呼んでいた。


「消えるも何も、ファーラは実家の公爵家に帰っているだろう?」

 みっともなく声が震える。

 次男だけでなく、長男もここまで私達を嫌っていたのか。


「その公爵家と一緒になって、オリヴィア様を貶めるような事を言いまくってるんだよ!どこまで俺の邪魔をすれば気が済むんだ、アンタ等は!」

 銀の燭台しょくだいを投げつけられた。

 避けたが間に合わず、肩に少しぶつかる。

 避けなければ……まさか、顔を狙ったのか!?



「俺もフィンレーが出て行った時に、一緒に除籍すれば良かったよ」

 長男がテーブルを殴りつけた。

 いや、それよりも……

「フィンレー?」

 長男の顔がゆっくりとこちらを向く。

「まさか、弟……次男の名前を覚えていないのか?」


 そういえば、そんな名前だった気がする。

 子供の名前は、ウィッキー以外はファーラの実家の公爵家が勝手に付けたのだ。

 しかも次男の事は「スペア」と呼んでいた。

 本人の名前を呼ぶ機会など無かったし、問題無かったのだ。


「まさかとは思うが、俺の名前も覚えていないとかはないだろうな?」

 ゴミでも見るような目で見つめられた。

 長男、長男の、名前。

 いつも執事や妻とは、何と呼んで会話をしていた?

「後継者」「次期当主」「長男」

 それで話が済んだのだ。


『長男を呼んで来い』

 そう指示をすれば、執事や従者やメイドが長男を呼んで来た。

『うちの次期当主です』

『これが侯爵家の後継者です』

 そう対外的に紹介すれば、本人が勝手に名乗っていた。


 大体、会話する時に目の前に居る人物を、態々わざわざ名前で呼ばないだろう!?


「俺は、長男で、後継者で、次期侯爵家当主なんだよな。名前などは必要なく、必要なのはその立場だけなんだな!」

 そう叫んだは、テーブルに掛けられたクロスを力一杯引っ張り、上に載っていた花瓶や燭台を全て床へと落としてしまう。


「侯爵家の後継者など、クソ喰らえだ。俺は伯爵家へ婿入りする」

「な、何を?」

「俺の恋人は、伯爵家の一人娘だ。そんな事も知らなかっただろう?」

「お前の婚約者は、公爵家の娘だろうが!」

 そう。妻の実家の公爵家から嫁を迎えるのだ。


「あの女の兄の子供など、虫唾むしずが走る。相手の不貞を理由に、とっくに破棄している」

「不貞、だと?」

「他の男とホテルのベッドにいるところに、公証人と共に乗り込んでやったよ。が知らないって事は、さすがに公爵家も恥ずかしくて、文句も言えなかったのだな」

 婚約を交わしてすぐの事なのにな!と、吐き捨てられた。



 数日後、長男は家を出て行った。

 次男と同じように、侯爵家とは完全に縁を切ったようだ。

 長男はとても優秀なので、伯爵家へは問題無く婿入り出来たらしい。

 今回の醜聞は、私と妻とウィッキーが原因で、長男と次男は被害者だと世間では認識されている。


 一度籍を抜いた者は、元には戻せない。

 だからウィッキーを後継者にする事も出来ない。


 侯爵家は、私の代で終わるようだ。


 長男の名前は、最後まで思い出せなかった。



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