転落




「お、俺とミリアムじゃ爵位も何も無いじゃないか……」

 知らない間に進んでいた婚約の話を聞き、愕然と呟くウィッキーに、オリヴィアが良い笑顔を見せる。

「私、お二人の幸せの為にしましたのよ。侯爵家と男爵家へお二人の結婚を認めるようにお願いしましたの。それによって慰謝料の額を考えますと一言添えて」


「な、何を余計な事を」

 侯爵家三男のウィッキーが男爵家次女のミリアムと結婚しても、平民になるだけだった。

 公爵家へ婿入りするはずだったのに、よりにもよって平民への転落である。

 どこかの一人娘と婚姻すれば、公爵家ではなくても貴族でいられたものを、オリヴィアはその可能性すら潰したのだった。




 ウィッキーが侯爵家へ帰ると、やしきのエントランスにトランクが数個積まれていた。

 それを避けて自室へ行こうとすると、家令が行く手を遮るように立ちはだかる。

「王家から認められました。もう侯爵家の人間では無いので、邸内に入れるなとのご命令です」

 頭も下げずに家令が告げる言葉に、ウィッキーは冗談でも何でも無い事を知る。


「婚約じゃないのか!?貴族には最低でも3ヶ月の婚約期間が必要だろ!」

 ウィッキーが叫ぶと、家令の後ろから次兄が近付いて来るのが見えた。

「いつまで貴族のつもりだ?平民の婚姻に婚約期間など必要無い!」

 害虫でも見るような目で見てくる次兄に、ウィッキーは言葉も無く立ち竦む。


「お前が弟じゃなければ、俺だってオリヴィア様の婚約者に名乗りを上げられたのに!」

 足元に置かれていたトランクを、次兄が蹴飛ばした。

 ロックが外れ中から出て来たのは、ウィッキーの私服だった。


「せめてもの情けだ。平民になっても着れる服を持って行って良いと父からの伝言だ。男爵家までは馬車を出してやる。その後はそっちで聞け」

 恐るべき速さで、ウィッキーは転落していっている。


『その地位がどういうものか、身をもって知るが良いですわ』

 オリヴィアの声が、ウィッキーの脳裏に響いた。



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