07-14S レニアーガー・フルマドーグ 第十一軍

 帝国歴一〇七九年十月、我々、シャールフ特別大隊はケイマン族第三騎兵旅団を粉砕した。

 最終的に二個大隊の増援を得たが、ほぼ一個大隊で、敵一個旅団を粉砕したのである。

 画期的な勝利である。

 後世の軍事教科書に載ることは間違いないだろう。

 それぐらい素晴らしい勝利であり、その一員として細やかながら勝利に貢献できたことは軍人として喜ばしい限りである。


 だが、我々がその勝利の余韻に浸れたのは僅かに一日だけであった。

 我々はヘロン救出のために編成される第十一軍に参加するよう命令されたのである。




 ミッドストン市に到着し、そこで改めて突き付けられた帝国の現状は悲惨だった。

 第二軍は敗北し、クテン市に退却していた。

 シャーヤフヤー公子他、多くの高位指揮官が戦死した大敗北である。

 第二軍は秩序を保って後退できたものの、数千人を失っていた。

 更に、第二軍の有力諸侯であったジャロレーク伯爵の帝国離反が明らかになり、その対応が急務となる。

 ナーディル師団とクテンゲカイ侯爵軍、つまり第二軍はジャロレーク伯爵軍の対応に当たることになり、ケイマン族に対する戦力からは外れてしまった。

 ジャロレーク伯爵を無視すればクテン市が危ないし、クテン市、つまり旧帝国首都テルミナスの失陥は帝国ゴルダナ地区の失陥と同義に近い。

 第二軍がジャロレーク伯爵に当たるのは致し方ないだろう。


 第二軍がダメであれば第一軍だが、こちらはヘロン市で包囲されていた。

 聞くところでは第一軍主力三万人がヘロン市で籠城しているという。

 何がどうしてこうなったのか、さっぱり理解できない頭の痛い事実である。

 ヘロン市は人口五~六千人の都市だ。

 第一帝政からの要塞都市であり、随時、補修と改良が施された防御施設を有する。

 しかし、規模は大きくはない。

 そこに、三万人が逃げ込んでいるという。

 これは軍事的には妥当とは言えない行為である。

 この規模の要塞であれば、三千人、多くても五千人程度の守備兵で十分であり、それ以上は過剰だ。

 そもそも、ヘロンで籠城の準備が成されていたとは思えない。

 数千人規模の都市に三万人が籠城。

 いや、ヘロン市の元からの住民や戦時避難した近隣の住民を加えると城壁内の人口は四万を超えるだろう。

 物資、特に食料は数か月持つか疑問である。

 実際、上の方は、『喰い伸ばして二か月持つかどうか、一か月程度の可能性も高い』と結論していた。


 ちなみに、第一軍が敗北して籠城したのが十月十日前後。

 既に半月以上。

 城内の食糧事情は切迫しているだろう。


 普通、第一軍のような大規模の軍隊が敗北した場合、このような近隣の中小要塞に逃げ込むことはしない。

 真直ぐに退却して敵軍と距離を取るのが常識である。

 なんで、ヘロン市などに逃げ込んだのか?

 繰り返すが、困ったことをしてくれたものである。


 正直な所、純粋に軍事的に見れば、ヘロン市は見捨てるべきだろう。

 帝国にはそれを救援する力はない。

 そんな兵力は無いのだ。

 少なくとも直ちには。

 ヘロン市が粘っている間に軍隊を再編し、定番の焦土作戦で敵が弱体化するのを待つべきだろう。

 決戦は、ナーディル師団らの第二軍主力がジャロレーク伯爵を討伐してからが妥当だ。

 ゴルダナ地区北西部は甚大な被害を受けるだろうが、事ここに至っては致し方ない。


 だが、困ったことにヘロン市内にはバャハーンギール殿下以下、帝国上位貴族が多数存在している。

 政治的に見捨てることは不可能だろう。


 しかし、そうは言っても、カゲシンに残された正規師団はクロスハウゼン師団だけ。

 しかも、これはカゲシン防衛についており、つまりはカゲシン山脈の東側にいる。

 クロスハウゼン師団を派遣するとしても、これから準備してでは、山脈西側に移動させるだけで半月はかかる。

 カゲサトからヘロンまでも半月かかるから、時間切れの可能性が高い。

 それに、クロスハウゼン師団を手放したらカゲシンを防衛する師団がなくなる。

 カゲシン首脳がそれを許容するとは思えない。

 ちなみに、西側、ゲインフルール地区のボルドホン公爵主体の第三軍についてはどうなっているのか情報すらない。

 敵に交通を遮断されているから致し方ないのだが、少なくとも積極的に進軍してはいないのだろう。




 そんなことで、上層部はヘロンの東側の中核都市ミッドストンで急遽新しい軍を編成することにした。

 幸か不幸か、カゲシン山脈の西側、つまり我々の所に、シャールフ殿下という帝国公子が存在している。

 シャールフ公子を中核に軍を編成、ということで名目は付くのだ。

 だが、名目は付いたとしても現実は大変である。

 中核とされたのは我がシャールフ特別大隊。

 大隊としては大型だが、所詮は大隊だ。

 二千人に満たない兵員数では中核もなにも無い。

 第十一軍は諸侯軍が中心となる。

 ならざるを得ない。

 第一軍に所属していたが、本隊とはぐれて退却してきたミッドストン伯爵軍とクリアワイン伯爵軍。

 それぞれ、三千人規模。

 第二軍から転属されたタルフォート伯爵軍は少しマシで四千人ほど。

 カゲサトとその周辺に駐屯していたベーグム師団の留守旅団と牙族傭兵部隊であるモーラン連隊も動員される。

 敗兵とお飾り部隊と傭兵。

 頭が痛いなんてもんじゃない。

 こんな軍隊で戦いたい指揮官なんていないだろう。


 だが、これも、全て集めて二万人に届かない。

 であるから、急遽、近隣から徴兵することになった。

 質の低い部隊に素人兵士を集めて戦争できるのか、と聞いたら、「これ以上、質は下がらないから見た目だけでも多い方がいい」とバフラヴィー閣下は言っていた。

 確かに、それもそうかもしれない。


 しかし、徴兵すると言っても簡単ではない。

 そもそも、この地区では第一軍、第二軍の編制で臨時徴兵が行われていたのだ。

 そこで、更に徴兵である。

 搾りかすをもう一度搾ろうというのだから、難航するのが当然だ。

 私も徴兵係を命じられたのだが、近隣の農村を回っても、交渉するだけ無駄な世界。

 帝国の危機、マリセア正教の法難と煽ってもそれで動員に応じる者はとっくに応じている。

 ゴルデッジ地区やヘロン近郊からの避難民にも声をかけたが、戦う気が無いから避難してきた人間ばかりで、これまた、ろくに応募はない。

 十回交渉して、成果は兵員三人なんて具合。

 徒労、という言葉しか残らない。

 更に、村々を回るついでに穀物の買い付けも命じられたが、これも第一軍が搾った後である。

 当然、余分な穀物など残っていない。

 宿舎に戻って、アスカリと徒労を慰め合っていたら、同期間にカンナギが千人規模の徴兵に成功し、更に、千トン単位の穀物を調達したと聞かされて下着を濡らしそうになった。


「難民からの徴兵なんて簡単だろう。

 このままだと配給は無くなるけど、軍に入ったら最低限の食い扶持は当たるって言ったら、みんな応募してきたよ」


「いや、・・・配給がなくなったら更に東に逃げるんじゃないのか?」


「そこの食料はとっくに軍が徴発したから、難民に当たる食料は無いって話してる」


 アスカリと顔を見合わせる。


「心苦しいが、国家の危機だからな。致し方なかろう」


「穀物の買い付けもやったって聞いたが、もう、村に余分な穀物なんてないだろう。

 自分たちの食い扶持しか残っていないって聞いてるぞ」


「強制はしていない。

 このままだとケイマン軍がやってきて、問答無用でさらっていくって話したよ。

 大量の穀物は抱えて逃げられない。

 今のうちに金貨に変えといたほうがいいって勧めたら、交渉に乗って来た」


 カンナギは商人というか詐欺師の才能も有るらしい。

 よくわからないが、カンナギ方式が標準化された結果か、わずか数日で数千人規模の徴兵が成ったのだから、良かったのかもしれない。




 しかし、集まった兵員の部隊化も大変だった。

 今回のような、急編成の場合、既存の兵員・士官からの幹部抜擢が基本だろう。

 大隊長で有能な奴に連隊長をやらせ、中隊長に大隊長を、小隊長を中隊長に、という具合である。

 だが、今回の場合、これも大変だった。

 元々、シャールフ大隊自体が臨時編成だ。

 自分も、第二魔導中隊長を務めていたが、今回が初めての中隊長任務である。

 これまでは、小隊長以下の経験しかない。

 それが、中隊長就任一か月ちょっとで大隊長をやれというのである。

 我ながら無謀もいい所だ。

 だが、横を見れば皆、似たり寄ったり。

 クロスハウゼン『旅団』の第二歩兵連隊長に任命されたブルグル坊官補は、諸侯で言えば中佐で、大隊長資格を持ち、実際にクロスハウゼン師団で次期大隊長に内定しているが、実際の大隊指揮経験はほとんどない。

 それが、連隊長である。


 だが、クロスハウゼン旅団はまだいい方だ。

 諸侯軍はもっと酷い。

 通常、このような軍編成の場合、諸侯軍は自前の兵士だけで部隊を編成する。

 臨時徴兵の部隊にはカゲシン正規師団が幹部要員を派遣するのだ。

 だが、今回は基幹がシャールフ大隊なので、基幹要員が少ない。

 このため、新規徴兵を諸侯軍にも組み入れることになった。

 四千人に満たない伯爵軍が近隣の男爵軍や騎士領兵士だけでなく、徴兵も受け入れて規模を倍に増強したのである。

 中核となる三人の伯爵の内、カゲシン自護院でまともに軍隊教育を受けているのはタルフォート伯爵だけだ。

 クリアワイン伯爵とミッドストン伯爵もカゲシン留学経験はあり自護院にも所属していたが、名目だけ。

 実質は宗教貴族だ。

 部下にも自護院で教育を受けた者は数えるほどしかいないという。

 こんな部隊が、素人兵士を受け入れてまともに戦えるのだろうか?

 不安どころの話ではない。




 正直なことを言えば、私は軍からの離脱・脱走まで考えた。

 アスカリなどは、上官がいない時には、しばしば『逃げちゃおうかな~』などと放言し、私はそれを窘めていたのであるが、実際は人の事は言えない。

 では、何故、軍に残っていたのか?

 一つには、逃げるのが困難となってきたのがある。

 私は、細やかながらカゲシン上層部に知己を持ち、情報を交換している。

 今回、出征してからも当初は適時手紙を送っていた。

 大隊が逃亡状態に入ってからは途絶していたが、ミッドストンに入ったその日にまた手紙を出している。

 だが、数日前からそれが困難になった。

 帝国内の私的音信は、公用便に便乗する形で運営されている。

 帝国内主要都市からは、それなりの値段でカゲシンまで手紙を送ることが出来る。

 今回のように公的な軍に所属している場合は軍からカゲシンまで手紙を届けることも許可されている。

 戦時になり料金が高騰していたが、十月中は何とか通行が維持されていた。

 そして、十一月一日の第十一軍のミッドストン出陣、正確にはその数日後から、通信は完全に途絶した。


 帝国内、ゴルダナ地区とアナトリス地区を隔てるカゲシン山脈には三か所の主要峠がある。

 北から、トエナとウィントップを結ぶトライホールド峠、カゲシンとカゲサトを繋ぐカゲシン峠、アナトリス西方の海岸沿いに走るアナトリス峠である。

 噂では、このうち、カゲシン峠とアナトリス峠の通行が厳しくなったという。

 クテンやタルフォートからアナトリスに向かう船便も規制されている。

 どうやら避難民が殺到しているらしい。

 無理もないが、逃亡は困難と見るべきだろう。


 もう一つの、そして最大の理由は、第十一軍は『戦わない』とされていた事である。


「エディケ宰相からは、現地に到着して勝利の見込みがない場合は無理をするなと指示が出ている。

 交渉でなんとかすると。

 賢明で妥当だろう」


 大隊長会議でバフラヴィー閣下が、勿論、内密に話したことだが、議場にはほっとした空気が流れた。

 実際、第十一軍で主戦論を唱えているのはミッドストン伯爵ぐらい。

 他は、みんな第十一軍が『戦えない』事を知っている。

 だが、対外的にも、対内的にも、救援軍を出さないわけにはいかない。

 カゲシン公子が籠るヘロンに救援軍を送らなければ、帝国の威信は地に落ちる。

 勿論、戦って負ければ更に低下するが、戦わなければ、少なくとも『負けなかった』と喧伝できる。

 ヘロン近隣まで軍を送れば、送らない場合よりは、多少はマシな交渉もできるだろう。

 我々は、ケイマンとの和平交渉を可能な限り優位に進めるために、多少はマシな内容の和平を結ぶためにヘロンに向かうのだ。


 勿論、交渉と言っても相手は蛮族。

 何を言われるか分かった物ではない。

 交渉は難航するだろうし、内容も屈辱的になるだろう。

 ミッドストン伯爵がやたらと主戦論を唱えるのはこれに起因しているとの話だ。

 領土割譲となれば、ゴルデッジ侯爵領、ヘロン伯爵領は勿論、ミッドストン伯爵領も対象とされるだろう。

 クリアワイン伯爵は、「ここだけの話」として、敵を西方ゲインフルール方面に誘導すべきと言っていた。

 ボルドホン公爵らが支配するゲインフルール地区をケイマン蛮族とフロンクハイトの吸血鬼に与える、と言うのだ。

 敵がゲインフルールに向かうなら、敵の切り取り放題と暗黙に認める、というのである。

 ゲインフルール地区は第三帝政では『帝国外』だった地区である。

 帝国中枢に対する帰属意識も薄い。

 今回の戦いでは第三軍を編成してゴルデッジに進軍してくるハズだったが、今のところ影も形もない。

 帝国領土を敵に差し出すのは業腹だが、この状況では致し方ない。

 そして差し出すならゲインフルールだろう。

 敵も、帝国軍主力と戦うのはリスクが高い。

 暗黙の了解で、やわらかい餌が当たるのならば乗る筈だと。


 クリアワイン伯爵の発言は、軍の秘密会議とはいえ、公の場で話すにはいささか問題がある内容で、実際、発言直後にタルフォート伯爵によって窘められ、議事録からは抹消された。

 だが、発言が途中で遮られることは無かったのだから、他の幹部も薄々、そんなことになると考えているのだろう。

 実際、クリアワイン伯爵の発言は会議に、そして参加者に、一定の安心感を与えた。

 私の横に座っていたミッドストン旅団の大隊長の一人も納得したようだった。

 彼は、ミッドストン旅団では数少ないカゲシン自護院で教育を受けた軍人であり、私と同年代、つまり自護院時代は共に実習に参加した仲間である。

 こんな軍隊とも言えないような急造素人集団で、まともな戦争などできないのは彼も承知している。


「事、ここまで来ては、帝国も無傷で切り抜けるのは不可能だろう。

 生贄にするとしたらゲインフルールしかない。

 致し方ないし、妥当だ。

 どんなことをしても戦って、バャハーンギール殿下を取り戻せとか言われるのかと思っていたが、軍の首脳も、そしてどうやらカゲシンも分っている。

 こんな、数だけ集めてどうするのだと思っていたが、交渉のために前に出るのなら納得だ。

 戦わない前提なら数が多い方が交渉で役に立つからな」


 彼は今回、大量の穀物を集めた事にも注目していた。


「一体、何か月戦うつもりかと思っていたが、あれは、交渉材料だな。

 バャハーンギール殿下を解放させるのに、金と穀物が必要なのだろう」


「こうなると、我々の最大の任務は、配下の兵士を可能な限り脱落させずにヘロンまで連れていくことだな。

 交渉で敵に見せつけるのなら、可能な限り頭数が多い方がいい」


 私たちは頷き合って別れた。

 そんなことで、我々は少しだけ安堵してミッドストンを出陣、ヘロンに向かったのである。




 ミッドストンからヘロンまでの行軍は苦難が予想されていた。

 第十一軍は急造軍であり、兵士の大半が徴兵されたばかりの新人である。

 訓練の時間もほとんどなかったから、行軍しながら訓練も行うことになっていた。

 これは言うほど簡単なことではない。

 新米兵士では、そもそも行軍が捗らない。

 集結も遅いし整列にも時間がかかる。

 行軍中も規律を乱す者が少なくない。

 単純に体力的な問題で行軍についていけない者も多発した。

 更に、『恐ろしい蛮族と吸血鬼』が待ち構えている戦場への行軍である。

 脱走者が多発することは避けられないと思われた。


 ところが、だ。

 現実に行軍を開始してみると、脱走者は驚くほど少なかった。

 体力不足の兵士は多数いたし、慣れない訓練に戸惑う者も多かった。

 だが、皆、驚くほど熱心なのである。

 原因は、ちょっと特殊な話になる。


 ケイマン第三騎兵旅団との戦いで、シャールフ大隊は大量の捕虜を得ていた。

 その数は前代未聞の規模である。

 捕虜の大半は、クリアワインに設置された捕虜収容所に送られたが、男性捕虜の大半は、第十一軍で引き続き『使用』されていた。

 今回の徴兵で特に苦労したのが、魔導部隊である。

 魔導士はそもそも数が少ない。

 今回は、部隊のほぼ全てを魔導砲部隊として編制したため、従魔導士を活用し何とか数を揃えている。

 だが、それでも徴兵は難航していた。

 そこで、『切り札』として用意されたのが『男性捕虜』である。

 徴兵に応じて、クロスハウゼン旅団魔導連隊に入隊したら、豊富な『男性捕虜』が使えると宣伝したのだ。

 カンナギの夫人であるクロイトノット家出身のアシックネール殿が発案したという。

 シャールフ大隊の男性捕虜、権利の大半を持っていたのがカンナギだ。

 続いてバフラヴィー閣下とゲレト・タイジ。

 この三人が、権利を放棄して男性捕虜を魔導連隊に『配備』した。

 最終的に一〇〇名を超え、二〇〇名近くになった男性捕虜は、魔導連隊の中隊あたり十五名程度が『配備』され、中隊付き下士官に『管理』される事となる。

 カンナギが開発した新型精力剤『ハイアグラ』が大量に配備された結果、男性捕虜は一日十回近く『可能』となった。

 単純計算では、各兵士は二日に一回、少なくとも三日に一回は男を使える。

 独身女性だけと限定すれば毎日でも使える数である。

 軍の独身女性というのは、平時には全く男に相手にされない者が少なくない。

 戦争に出た時だけ、上官の男に『してもらえる』のが楽しみだが、普通は十日に一回も当たればいい方だ。

 それが、三日に一回である。

 訓練で頑張った者を優先という規則を設けた結果、兵士たちは目の色を変えて訓練に励むようになった。

 少々頭の痛い話だが、ここまでなら、まだ普通とちょっと違うぐらいだろう。




 魔導連隊の士気が爆発的に向上したのは、シャールフ殿下が原因である。

 良くわからないのだが、カンナギの第一正夫人であったはずのクテンゲカイ・ジャニベグ嬢が何時の間にやらシャールフ公子の第一正夫人に横滑りしていた。

 ジャニベグ嬢と言えば、素行不良で有名な女性だ。

 クテンゲカイ侯爵家の正夫人の娘だから、身分はカゲシン公子の正夫人でも問題ないが、こんな女性でいいのだろうか?

 だが、バフラヴィー閣下も、その第一正夫人でカゲシン内公女でもあるスタンバトア殿も許容している。

 どうやら正式に、公子の正夫人になったと見るべきだろう。

 それで、シャールフ殿下とジャニベグ嬢だが、カンナギの時と同様に、昼間からヤッていた。

 馬に、同乗して馬の上で『繋がって』いる。

 マリセアの公子と、クテンゲカイ侯爵の令嬢が、昼の日中、行軍中に衆人環視の馬上で、ヤッている。

 もう、規律も礼儀も何もない!

 私は、後から話を聞いたのだが、止める者はいなかったのかと唖然としたものである。

 考えてみれば第一魔導大隊の大隊長がジャニベグ嬢だったが。

 ただ、ここまでであれば、カンナギの時と同様に軍隊内の悪評と兵士たちの怨嗟だけだったかもしれない。

 事件が起きたのは、行軍一日目の訓練終了時だった。


「ほう、最も頑張った者から、好きな男性捕虜を使える、というのか。

 ならば、一人ぐらいは私が注いでやろうではないか」


 なんと、マリセア公子が、自ら一般兵士に精を注ぐと言い出し、実行してしまったのである。

 魔導連隊の訓練だが、旅団長のバフラヴィー閣下はおらず、連隊長のカンナギも中座した間の出来事だった。

 私は、その場にいたのだが、場が一気に熱狂してしまい、止められたものではない。


 普通、シャールフ殿下のような最上級の貴族は軍に参加しても下々の兵士に直接、精を注ぐことは無い。

 上級貴族の警護の問題、性病などの感染症もあるが、何より、容貌に優れない末端兵士とヤリたい上級貴族男性などいないのだ。

 だが、シャールフ殿下は平気らしい。


「日々、訓練に励む兵士の尻が魅力的でない筈がないではないか!」


 そう言って、実際に始めてしまったのには唖然とするしかなかった。

 シャールフ殿下はマリセアの公子で美男子として有名である。

 クロスハウゼン系の公子でまだ十三歳だが、魔力量では宗家随一と噂される。

 そんな、最上級の男性が相手をしてくれるというのだ。

 相手として選ばれた女性は始まる前から感激と興奮で、グチャグチャになっており、そして、『極めてマナの濃い精液』を中に出され、絶叫して失神してしまう。

 後日、本人が語ったところでは、感動と興奮、そして精液のあまりの魔力量によるショックで、どうにもならなかったらしい。

 そうして、シャールフ殿下は、今後もヘロンに着くまでは毎日二人ずつ相手をしようと宣言した。

 魔導連隊が異様な興奮に包まれたことは言うまでもないだろう。


 状況を知らされたカンナギは、そして、バフラヴィー閣下やその夫人たち、そして、シャールフ殿下の同母姉であるネディーアール殿下は、何故かは良くわからないが、これを追認した。

 警備上の問題は明らかだが、恐らくは魔導連隊の熱狂を止められないと諦めたのだろう。

 シャールフ殿下がヤッている最中の警備責任者として私が任命されてしまったのは予想外だったが。


 実際、連隊の興奮は最高潮だった。

 独身女性だけではなく、連隊の女性ほぼ全てが、シャールフ殿下に精を注いでもらう事を望んだ。

 下級貴族が上級貴族の接待に自分の妻を提供することは少なくない。

 女性にとっても名誉なこととされるし、それで女が妊娠すれば上級貴族との繋がりが出来る。

 女が生まれれば、夫人を提供した男性が育てて自分の夫人にするのが多いだろう。

 男性であれば、上級貴族の係累に仕官させるなど使い道が多い。

 不肖、私もシャールフ殿下の娘を妻に出来るのなら悪くないと考えてしまったのが正直な所である。


 ともかく、そのような事で、いささか異常というか、警備する立場となってしまった身としては大変になったのだが、ともかく魔導連隊の士気は最高潮に達し、脱走など誰も考えなくなってしまったのである。

 結果としては良かった、のかもしれない。


 シャールフ殿下は、これにより兵士たちの絶大なる支持を得ることになった。

 今や、バフラヴィー閣下やカンナギと同等の、いや、ミッドストンから参加した兵士たちにとってはそれ以上のカリスマと言って良いだろう。

 これは戦いになれば大きな意味を持つ、かもしれない。

 シャールフ殿下とジャニベグ嬢が真っ昼間から馬上で繋がったまま行軍するのを見咎める者もいなくなった。

 兵士たちは微笑ましい眼差し、次は自分と期待して、見つめている。

 普通とはいいがたいが、良い、のかもしれない。


 ちなみに、日々の訓練の順位を付ける役割も私が担当になってしまった。

 兵員の怨嗟の的となったのは否めない。

 三日目に私の妻を『選定』したのは役得だったが。

 妻、私の第三正夫人にはえらく感謝された。


 こうして、我がクロスハウゼン旅団魔道連隊はほぼ欠員なく、それどころか途中参加の魔導士まで加わるという活況でヘロンに到着したのである。

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