07-12 ヘロンに向かう (二)
「これ、使えるわね。
魔導砲とこれの作製技術を学べただけでも、今回、来た甲斐はあったわ」
シマがライトニングロッド(ロング)を振り回しながら言った。
センフルール勢とネディーアール殿下は行軍中も相変わらずオレの周りにたむろっている。
「しかし、これ、始祖様が使っていた伝説の武器と似てるのよね」
「へーそうなんだ」
ライトニングボルトの有効距離延長は理論としては単純だ。
通常は手から出して、幅十センチほどになるライトニングボルトを、狭い通路で圧力をかけて無理やり通し、幅を狭くする代わりに有効距離を延ばす。
それだけである。
地球の先進国出身と目される『最終皇帝』が同じような発想に至ったとしても不思議ではない。
「その始祖様の武器は残ってないのか?」
「始祖様が帝国の建国前の戦いで使ってた武器だから。
うちの祖先が生まれたのは帝国が出来て二〇〇年以上経ってからなのよ」
「えーと、最終皇帝以外は使っていなかったのか?」
「そうみたい。
当時は魔力量の関係で使える人が他にいなかったんだって。
多分、センフルールの初代様ぐらいなら使えたと思うんだけど、初代様が生まれたのは第一帝政の末だからね。
その時には実物がなかったから」
歴史書が確かであれば、厳密には第一帝政末期には騒乱は起きていない。
起きるのは第二帝政に入ってからだ。
誰が正式な最終皇帝の後継ぎなのかという戦いである。
技術が欠落するのも仕方がないか。
「しかし、他に使える者がいなかったって、最終皇帝って、武器の標準化は考えなかったのか?」
「魔力量の差が大きすぎましたから」
答えたのはシノさんだ。
「始祖様は歴代の『預言者』でも最大の魔力量を誇りました。
そして、当時の魔導士は現在で言う所の守護魔導士がせいぜいでした。
現在の帝国基準の国家守護魔導士が人族に現れるようになるのは第一帝政の中期以降です」
最終皇帝自身が人族の子孫を作り、その中から優秀な魔導士が生まれるようになったという。
「月の民でも国家守護魔導士クラス以上はフロンクハイトやセリガーの上位だけでした。
そして、帝国建国時には彼らは始祖様の敵でした」
味方で使えそうな者がいないから専用の武器にしていたわけか。
「これが、始祖様が使っていたのと同じかどうかは誰もわからないけどね」
確かに、シマの言う通りだ。
もっと、強力な武器だったのかもしれない。
弱かったかもしれないが。
しかし、最終皇帝の実力ってどの程度だったんだろう。
カゲシン奥書庫にはそれなりに資料が残っていたが、良くは分からない。
伝説は色々とあるが、客観的な資料はほぼ無い。
直接、彼に従って転戦していた部下の見聞録も残っているが、記録者はせいぜい正魔導士程度の魔力量だったと推定される。
『自分の何倍もの』とかいう表現だけだからね。
「まあ、魔導砲と、このライトニングロッドだけでも今回付いてきた意味はあったわね」
シマ君、今君が着ている鎧もかなりの力作なんだが。
「鎧も剣もロッドも揃った。準備は万端だ。戦いが楽しみだのう」
ナディア姫もニコニコ顔だ。
「えーと、すいませんが、基本は交渉ですからね。まともに戦う予定は有りません」
一応、釘を刺しておく。
ミッドストン伯爵など一部貴族は妙に好戦的だが、バフラヴィー以下、大勢は『交渉』による和平を第一と考えている。
万が一に備え、可能な限りの準備はした。
だが、客観的に見て、第十一軍は寄せ集めだ。
ケイマン族と正面からまともに戦う力は無い。
龍神教の斎女殿は色々と言っていたが、少なくとも現時点では勝ち目は薄い。
一旦は和平を結び、ナーディル師団、ベーグム師団の再編が成ってから戦う、というのがバフラヴィーの出した結論だ。
ちなみに、斎女殿も第十一軍の内情を見て、「それしかないか」と納得している。
「だが、全く戦わないのでは侮られるであろう。
多少は戦うべきではないか?」
「それで負けたら、もっと状況が悪くなるんです。
ヘロンには非戦闘員まで含めると五万人近い人間がいるのですよ」
「それは、そうだが、・・・つまらぬ。
多少は見せ場があっても良いではないか」
戦争って、遊びじゃないんだが。
モーラン・マンドゥールンもそうだが、どーしてこんなに戦いたがるのかね?
日本の戦国時代の若武者もとにかく戦いたい、戦って手柄を立てたいって思考だったみたいだし、戦いが日常の世界ではこれが普通なのだろうか。
ただ、ナディア姫みたいな見目麗しい美人が、『早く戦いたい』とか『名のある武人を討ち取りたい』などと言っているのには違和感が。
女性が戦闘員の主体の世界とは分かっているけどね。
「まあ、戦わなくても、数万人規模の軍隊が対峙している状況を体験できるだけでも貴重な体験でしょう」
「こんな規模の戦い、人族でもここ十年以上なかったからねぇ。
貴重なチャンスよね」
シノさんは勿論、シマも乗り気だ。
「月の民の寿命なら焦らないでも、そのうち見られるんじゃないのか?」
「そー言ってて、何時までも経験しないままって話が多いのよ。
なんとなくで機会を逃して、百歳過ぎて初陣なんかだと悲惨らしいの。
戦場は若いうちに経験しとかないとダメだって聞いてるわ」
それは、確かにそうかもしれない。
歳を取ったから経験豊富とは限らないんだよな。
歳をとって経験していない事だと、柔軟性がなくなっていて、どーにもならんって話はよく聞く。
「カゲシンに戻ったら、奥書庫で写本が待っているから、とかじゃないんだな」
小声で聞いたら、小型愛玩動物の挙動がおかしくなった。
「まあ、それも無い訳ではない、けど」
否定はしないんだな。
「もう、流石に帰ったんじゃないのか?」
「船で帰るって言ってたから、その可能性は高いけど、・・・サコ様が陸路に拘ってたから、よくわかんない。
前にも言ったと思うけど、今回の出発直前には、『風と木の章』の、写本とか言い出してたし」
あー、あの話ね。
「あの話、続きがあってねー」
シマがシノさんに隠れるように小声になった。
「実は、私、風と木の章は読んでなかったのよ。
リョウコ様からは基本資料だから必ず読んでおくように言われてたんだけど」
「全然、読んでいなかったと」
「全然、じゃないわよ。最初の二巻までは読んでたわ」
なんか、デジャビュが。
実は、オレも先輩の腐女医、通称『なかみ・こなた』さんから、『基本資料、いや教科書だから』と全巻押し付けられた口だ。
何で、あんなに布教しようとすんのかね?
何巻あったか覚えていないが、紙袋ごと渡されて絶対に読むように命令された。
で、最初の二巻で挫折した。
マンガ本は一か月ほど我が家で埃をかぶり、その後返却したのだが、・・・問い詰められて、ろくに読んでいないことがバレてしまった。
「ああ、それがバレたと」
「私も最初の二巻、フトは最初の一巻しか読んでいなかったのです。
それが、今回、リョウコ様にバレてしまったのです。
それで、三人とも、反省の為、改めて写本を命じられてしまったのです」
青髪毒舌メイドのフキが、遠い目で補足する。
「ハナだって、ろくに読んでいなかったのニャー。不公平なのニャー」
青髪ニャーニャー娘のフトが憤慨している。
シノさんとリタは全巻読破しているとのこと。
「私はぁ、最初の一巻と最後の一巻を読みましたからぁ」
ハナがすましている。
成る程、オレもそうすれば良かった。
「そんなことで、私とフキとフト、三人並べてリョウコ様に怒られたのよ。
で、罰として命令された写本が、『風と木の章』そのものですらなくて、『風と木のドラ〇モン』って奴なのよ!」
オイ、・・・イヤ、ちょっと待て。
『風と木の〇ラエモン』って、・・・そんな、ニッチなもん、良く持ってきたというか、知ってたというか、・・・。
ちなみに、『ドラ〇モン』はこちらの世界でもメジャーだ。
舞台は日本から帝都に変更され、主人公の家は土地なしの官僚系下級貴族に変更されている。
未来の便利道具も、未来の魔法道具に変更されているが、あの特徴的な丸いネコ型機械人形はおんなじだ。
マンガではなくて絵物語だが、ストーリーはどこかで見た内容である。
カゲシンの一般図書館で初めて見たときは驚愕した。
「それで、その『風と木のドラ〇モン』なんだけど、・・・」
「いや、別に、説明はいらないが」
「聞きなさいよ!
つーか、あんた、まさか知ってるの?」
「いや、知らない、断じて知らない。
だけど、その『風と木の〇ラエモン』って題名だけでもう、ダメだろう」
「知らないんなら聞きなさいよ!」
・・・・・・・・・・・・・・聞くことになりました。
誰かに話したいんだろう。
聞いてくれる奴もいないのだろう。
でも、何故オレが聞かねばならんのだ?
「まず、ドラ〇モンが家で惰眠を貪ってたら、主人公の男の子がボロボロになって帰ってくるわけ。
どーしてそんなんになったのかって聞いたら、ジャ〇アンに『お前は女みたいな奴だ。女にしてやる』とか言われて、無理やりサレちゃったっていうの」
「あー、うん、・・・」
「それで、主人公の男の子が、『僕はもうだめだ。男として生きていく自信がなくなった。女として生きていくしかないのだろうか』って泣くわけ」
確か、の〇太がジャ〇アンたちに廻されるんだったかな。
「それで、男としての尊厳を失ってしまった主人公のために、ドラ〇モンが自分で主人公を受け入れる。
そして、主人公に自信を取り戻させ、男の尊厳を回復するって話なのよ」
ドラ〇モンが自分のお尻に『どこで〇あな』を張って、の〇太を誘うんだよな。
「ねえ、コレ、何なの?
『風と木の章』は気持ち悪かったけど、メインの二人は美少年だから、そっちの趣味の人には魅力的だろうとは思ったわ。
でも、これは何なの?誰が求めてるの?何処に需要があるっていうの?」
「いや、オレに聞かれても、・・・」
『風と木の〇ラエモン』、オレも一度読んだだけだが、妙に記憶に残る『怪作』なのは事実だ。
『傑作』ではない。
「それで、何が言いたいんだ?」
「だから、聞いてほしいのよ。
わかる?の〇太がジャ〇アンとス〇夫にやられてる図とか、の〇太が無理やりヤラれちゃってるのに気持ちよくなっちゃって無様に出しちゃってる図とか、の〇太とドラ〇モンのラブラブ合体の図とかを、延々と写すことを強制された私たちの心の叫びが!」
オレが地球で読んだのは短編小説だったが、・・・どうやら、こちらでは絵物語になっているようだ。
誰だよ、こんなの導入した奴?
更に、絵まで付けた奴?
「ある意味、懲罰としては正しかったのです。
あれをやらされるのなら、『風と木の章』を全巻読む方がマシなのです」
「気持ち悪いとかいう以前の問題なのニャー。
理解するとかしないとかではない何かなのニャー」
聞けば平たい胸族三人で、写本を三冊作るように命じられたらしい。
確かに、地獄だ。
「素直に最初から全巻読めばよかったのに。結構面白かったよ」
リタ君、君には聞いていない。
「いい加減、抵抗というか、拒否したらどうなんだ?」
「でも、リョウコ様には世話になってるから。
センフルールで事実上、私たちの唯一の後ろ盾だから」
「・・・あの人が、唯一の後ろ盾って時点で、お前たち、詰んでないか?」
「だから、逃げて来たんじゃない!言わせないでよ!」
うん、あー、そーだったな。
シノ、シマの二人には一応、斎女殿の話をしておいた。
「フロンクハイトがセリガーの真似ですか。
しかし、あの方法は倫理的、だけでなく血統主義者にとっても唾棄すべき話なのですが。
本当だとしたら、預言者の血統に拘るフロンクハイトが良く決断した物です」
シノさんが怪訝な顔で呟く。
確かに強制転化で月の民を増やすのでは血統も何もない。
「今回、参加しているフロンクハイトの枢機卿は二人ってことだから、その二人が推進者なんじゃないかしら。
残りは消極的賛成ってところだと思う」
シマの推論も説得力はある。
フロンクハイトは『黄金の預言者』の直系だとウイルヘルミナも言っていた。
フロンクハイトの幹部は金髪碧眼しか認められないという。
シノさんが最終皇帝直系の黒髪を誇示するのと同じだ。
魔力量があれば誰でもという強制転化は、認め難いだろう。
まあ、それだけ追い詰められているという話なのだろうが。
「私は、フロンクハイトの狙いはセンフルールだと考えていました。
ある程度、帝国を痛めつけたら、フロンクハイトの魔導士がケイマン族の兵士と共にセンフルールに攻め寄せると」
「いや、やっぱりそっちが本命じゃない?
強制転化うんぬんは別として、帝国が手を出さないのなら、センフルールだけでフロンクハイトとケイマンに立ち向かうことになる。
センフルール必敗だよ」
シノさんの言葉にシマが首肯する。
「・・・ひょっとして、現状はセンフルールも結構、拙いのか?」
「意外と笑い話になってないのよね」
シマが渋い顔になる。
「帝国のゲインフルール地区がそう簡単に落ちるとは思えないけど。
ボルドホンやその他の諸侯も月の民の支配には抵抗すると思うし。
ただ、帝国がこのまま負け続けたらシャレにならない話になるわ」
「私としては、ケイマンとフロンクハイトが早めに仲たがいしてくれる事を祈りたいですね。
何にしても帝国には頑張って欲しいです」
改めて聞くと、意外と大変、つーか、センフルールも不味いのか?
どーすれば、・・・ここで何か言っても実現性ゼロだしな。
「ところで、フロンクハイトの枢機卿はいざとなったら、地中に潜って潜伏して数年後に復活するとかって話を聞いたんですけど、そんなことやれるんですか?」
普通に、話題を変えた。
「ああ、割と聞く手段です。
ある程度以上の高位の血族限定ですが。
私はやったことがありませんので、詳しくは話せませんが」
シノさんはそう言って微かに笑った。
「普通に逃げた方がいいんじゃないですかね?
逃げられない場合も、気配を消して潜むでいいのではないかと」
「逃げられる場合は逃げます。
体力が枯渇して、逃走できない場合の手段ですね。
能力の高い血族はそうそう潜むことなど出来ません。
魔力の発散で露見します。
あなたのように、常時魔力量を隠蔽できる者は稀です。
普通は数時間、魔道具を併用しても十時間程度でしょう。
特に体力が低下すると自らの発散魔力量の制御などできません。
ですので、重傷などで体力が著しく低下している場合、最後の手段として地に潜るのです」
「えーと、多少潜っても近くに来ればやはり魔力探知に引っかかるのでは?」
「前に、血族でも水に沈んだら死んじゃうって話はしたよね」
シマが横から口を出す。
「それは聞いた。
酸素がないから、だろう」
「そ、私たちの細胞も酸素呼吸しているから酸素が全くないところでは死んじゃう。
で、よ。
土の中も酸素は少ないでしょう」
言われてみれば、確かに。
人間生き埋めになれば酸素不足で窒息死する。
「土の中では酸素が少ない。
でも、完全にゼロってわけじゃない。
ミミズは生きられるわけだし。
土の中に入った血族の細胞は著しく活動が阻害される。
でも、多くの場合、細胞が完全に死んじゃうほどではない。
復活速度はメチャ遅くなるけど、それだから発散される魔力も最低限になる。
つまり、見つからない」
「周囲に魔力が発散されないぐらい、再生速度も低下するってことか。
でも、魔力発散量を極度に低下させるとしたら、フロンクハイトの枢機卿レベルだと、再生速度をかなり大きく低下させる必要があるよな?」
「その通りです。
何年もかかります。
通常は数時間、せいぜい数日で復活するのが、年単位ですから、数百分の一以下でしょう。
逆に言えば敵を欺くためには、それぐらい再生速度を低下させる必要があるわけです」
シノさんが怜悧な笑顔で続ける。
「その方法、いろいろと問題ありそうですが?」
「ええ、リスクが大きいので最終手段です。
地面の上が整地されて酸素供給量が低下し再生速度よりも腐敗速度が上回ってしまったとか、再生途中で狼に食われたとか、失敗例も多く聞きます。
蘇生に成功しても、記憶が大きく失われていて、何が何だか分からなくなっていたという例も聞きます。
ただ、フロンクハイトの枢機卿のような五百年以上生きている血族では独自の方法が色々とあるそうです。
可能性は考慮すべきでしょう」
「対策は?」
「特にないですね」
シノさんが両手を上げる。
「現実問題として、そこら中掘り返すことは不可能です。
微弱な魔力を頼りに、という話もありますが、近くに他の魔力発生源があれば、紛れてしまいます。
土に潜られる前に止めを刺すほか無いでしょう」
うーむ、一応聞いては見たが、対策なしか。
微弱な魔力、・・・うん、オレは特にダメだな。
今回、従魔導士を大量に採用した。
本人たちは魔力量の序列を気にしていたが、オレから見れば、みんな同じに見えた。
オレは多少の威圧はスルーしちゃうぐらいで、微量の魔力検知は下手である。
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